ドクター塚本 白衣を着ない医者のひとり言 | ||||||
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がんの治療法には大別して全身療法と局所療法とがあります。もちろん放射線療法は、外科手術と同じく局所療法です。一言で言うなら、局所に放射線を照射してがん細胞を死滅させる治療法です。その手法は、@外部放射線治療、A小線源治療、B内照射治療の3つです。 2番目の小線源治療は、放射線を出す線源(放射性同位元素)を小さな管や針、カプセル状の容器などに封入して、がん病巣内に入れて照射します。患部に極めて近いところから常時、照射できるという利点があって、前立腺がん、舌がん、子宮頚がんなどに効果的に使われています。 3番目の内照射治療は、「密封されていない」放射性同位元素を、経口投与あるいは静脈注射によって、がん組織に直接取り込ませて治療します。甲状腺がんにヨウ素131という放射性同位元素を飲ませて治療するのが有名です。 もっとも一般的なのが1番目の「外部放射線治療」で、身体の外から放射線を病巣部に照射します。今日、臨床の現場でもっとも広く使われているのは、「ライナック」と呼ばれている装置で作り出された放射線(エックス線と電子線)です。原理的には健康診断のエックス線撮影と同じエックス線ですが、治療に使われるのは100倍以上もエネルギーが高いものです。 Linear Accelerator 直線加速器の英文を短縮して LINAC と呼ばれていますが、「リニアック」も同じです。わが国では1970年代半ばから普及が始まり、今日では外部放射線治療の主役になっているだけでなく、この装置は現在も急速な進歩をつづけています。 ライナックによる治療計画の基本は次のとおりです。 がんの種類によって異なりますが、たいていは週5日間(平日は全部)、合計10〜35日間(2〜7週間)放射線を照射します。通常、2グレイかける照射ですと、1回にかかる時間はせいぜい5、6分で、拍子抜けするほど短時間です。ただし、継続することが重要で休むことは許されません。なぜなら、がん細胞と正常な細胞とでは放射線に対する反応が違うからです。正常な細胞は放射線によりダメージを受けても徐々に回復しますが、がん細胞の方は回復力がほとんどありません。放射線を短時間、何回にも分けてかける(分割照射)ことで、正常な細胞にはダメージから回復する時間を与えることになります。分割照射を継続することによって、がん細胞と正常細胞のダメージの差が大きくなることを狙っているのです。治療スケジュールがゴールデン・ウィークや年末・年始にかかると、放射線腫瘍医は頭をかかえてしまうと言います。 治療の日程だけではありません。がんの種類や進行度に合わせて、かける放射線の総線量や分割の回数を割り出すのは放射線腫瘍医が厳密に算出しなければなりません。まさに彼らの腕の見せ所なのです。 専門医でなくとも、照射する放射線は病巣のまわりの正常細胞にはできるだけ少なくする一方、がん細胞にはピンポイントに集中して効率よくかけることができたら、と思わずにはおれません。ライナックによる治療も、当初は熱で柔らかくしたプラスチックを使って患者一人ひとりの体の型を取ったうえで、身体に合った「固定具」作成が必須のことでした。身体を動かすと照射範囲に誤差を生じることはもちろんですが、呼吸してさえ胸部や腹部では最大15〜20ミリくらいの誤差が出てしまいます。 21世紀に入ってからコンピュータ技術の進歩と相まって、放射線機器やその周辺機器の開発が急速な進歩を遂げて、これらの問題を解決できるようになりました。次の3つの新しい技術に基づく「高精度放射線治療」と呼ばれる時代に入ったのです。 @「三次元原体照射法」3D-Conformal Radiation Therapy(3D-CRT)A「強度変調放射線療法」Intensity Modulated Radiation Therapy(IMRT) 最初の三次元原体照射法は、これまでは放射線の出口(照射口)の形を矩形としてしか作ることができなかったのですが、照射野の形を自由に変えられる装置(多分割コリメータ)により、出口の角度から見えるがんの形に設定できるようになって、正常組織への影響を与えなくして、照射範囲を患部に限定することを可能にしました。この治療法の基になった「原体照射法」を考案し世界に普及させたのは、文化勲章受章者の高橋信次・名古屋がんセンター総長(1912〜1985)だったのでわが国の誇りとすべきでしょう。 しかし、がんがいびつに凹んでいて、正常組織ががんの中に入り込んでいるような場合、正常細胞を避けてがんに十分な放射線量を照射できないので、この技術 @ にも限界があります。 この難問を解決する策が、次の段階の A 強度変調放射線療法というわけです。これまでのように照射野内の投与線量を均一にせず、強度に強弱をつけて照射する技術で、コンピュータの「逆検算法」という計算法を駆使して初めて可能となった新たな照射技術です。 B の定位放射線照射は、文字とおり患部に「ピンポイント」で大線量を投与することを可能にするため、細いビームを多数の方向から集中的に照射する技術です。いずれにせよ、リニアックによる放射線療法の技術的進歩を可能にしたのはコンピュータであることと、高精度にする技術の考え方だけはお伝えできたでしょうか。 外部放射線療法のもう1つの大きな進歩は、「重粒子線治療」です。物理学的な説明は割愛しますが、重粒子線治療の特徴は、体内の一定の深さにあるがん病巣に線量を集中させ、そこから奥へは到達しないことです。つまり、エックス線とは異なり、病巣から奥へは達しないので深部にある正常組織への影響を抑えながら、病巣部に集中的に照射できる利点があります。 確かにがん患者にとって福音には違いないのですが、現在稼働中の陽子線治療装置は筑波大学、国立がんセンター東病院など6か所で、施設費は何と100億円を下らないし、炭素イオン線を使う重粒子線治療装置ともなると、国内では千葉県、兵庫県の2か所だけで、これらの施設建設には2000億円も要しているそうです。陽子線にかぎっていうなら、ライナックの強度変調放射線療法と生物学的効果に大差はないので、やみくもに重粒子線治療を万能なものとして捉えることに疑問を呈している専門家もいるくらいです(三橋紀夫・東京女子医大教授)。 前回予告した放射線腫瘍医からの「提言」は、このシリーズの最終回に掲載させていただきます。 <参考文献> 中川恵一:「切らずに治すがん治療」(株)法研 平成19年6月刊 三橋紀夫:「がんをどう考えるか ― 放射線治療医からの提言 ―」 |
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