ドクター塚本 白衣を着ない医者のひとり言 | ||||||
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「年間の自殺者数が過去最悪のペース」という見出しで7月28日付朝刊各紙が報じたのは、警察庁が公表した今年1月〜6月まで半年間の「自殺統計」のことです。この半年間の自殺者数は1万7076人で、前年同期よりも768人(+4.7%)も増えています。すでに1998(平成10)年以降昨年まで連続して毎年3万人を超えていますので、この分だと「12年間連続」という芳しくない新記録になることが確実です。 まずは、対策に入る前に自殺の実態把握のために自殺の記述疫学から始めることにしましょう。 ア. @ は日本人だけを対象にしているのに、A は日本における外国人も含む(調査対象の差異)、イ. @ が住所地であるのに対して、A は発見地を基にしている、ウ. @ は死亡診断書で自殺、他殺あるいは事故死のいずれか不明のときは自殺と計上しないが、A は警察の捜査等によって死亡した理由が自殺と判明した時点で自殺統計原票を作成して計上している。 お役所の説明より、精神科医で自殺問題の専門家、高橋祥友教授(防衛医科大学校・行動科学部門)の方がよほど分かりやすくその違いを説明しています。 ここで戦後の男女を合算した全体の自殺死亡率(人口10万人対)の推移を概観すると、次の3つの山が形成されていることが分かります。 第1の山は、昭和30〜33年の4年間(人口10万対25前後)、第2の山は、昭和58〜61年の4年間(同21前後)、最後の山は、平成10年からで高原状に高い水準(同25前後)のまま現在に至っています。山と山の間は概ね15〜18の水準で落ち着いています。 年齢別の自殺死亡率には世界的に共通した傾向があって、社会変動の激しい地域では若年層の男性と、先進国では高齢者が高い死亡率を示すことが分かっています。戦後から昭和30年代までは、わが国でも20歳代の若者と高齢者の自殺死亡率が高かったのですが、最近では、若者の自殺率のピークがはっきりしなくなり、年齢とともにゆるやかな上昇を示すに留まっているのに対して、働き盛りの男性中高年層(40〜50歳代)で大きなピークを認めるパターンに変わってきています。これが現在のわが国の自殺の特徴にもなっています。その原因について、高橋教授は、@ 長期にわたる不況の影響、A 中年危機の世代(うつ病の好発年齢でもあります)を不況が直撃した、B 組織に自己を同一化させる最後の世代、C 他の年代に比して精神的な問題を相談することや、精神科受診に対する抵抗感が強い、などが複雑に絡み合って、自殺が急増したと説明しています。また彼は、総務省統計局や警察庁の統計から自殺死亡率と完全失業率の年次推移がキレイに相関していることも明らかにしています。 すでに見てきたように自殺の性差は歴然としていて、2007年の人口動態統計では、自殺の男女比は2.7対1となっています。これまた世界的な傾向なのです。うつ病が自殺と密接に関連していることはよく知られていますし、うつ病の有病率は女性の方が高いので、自殺死亡率も女性が高くてよいはずなのに実際にははるかに男性の方が高いのです。この理由については次のような仮説があるそうです(高橋教授による)。 自殺と並んで交通事故死も社会的な影響をもろに受ける死因です。戦後の急速なモータリゼーションの進展によって交通事故死はウナギ登りに増加し、最悪時の昭和45年には死亡者数が16,765人に達しました(「交通統計・平成20年版」)。偶然ですが、この年の自殺者数は15,728人、翌年は16,239人(人口動態統計)でしたからほぼ同レベルの死亡数でした。その後はどうでしょう。交通法規の改正、事故予防教育、自動車の性能向上などが功を奏して、40年後の平成20年には5,155人にまで減少させたのです。何とその年の自殺者数の6分の1でしかありません。総合的な交通事故対策を立てて、長期にわたる粘り強い努力の積み重ねが実を結んだのです。このことは自殺予防対策を考える上で貴重な先例モデルになるに違いありません。 <参考文献> 高橋祥友:「自殺予防」岩波新書 2006年7月刊 (2009年8月12日) |
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