ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.147 自殺予防対策を考える(2)
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国際比較を中心に
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 承前

 前回は、わが国の自殺の現況を疫学の型通り、自殺率の年次推移、年齢別、性差などでみてきました。続いて、国際比較をしながらわが国の自殺の実態に迫ってみましょう。

すでに1998(平成10)年以来、年間の自殺総数が12年も連続して3万人(小都市1つ分の人口です)を超えようとしていることはご存知のとおりです。それも年齢調整死亡率でみたように、世紀をまたいで急に自殺率が高くなったというよりは、もともとわが国は自殺の多い国であったという方が正しいのです。

 世界保健機関WHOが公表している最新の101カ国の男女合計・粗死亡率(人口10万人対)統計でみますと(詳細は「社会実情データ図録2770」をご参照)、わが国は第8位の24.2です。先進国グループ(G8)だけを抜き出して列挙しますと次のとおりです(括弧内は年次)。

 @ ロシア(2005)32.2、 A 日本(2006)24.2、 B フランス(2005) 17.6、 C ドイツ(2004)13.0、 D カナダ(2004)11.3、 E アメリカ(2005)11.0、 F イタリア(2003)7.1、 G イギリス(2005)6.7

 G8以外の国を見渡しても、わが国より自殺率の高い国は、旧ソ連圏や東欧の6カ国だけですから、日本は立派な「自殺大国」と言ってもよいでしょう。
 なお、アジア諸国では、第11位の韓国(2006)21.9 と第21位の香港(2005)17.4 が急上昇しているのが見立ちます。
 また主要国12カ国の自殺率について、20世紀初頭から今日までの長期推移をみますと次のとおりです(詳細なグラフは「社会実情データ図録2774」をご参照)。

 第二次世界大戦前、1930年代のヒットラー政権下のドイツは、ずば抜けて高い自殺率(人口10万人対30近い水準、以下の数字はいずれも人口10万人対)で、文句なく世界一でした。当時のフランスもドイツよりは低いものの日本と並んで自殺多発国だったのです(20前後)。

 そして戦後になりますと、1955〜58年(戦後最初の山)に日本が世界のトップに立ちます(約25)。1965年ころからはハンガリーの自殺率が急上昇して見る見るうちに断トツの世界一となり、1980年代には何と約45にも達しました。以後は順調に低下を続けていますが、それでも2005年は26.0で第5位になっています。代ってロシアが先進国トップの座を占めています(全体では第3位で32.2)。
 一方1965年から1980年代前半まで20を超えていたドイツ、スウェーデンの自殺率は1985年以降揃って低下し始め、直線的に漸減して現在では13くらいに落ち着いています(全体の第31位と29位)。
 フランスの自殺率も1985年当時、戦前のレベルを超えるピーク(23)を形づくっていましたが、1995年ころから低下に転じて現在では日本よりはるかに低いレベル(17.6の第19位)に留まっています。

 これら主要国ではないのですが、フィンランドの自殺率は1990年には30.3と高率で、ハンガリーに次ぐ自殺大国だったのですが、2005年には3分の2の20.1(第15位)にまで低下させています。もともと狩猟に親しみ、銃の所持率が高く、周囲と相談する習慣がないという国民性が原因とされていましたが、1986年からスタートした未遂者への公的ケア、アルコール過剰摂取の防止など、政府の自殺防止対策が功を奏した結果でした。

 前回、日本の自殺者数と完全失業者率とがまったく並行関係にあることを紹介しました。ところがスウェーデンではこのような関係は認められず、失業率の推移とは無関係に自殺者数が漸減を続けているのです。

自殺予防学の推進者で精神科医の横浜市立大学精神医学教室・河西千秋准教授は、その著書「自殺予防学」のなかで、スウェーデンと比較してわが国は社会的サポートの弱い国だと断定されたうえで、経済問題や失業問題がいとも簡単に、そしてすぐに自殺の増減に結びついてしまうような国は、国民の命を守る保健・福祉システムが半ば崩壊しているのではないかと、深刻に捉えておられます。

もう1つ、寿命学からのアプローチをしてみたいと思います。わが国が世界最長寿国であることは何度も触れてきました。なかでも女性の平均寿命は常にトップの座をキープしていますが、男性の方はこのところ徐々に順位を低下させており、「平成20年簡易生命表」の参考資料として厚生労働省が発表した国際比較では、次のように第4位に甘んじています。

@ アイスランド(2008)79.6歳、A スイス(2007)79.4歳、B 香港(2008)79.4歳、C 日本(2009年)79.26歳 

 簡易生命表には、「特定死因を除去した場合の平均余命の延び」も算出して掲載されています。平成20年簡易生命表では、「自殺を除去した場合」、つまり自殺ゼロが実現出来たとしたら、男性の平均寿命は0.78年延長するという計算になります。

もちろん架空のお話で乱暴に試算しますと、自殺ゼロは論外でしょうが、全年齢で平均的に44%自殺率を減少させたと仮定した場合、0.34年、18%の減少では0.14年それぞれ延長することができます。もともと30万人という人口規模の小さいアイスランドとの比較自体適当ではないと考えていますが、それでもわが国の自殺を4割強減らすとアイスランドより長寿国となり、また2割弱の減少だけで、スイス、香港を抜き去ることが可能となります。自殺大国からの脱却が男性にも世界一の長寿をもたらすことなります。決して手の届かない努力目標値ではないはずです。

自殺率統計の国際比較だけからも、自殺防止対策後進国の日本が学ぶところが多々あることがお分かりになったでしょうか。すでに交通事故死を3分の1以下にまで減少させた実績を有するわが国です。自殺大国の汚名を返上するだけの実力は十分あると信じています。来月10日から16日まで、「自殺予防週間」が行われます。これを機会に自殺予防対策が国民的レベルで真剣に検討され、実際的な行動計画が策定されて実施に移されることを期待してやみません。(つづく)

<参考文献>

 河西千秋:「自殺予防学」新潮選書、2009年6月刊

 「社会実情データ図録 2770及び2774」

  ア)自殺率の国際比較(2008年段階の最新データ)

  イ)主要国の自殺率長期推移(1901〜)

                          (2009年8月26日)

                          

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