ドクター塚本 白衣を着ない医者のひとり言 | ||||||
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承前 今年4月、福岡市で開催された日本皮膚科学会で「脱毛症ガイドライン」が公表され、そのなかで医師が強く推奨する治療法(A群)としては、@ 内服薬「フィナステリド」(万有製薬「プロペシア」)と、A 外用薬「ミノキシジル」(大正製薬「リアップX5」)の2つだけが挙がっていて、立派にお墨付きを得ているのです。 折しも改正薬事法が全面施行された6月1日から、大正製薬は発売以来10年間、有効成分を1%に抑えて来たのを、アメリカ並みの5倍に増量したリアップX5の発売を開始したのです。もともと有効性のメカニズムが違う上に、プロペシアが原則、医師の処方箋が必要で、病院や調剤薬局などでのみ入手可能というのに対して、リアップX5の方は薬剤師のいる店舗でのみ入手可能(改正法の第1類医薬品)という条件はあるものの、市販薬という利便性があります。偶然でしょうが、1日当たりの薬の値段もほぼ互角(@ は診察料別で250円、A は実勢価格247円)です。頭打ちの育毛剤市場(05年のピーク時420億円弱だったのが07年、08年は約360億円)にとって両者の対決はどちらに軍配が上がるか興味津々というところです。 本当の勝負はこれからでしょう。プロペシア派としては佐藤明男・東京メモリアルクリニック院長と乾重樹・大阪大学皮膚・毛髪再生医学講座准教授、対するリアップX5派には坪井良治・東京医科大学皮膚科教授と、専門家の間でも意見が分かれています。どうやら有効性に大差がなく、医学領域より万有製薬、大正製薬両社の販売戦略、営業力が問われることになります。両者の顔を立てて併用するのが一番よく効きそうです。今後の展開を販売競争という高みの見物をするのも一興です。 帽子党の私はもちろん、ハゲや薄毛はご当人にとって深刻な問題ですが、幸いにも、ハゲが重大な病気の危険因子であったり、健康によくないとは誰も考えてはいません。むしろ「ハゲにがんなし」説すらあって、ハゲに悩む人の慰めになっているようです。 この説の起こりは、1957年、当時文芸春秋の編集局長だった池島信平氏の雑誌記者25周年記念パーティの席上、癌研究会病院・田崎勇三院長が、ハゲ頭の池島氏を壇上に上げて、「……ハゲた人間に悪い人間はいないし、統計的にがんになる者は少ない。この分では池島君はがんになる心配はないね」とぶったのだそうです。当時の著名人二人の話だったせいで一気に世間に広まったのだと、文芸春秋の編集委員として同席していた金子勝昭氏が説明しています。 統計と言われると無関心でおれないのが「ひとり言」子です。原著論文に目を通していませんが、@「肺がんとハゲ」(1964年)、「胃がんとハゲ」(1970年)の2つの統計的研究があるそうです(金子氏による)。 まず@ 肺がんですが、ニューオリンズの復員軍人病院のブラウン、ブッチャー両医師が同病院を受診した肺がん患者を調査した結果、3年間に186人中、ハゲ頭はわずか19人(10.2%)だったのです。喫煙の有無別にも調査していて、「ハゲのタバコ好きが肺がんになる確率は、毛のある人の3分の1から4分の1。ハゲを作る原因となっているものが肺がんを抑える作用をするのではないか」と結論づけています。 A 胃がんについては、日本人の研究です。久留米大学・脇坂外科の柿添建二助手がコペンハーゲンで開催された国際消化器病学会で発表しています(実は柿添先生の学位論文です)。調査結果の概要は次のとおりです。男性がん患者663人と一般人男性7千余人とを対象にハゲの出現率を比較する(カッコ内は一般人)と、年齢別に、50歳代2.3%(14.3%)、60歳代7.6%(22.0%)、70歳代8.3%(24.1%)でした。ハゲの胃がん患者は統計学的に有意に少ないのです。なぜハゲている人に胃がんが少ないのか、柿添氏は男性ホルモンに着目して、健康でハゲている人には男性ホルモンが多く、胃がん患者はハゲている人も含めて男性ホルモンが少ない事実を突き止めています。 もう1つの有名な俗説にも触れておきます。「ハゲは精力絶倫」、「ハゲはすけべ」のことです。雑誌の編集者からコラムニストになった清水ちなみ氏がこの俗説のルーツをたどっています。 奈良時代の女帝孝謙天皇(後に重祚して称徳天皇)の寵愛を受けた弓削道鏡は巨根の持ち主のすけべ坊主として有名で、戦前、天皇制に歯向かった3悪人の一人でした(あと二人は平将門と足利尊氏)。しかし、道鏡はただの宗教家で称徳天皇も実は有能な政治家であって、二人の愛欲物語は後の権力者によってでっち挙げられた伝説(井沢元彦)だとするのが実際のようです。戦前の天皇制教育が尾を引いて、今日の「ハゲはすけべ」の遠因になっているというのが清水説です。悪評を立てられた道鏡こそ迷惑がっていることでしょう。 どうやらハゲや薄毛は、病気や健康に直結する医学・生理学よりも、社会学の側面の方が面白そうだとお感じになられたでしょうか。実際に、ハゲを「外見と男らしさの社会学」の研究対象として修士論文を作成した人もおられるくらいです。社会学を論じるのは私の任ではありません。その詳細は割愛せざるを得ないのが残念です。 <参考文献> 金子 勝昭:「ハゲの哲学」 朝日文庫 1995年6月刊 清水ちなみ:「禿頭考」中央公論社 1996年9月刊 (2009年7月8日) |
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