ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.145 「アンチエイジング」の真実
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 先週厚生労働省から「平成20年簡易生命表」が公表されました。日本人の平均寿命が、男女とも更に長くなって、それぞれ79.29歳、86.05歳を記録したことは、7月17日の朝刊各紙ですでにご存知のとおりです。

 でも「ひとり言」の読者の皆さんには、厚生労働省がネット上で配信している生命表そのものを閲覧なさることをお勧めします。何回か取り上げていますので詳細な説明は省きますが、各歳別の平均余命のほか、死因別の分析やら国際比較などいろいろ興味ある数字を知ることができます。今秋77歳を迎える私の平均余命は10.17年になっています。もちろん統計数字ではありますが、この調子ならひょっとして孫娘の結婚式に出るのも夢ではなさそうだ、とにやにやしています。

 すでにトップクラスの長寿国(女性は24年連続で世界一ですし、男性も僅差の第4位です)になってはいるものの、長生きを単純に喜んでおれないのが現在の日本社会です。高齢人口の増加が、医療費や年金のための財源をどうするか、大変厳しい問題に直面しているからです。

 個人にとっても長寿はすでに目的ではなくなっています。長生きした人生、とくにその晩年をいかに充実したものにするか、つまりは長生きの時間よりもその中身、質の問題が問われる時代を迎えています。

 こんな時代だからでしょうか、何時までも若さを維持していたい、早く老けこまない、独りで自立した生活を送りたい等々、高齢者の「不老不死」の願望は止まることを知りません。「アンチエイジング医学」とか「抗加齢医学」という言葉が目につくようになったのもそのせいでしょう。すでに日本抗加齢医学会という学会すら2001年に設立されています。この学会の有力メンバー、吉川敏一・京都府立医科大学教授と坪田一男・慶応義塾大学教授が一般向けに書かれた著書に目を通してみました。

 両先生とも立派な専門家ですが、素人にも大変分かりやすい語り口でアンチエイジングを説明されています。

 まずアンチエイジング医学は次のように定義されています(吉川教授)。「簡単にいうと、老化現象を予防・改善するために、あらゆる治療法を研究し実践していく医学のことです。これまでの医学・製薬の価値観と違って、『副作用』がないことを絶対条件としています」。また、現在の治療医学、予防医学と対比して、「アンチエイジング医学は、『早期発見、早期治療では、遅すぎる』という考えが前提になっています。病気にならない、つまり『細胞の老化』という病気になる元凶を体の中から極力なくしてしまうべきだという発想をしているのです」。考え方や発想を否定するものではありませんが、老化の元凶を「フリーラジカル」説だけに絞りこんで、抗酸化物質をサプリメントにして老化防止をしようという理論展開は、単純明快すぎて着いてゆけません。

 もともとフリーラジカル説は、ネブラスカ大学の放射線生物学者、デンハム・ハーマン教授 D.Harman の、放射線を照射したマウスが抗酸化物質投与によって延命できたという動物実験の結果を理論化したものです(1956年)。彼はこの業績によって、老化に関する「フリーラジカル説の父」と呼ばれています(wikipedia)。日常的によく耳にするようになった「活性酸素」もフリーラジカルの仲間です。「酸素」だけに「身体をサビつかせる」と比喩的に分かりやすく説明されると、何となく活性酸素が老化を招いているので、抗酸化物質が有効だろうと名前から思いこんでいる人もおられることでしょう。

 さて抗酸化物質の代表は、ご存知の @ ビタミンA、A ビタミンE、B ベーターカロテンですが、動物実験や理論的にはともかく、これらの投与と死亡率の関係を調査すると、寿命を延ばすどころか病気を引き起こす可能性のあることが判明しました(@ は31、A は141、B は65の研究論文からのメタアナリシス)。コエンザイムQ10も有名な抗酸化物質ですが、その有効性については動物実験段階までで、確実に老化防止に役立っているというエビデンスは残念ながらありません。というわけで、吉川教授お勧めの「フリーラジカルと戦う法」をそのまま鵜呑みにできません。それに副作用がまったくないことを強調されますと、「プラシーボ効果」と区別できるのだろうかと勘繰りたくもなります。

 一方坪田教授は、最先端科学である遺伝子工学から老化現象にアプローチされています。老化を促進する遺伝子 daf‐2につづいて、Sir2という遺伝子が脚光を浴びています。遺伝子情報が書き込まれているDNAを保護するのにヒストンというたんぱく質があります。このヒストンの抱きつきを弛めた部分の遺伝子は解き放たれて活発に働き始めるのです。これを遺伝子が発現するとか、「スイッチがオンになる」(マサチューセッツ工科大学教授の分子生物学者レオナルド・ギャランテ L.Guarente)と言います。

 ギャランテらは、ヒストンの働きを左右するSir2遺伝子がカロリー制限によってスイッチがオンになることを証明したのです。実験室内の酵母菌を使っての話ですが、ノーベル賞クラスの研究だと評価されています。

 坪田教授はカロリー制限という生活習慣が、長寿遺伝子を鍛えることになるとしてアンチエイジング医学の柱の1つに上げています。ご本人自らも48時間の断食を年に3回も実践されていますが、そのたびに頭がすっきりするという効果を実体験しておれます。

 古くから言われている「腹八分目」の勧めとか、「鶴のような仙人」というイメージに重なるように思いますが、何しろ分子生物学の実験室レベルの研究から一足飛びに実用化しようという試みです。栄養バランスを十分考慮した上でカロリー制限を実行するには余程、意志強固でなくてはなりません。常套手段で、またまた「くすり」(例えばメトフォルミン)を使って同じ効果をあげようという目論見も見え見えです。

もっとも、アカゲザルを対象に長期にわたるカロリー制限の実験で長寿に有効だったという論文が「Science」誌の最新号(7月10日付)に掲載されたばかりです。この理論を補強することにはなるでしょうが、やはり「人間ではできない」実験では本当の証明にはなり得ないでしょう。

 <参考文献>

  吉川敏一:「不老革命! 老化の元凶『フリーラジカル』と戦う法」
        朝日新聞社、2005年5月刊

  坪田一男:「長寿遺伝子を鍛える カロリーリストリクションのすすめ」
        新潮社 2008年10月刊

  高田明和: 「誰も知らないサプリメントの真実」 朝日新書 2009年6月刊

                          (2009年7月22日)

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