ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.148 自殺予防対策を考える(3)
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原因・動機をめぐって
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 つづいて自殺の実態を疫学的に追及してみます。今回は、自殺の原因・動機についての統計です。警察庁が毎年公表している「自殺統計」の原因・動機別、自殺状況がそれです。ちなみに厚生労働省の人口動態統計の死因別死亡率のなかにはこの項目は入っていません。

 まず「自殺統計」は、当然のことながら自殺現場の警察官が捜査して収集したデータが基になっています。彼らに精神医学や心理学の訓練や知識が十分ではないことは責められません。それを承知のうえで数字を見なければなりませんが、原因・動機が特定出来たのは、全体の70.1%、不特定なのは29.9%でした(平成19年、以下の数字も同じ)。つまり約3割の自殺者の原因・動機は不明のままなのです。

 またそのための判断資料については、全ての年齢階級で「遺書」、「その他の生前の言動(裏付け資料あり)が多いのですが、「該当なし」、つまり判断資料がないというのも多く(29.1%)、原因・動機不明の数字とほぼ一致しています。

 そこで警察庁が特定した自殺の原因・動機別の状況は、@「健康問題」が、毎年、圧倒的な第1位です(63.3%)が、平成11年までは「病苦」や「アルコール依存を含めた精神障害」と分類されていたのを、その後両者を合わせて新たに「健康問題」として一括りにしたものなのです。次いで A「経済・生活問題」が第2位(31.5%)、第3位以下は B「家庭問題」(16.2%)、C「勤務問題」(9.5%)、D「男女問題」(4.1%)、E「学校問題」(1.5%)の順となっています。この順位はここ15年間まったく変動はありませんが、この間、A「経済・生活問題」の増加が目立ち、例の自殺者数が3万人を突破した1998((平成10)年からは一段と跳ね上がって、B「家庭問題」に大きく差をつけています。

 すでにお気付きのように、自殺の背景にはさまざまな要因があってそれらが複雑に絡まりあっています。単独の原因だけですべてが説明できるほど単純ではありません。いずれにせよ、自殺の危険が切迫するかなり以前から、その萌芽となる危険因子や環境的な要因が存在していることが多いのです。問題やトラブルの解決を後に延ばせば延ばすほど、状況は複雑化し厄介になります。その過程で精神疾患に罹患した人は、もはや問題解決の道筋を見つけられなくなってしまいます。こうして、自殺の準備状態ともいうべき状況に追い込まれ、最後のひと押しとなるような何らかの出来事やその人の衝動性が高まったときに自殺が生じてしまいます。この直接の契機は外部からは非常に些細な出来事に見えることさえあると言います(高橋祥友)。

 このように複雑な要因を詳しく総合的に調査するのに、1950年代からアメリカで始められた「心理学的剖検」という手法があります。病死や不審死の後に行われる病理解剖(剖検)になぞらえた言葉ですが、自殺が起きてしまった後で、自殺者の生前の様子について、遺族、友人・知人などから一定の面接法で聴きとりをしたり、診療録を詳細に調査することによって自殺の実態に迫ろうとするものです。

 NPO法人自殺対策支援センター・ライフリンク(代表:清水康之)の「自殺実態解析プロジェクトチーム」が精力的に行った「自殺実態白書2008」は、その代表例と言ってもよいでしょう。その詳細は原著に譲ることにして、この実態調査の概要だけを紹介しますと次の通りです。

 まずプロジェクトチームは、警察庁「自殺統計」をまとめる際に使用している52の要因をベースにして、68の「危険要因」を選定することから始めます(その内容は割愛します)。

そして調査した305人の自殺者のうち、原因不明の16人を除く289人が抱えていた「危険要因」をすべて足すと、1168になりました(専門的な判断が求められるケースでは、弁護士、精神科医などチームメンバーである専門家が判定に当っています)。自殺者一人当たりの平均危険要因数は4.0となります。まさに単純な単一要因ではないことを数字で裏付けています。

延べ1168の危険要因のうち、771が次の上位10要因に集中していることも明らかになりました(「自殺の10大危険要因」)。

@ うつ病、A 家族の不和(親子間+夫婦間+その他+離婚の悩み)、B 負債(多重債務+連帯保証債務+住宅ローン+その他)、C 身体疾患(腰痛+その他)、D 生活苦(+将来生活への不安)、E 職場の人間関係(+職場のいじめ)、F 職場環境の変化(配置転換+昇進+降格+転職)、G 失業(+就職失敗)、H 事業不振(+倒産)、I 過労

この実態調査では、危険要因が互いに連鎖しながら、事態がそのまま進行していくと自殺に至る可能性の高い経路(プロセス)、つまり「自殺の危険経路」があることも分かりました。職業別のその事例を挙げますと次の通りです(→は因果関係を示します)。

自営者:事業不振→生活苦→多重債務→うつ病→自殺

 被用者:配置転換→過労→職場の人間関係→うつ病→自殺

 無職者:失業→生活苦→多重債務→家庭の不和→自殺

 さらに、プロジェクトチームは、「危険連鎖度」、「危険複合度」という概念を導入して、「うつ病→自殺」の経路がもっとも多いこと、自殺の一歩手前にうつ病が位置していることも明らかにします。見方を変えると、平均して3つの危険要因が連鎖した時、うつ病が引き起こされることになり、うつ病の背景には平均して3つの危険要因が潜んでいるというわけだ、と結論しています。

 この実態調査からはもう1つ、自殺問題の本質にかかわるようなデータも出ています。それは、自殺者の実に72%もが自殺する前に、自分が抱えている問題を何らかの専門機関に相談していたという事実です。しかもそのうちの6割以上が、亡くなる1カ月以内に相談していたというのは驚きです。

 このことから、直ちに精神科医療に問題あり、と短絡した責めをしてよいわけではありません。社会全体で精神科医療の在り方を問い直す時期に来ていることだけは間違いないでしょう。(つづく)

<参考文献>

 内閣府/編:「自殺対策白書 平成20年版」 平成20年12月刊

 自殺実態解析プロジェクトチーム編集:
       「自殺実態白書 2008」第二版
 2008年7月刊

 河西千秋:「自殺予防学」新潮選書 2009年6月刊

                        (2009年9月9日)

                          

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