ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.142
放射線療法を見直そう(5)
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 放射線に対する偏見やマイナス・イメージがとれたら、がん治療の際に放射線治療を選択する患者が増えるはずです。何しろがん患者にとって、身体に優しくて、「手術なし」、「入院なし」、「痛みなし」の三なしの治療法は魅力的です。その通りで、患者数は着実に増えています。

 具体的な数字では、厚生労働省の研究班によると、放射線治療患者の数は1990年当時、7万7千人で、25年後の2015年には19万人に達するだろうと予測されていました。しかし予想をはるかに超えて、すでに2006年には20万人に達する勢いです。予想よりも10年も早いペースです。まさに外科一辺倒の時代は終わったと言えるかも知れません。

 しかし国際的に比較してみると、欧米では全部位のがん患者の3分の2が何らかの放射線治療を受けているのに対して、わが国ではまだ4分の1程度で大きな開きがあります。放射線治療の適応となるがん患者が大勢潜在しているとも言えるのです。

 もちろん政府も手をこまねいていたわけではありません。「がん対策基本法(2006年)」に基づいて、2007年から「がん対策推進基本計画」が実施されています。「予防と早期発見の推進」、「研究の促進」と並んで、「がん医療の均てん化」が重要課題だと明記さています。なかでも均てん化に欠かせないのが、専門的な知識、技能を有する医師、より具体的には放射線治療医と化学療法医の育成です。またがん診療の地域格差をなくすために積極的に推進しているのが「がん拠点病院」の指定制度ですが、その必須条件にも放射線治療部門の設置と放射線腫瘍医の配置がちゃんと掲げられています。

 ますます放射線治療を選択するがん患者が増加している現在、放射線医療にとって緊急で深刻なテーマは、圧倒的な放射線治療医の不足をいかに解消するかにあります。どれくらい不足しているのか、三橋紀夫・東京女子医大教授は、次のような数字を挙げています。

 人口当たりの放射線治療装置については、欧米とまったく遜色がないにもかかわらず、治療医になると欧米の5分の2、放射線技師は10分の3、放射線物理士に至っては10分の1、という少なさです。日本放射線腫瘍学会で認定している「放射線治療認定医」はわずか575人(2008年4月現在)しかいないのです。ある地方の県では9施設に1人の割合でしか認定医はいないというお粗末さだ、と嘆いておられます。

 それではどうすればよいのでしょうか。三橋教授は、デンマークやカナダなどですでに実施している、放射線治療施設の「センター化」を実現する構想を提唱しておられます。

 前にご紹介した名取春彦医師(独協医大・放射線科)も、放射線科という診療科の壁を乗り越えて、どの科の医者も専門の知識や技術を持って参加する「プロジェクト・チーム」を発足させることが大切で、放射線治療医がオープン化され、プロジェクト・チームの一員として組み込まれる「オープン・システム」を提言しています。考え方の原点は、ラジウム治療時代の輝けるリーダー・塚本憲甫先生が実践なさった成功モデルを踏襲していますし、三橋教授のセンター化構想とも共通していると思います。

 三橋教授の描く「センター化」とはどのようなものでしょうか。トロントにあるプリンセス・マーガレット病院の実例で説明しますと次のようなものです。

 放射線治療機であるライナックが十数台あって、脳腫瘍はこの治療機、頭頸部がんはこの治療機とがんの部位別に治療機が割り振られ、それぞれのがんに精通した専門の放射線治療チームが治療に当たっています。しかも治療を受ける環境も完璧に整備されていて、遠方から来る患者のために安く宿泊できるホテルまで病院の周囲にたくさん用意されているのです。

 わが国でセンター化を推進するとしたら、総人口は1億3千万人ですから放射線施設は200で足りることになります。つまり、人口50万から100万人当たりに1施設、それぞれ3000人ほどのがん患者が受診するという「計算」になります(ちなみに、人口500万人のデンマークでは放射線治療施設は数か所しかないそうです)。

 さらに理想像としては、施設ごとに臓器別にも、照射法にも得意とする分野を明確に区分けしておいて、患者を部位別に振り分けて、それぞれの施設同志が紹介し合うといった体制をつくります。例えば、東京女子医大病院は食道がん、国立がんセンターは肺がん、といったふうに専門の指定病院を決めておいて、専門とする放射線治療医をそれぞれの病院ごとに集中させて治療するのです。こうすることによって、食道がんなら女子医大、肺がんなら国立がんセンターと患者の方が自分のがんに合わせて病院選びができるというわけです。質の高い治療が供給できるので、患者のためになることはもちろん、センター化とともに「病・病連携」が出来て、人材の確保も容易になり放射線治療医の人数不足の解消にも役立つはずです。

 ぜひ実現させたい医療システムだと思わない人はいないでしょう。でも医療崩壊が声高に叫ばれている今、このような医療体制の変革に指導的な役割を演じるリーダーは存在するでしょうか。

 でもまったく悲観しているわけではありません。「クスリ全解明」を特集した「週刊東洋経済」に次の記事を見出したからです(2009年5/2・9合併特大号)。

 最新の放射線治療装置の進歩を解説したあと、「選ぶべきは装置よりも治療医が重要」と結論したうえで、深刻な放射線治療医不足の問題に対して行っている群馬大学の取り組みを紹介しています。初めて知ったのですが、同大学は全国の放射線治療医の10〜15%を輩出しているそうです。センター化の提唱者、三橋紀夫・東京女子医大教授も群馬大学の出身でした。

 その取り組みとは、大学を中心とした放射線治療の「拠点化」、つまりセンター化にほかなりません。実際には地域の病院に最新の放射線治療装置を導入してもらい、大学から専門医を送り込むとともに、患者をそれぞれの病状に適した装置のある病院へ紹介するのです。

 例えば、トモセラピー(CTで照射位置のズレを自動的に補正しながら病巣の形状に合わせて360度方向から連続照射する強度変調放射線治療)を設置する日高病院(高崎市)には、大学でトモセラピーに適していると診断されたがん患者が毎日受診し、拠点病院の一つとして機能しています。また別の拠点である関東脳神経外科病院(熊谷市)には、サイバーナイフ(X線で体の位置を確認しながらロボットアームを動かし、あらゆる方向から照射する)があって、それに適した患者が紹介されるという仕組みです。

 このような取り組みが群馬大学だけにとどまらず、全国的に普及してほしいと願わずにはおれません。何よりも私自身が、もしこれからがん患者になったとしても何ら不安なしに身近で放射線治療を受けたいからです。

 このシリーズは今回をもって終わりにします。

 <参考文献>

 三橋紀夫:「がんをどう考えるか―放射線治療医からの提言―」

       新潮新書 2009年1月刊

 名取春彦:「こんな放射線科はもういらない」 洋泉社 2009年2月刊

                         (2009年6月10日)
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