ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.138
放射線療法を見直そう(1)
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 現役時代から年1回の定期健診が習慣になり今も続けています。リタイア後は市役所から誕生月に無料健診を勧奨されますので、春と秋の2回受診するようにしています。「予防屋」の一人として、健診を受けないままで「手遅れ」と言われるような病気が発見されたら恥ずかしいという気持ちがどこかにあるからでしょう。でも、胃のエックス線検査(バリウム検査)はパスし、胸部エックス線検査も1回だけにしています。日本人は健診のため放射線を浴びすぎているというイギリスの研究論文のことを知っているし、放射線は怖いという先入観もちょっぴりあるからです。

 さて、がんの3大治療法が @外科的手術、A 化学(抗がん剤)療法、B 放射線療法であることはよく知られています。今回はこのうちの放射線療法について見直してみようというのがテーマです。

 まず本当に怖いのかを検討する前に、「放射線とは何か」から始めましょう。物理学的には、真空中や物質中を高速で飛ぶ粒子(電子、陽子、中性子)やエックス線やガンマ線など波長の短い電磁波のことです。前者は「粒子放射線」、後者は「電磁放射線」と呼ばれています。医療の現場で使われる放射線は、いずれも原子にぶつかって電子を引き離す「電離作用」を持っているのが特徴です。また目で見ることはもちろん、ふつうの五感で感じられないという不気味な存在でもあります。

 放射線に対するマイナス・イメージ

日本人は、世界で唯一の原子爆弾の被爆体験をもつ国民です。イメージがよいはずがありません。被爆直後の火傷は放射線の直接の影響ではないのですが、あの惨状はいまだに多くの日本人の眼に焼き付いています。数日後から髪の毛が抜け、下痢や出血で死亡したのは放射線に被曝したのが原因ですし、何年も経過したあと、全員ではないのですが、被爆者ががんや白血病を発症すると原爆症の認定を受けています。その後の第五福竜丸乗組員のビキニ環礁での放射線被曝、さらにチェルノブイリでの被害は、ますます放射線のマイナス・イメージを増幅させたのでした。

 放射線を照射されても痛くも痒くもないし、現在のがん治療では照射された部分の皮膚の温度は2000分の1度くらいしか上がらないのです(中川恵一・東大病院緩和ケア診療部長)。ということは、放射線がたしかに効いたという実感がないまま治療を受けていることにもなりかねません。もともと日本人には「禊」という感覚があって、治るならキッパリと明確に治りたいと感じる人が多いようです。手術を勧められるとバッサリやって下さいという気持ちになり、効果を体感しにくい放射線はどうしても分が悪いのです。

 こんな事情もありました。つい20年くらい前までは、放射線治療は末期がん患者に使われていたのです。打つ手がなくなったとき、気休め的に行われる治療法だと思われてきたこと、昔の放射線治療は皮膚の炎症が強く出るコバルト照射が中心だったことと相まって「苦しい、暗い、先がない」というマイナス・イメージにつながったのでしょう。

 さらに危険な線量レベルを超えて照射したため、重篤な障害を残すケースが訴訟沙汰になったこともあったのです。いわゆる「過線量」問題ですが、放射線装置の点検不備、専門知識に欠けた担当医など、今日では考えられない原因によるもので、医療側のミスとしか言い様がありません。マスコミで報道されるとますます患者は不信をつのらせてしまったのは大変不幸なことでした。

 放射線治療の仕組み

 このようなマイナス・イメージを払拭しないとがんの放射線治療に将来はないと言えます。そこでまず、放射線によってなぜがん細胞は死滅するのかを考えてみましょう。

 一言でいうならば、がん細胞の細胞核のなかにある遺伝子、つまりDNAが放射線によって破壊されるから、がん細胞を死に至らしめるのです。もちろんがんではない正常な細胞にも影響を与えるので、怖がられるのです。

 物理学で学んだはずですが、原子は原子核と電子によって構成され、電子が原子核の周りを惑星のように回っています。放射線のエネルギーが加わると電子が軌道からはじき飛ばされて、周囲に存在する水分子(HO)と反応し、その結果2つのフリー・ラジカルが生成されます。これらが細胞のDNAを損傷させます。この作用を放射線の間接効果と言います。一方、はじき出された電子そのものによってDNAを損傷させる効果ももっていて、こちらは直接効果と呼ばれています。

 現在一般的に使われているエックス線やガンマ線の効果の主体は、間接効果によるもので、粒子線では直接効果が主体となります。

 レントゲンがエックス線を発見したのは1895年のことですが、その直後から生体組織への影響について精力的な研究が重ねられ、早くも1906年には「細胞の放射線感受性」の法則の発見がありました。2人の研究者の名前をとって「ベルゴニー・トリボンドーの法則」と呼ばれますが、この法則を基にして今日の放射線治療は発展してきたと言っても過言ではありません。

 放射線への感受性が高い細胞は、次の3つの特徴を持っているという画期的な発見だったのです。

@  分裂頻度の高い細胞

A  将来行う細胞分裂の数が多い細胞

B  形態および機能が未分化な細胞

 がん細胞が正常細胞より放射線に対する感受性が高いのは、この法則にぴったり当てはまるからで、がんの放射線治療が有効という根拠となっています。

 放射線治療のメリット

 先を急いで、現在行われているがんに対する放射線治療のメリットを要約してみると次のとおりです(中川恵一部長による)。

@  がん細胞をピンポイントで攻撃する手法の確立によって治療効果が高くなった。

A  同様にまわりの正常な細胞を傷つける確率が減って、被曝による副作用がたいへん小さくなった。

B  1回の照射時間が5分程度と短く、通院治療が可能で仕事や日常生活を続けながら治療できることが多い。

C  機材が大掛かりなので治療費が高いというイメージがあるが、実際には手術や抗がん剤と比べて格段に安い。

D  がんを完治することができない場合でも、痛みやつらさの緩和に効果が高く、がんの終末期でも生活の質(QOL)を高く保つことができる。 

 また独協医大・放射線科の名取春彦医師は、外科手術や抗がん剤にはない特徴点をつぎのように上げています

   @  欠損を残さない、A 攻撃力は抗がん剤に比べ単独で局所制御できるほど強い、B 患者を選ばない、の3つです。

放射線に対する偏見をぬぐい去り、同時にメリットや特徴点をしっかり理解している賢い患者だけが、自分にとって最良のがん治療を選択できることになるのではないでしょうか。

 次回も別の側面から放射線治療に迫ってみます。

                      (2009年4月8日)
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