ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.134  「 長寿論」に物申す
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エウロフィエラ・レンプレリアナ
 私は自称「真面目人間」です。無趣味人間でもあり、完全リタイアしてからは暇で困っています。少々アタマも堅くて融通無碍からほど遠いと思っています。そのせいか優柔不断だ、と何時も家族から文句を言われています。旧制中学時代に「不良学生」にはなれなかったし、中年以降「ちょい悪」の勧めにも乗れないまま何時の間にか後期高齢期を迎えました。笑いや面白みのないじじいだとも自覚しています。おかげで、喫煙習慣がないので肺がんや肺気腫になる危険性は低いし、STDと呼ばれている性感染症 sexually transmitted disease (後遺症も含めて)の心配もせずに生きているのは幸いです。

 時間潰しに、趣味まではいきませんが読書する部類には入るでしょう。最近は健康本が書店に溢れ、テレビも健康番組が高視聴率を稼ぐようになっています。そのような風潮のなか、単なる健康だけではなく、長生き、長寿に関するハウツウものの本も目につくようになりました。若いころから寿命学と付き合ってきた人間としては大いに歓迎したい気持ちです。しかも、それぞれの専門分野で立派な業績を上げてこられた「白衣を着た医者」の、研究体験に裏打ちされた寿命論、長生きのノウハウですから、その説得力たるやなかなかのものです。なかには数十万部を売り上げたベストセラーもあります。私が目を通したいくつかを、著者の専門領域(括弧内をご参照)とともにご紹介すると次のとおりです。

 @新谷(しんや)弘実(胃腸内視鏡外科):「病気にならない生き方 ― ミラ クル・エ
  ンザイムが寿命を決める ― 」 サンマーク出版 
2005年7月刊

 A安保 徹(免疫学):「免疫革命」講談社インターナショナル 2003年7月刊

 Bフレディ松川(老人医学):「好きなものを食べて長生きできる―長寿の新栄養学―」
  集英社文庫 2004年3月

 C天野惠市(脳神経外科):「ぼけずに長生きできる脳の話」 新潮文庫 
  平成20年9月刊

 D奥村康(免疫学):「『まじめ』は寿命を縮める『不良』長寿のすすめ」宝島社新書
  2009年1月刊 

 これらの著者の専門分野での業績を評価するだけの力がないのは残念ですが、それぞれご自分固有のお仕事を立派にやり遂げられたことによって、自信たっぷりの語り口で持論を展開されています。@などもベストセラーになるだけに、一般読者に分かり易い読み物ではあります。しかし門外漢の私ですら、「新谷説」にはいかにも科学的なデータが乏しく、ロジックも単純すぎるのが気になります。彼自身も「仮説」だと何回も断わってはいるものの、彼の長寿論の柱とも言うべき「ミラクル・エンザイム」がいかなるものか、全くその存在の証明すらありません。先生のアタマのなかにだけある幻の物質と言うしかありません。また、消化器の内視鏡診断の先駆者であり、30万人以上の臨床例をお持ちの名医だということは認めた上で、彼の言う「胃相」・「腸相」の良し悪しがどんなものか客観的な診断根拠や判定が可能かどうかも不明です。したがって、牛乳を飲む人の胃相や腸相、つまり胃や大腸の粘膜の顔つきが「美しくない」から、牛乳は飲むべきでないと決めつけられても、正直困ってしまいます。このことだけでも、私は新谷先生の寿命論に賛成できません。

 つぎにご登場願うのは、お二人の免疫学者です。免疫学のことを短く解り易く説明することは至難の技です。ジェンナーの牛痘ワクチン(1798年)やパスツールの「二度なし現象」(1885年)にまで遡る歴史があります。でも最近20年間ほどで、免疫学は目覚しい進歩を遂げました。一言で申せば、「自分」と「自分でないもの」を区別する仕組みが免疫の基本です。自分と自分でないものを区別する仕組みがあることから、病原体のウイルス(非自己)にも対抗できる「免疫」が成立することによって病気が治癒するのです。

 これまた短絡して言うなら、その仕組みの主役を務めているのが血中の白血球構成成分のリンパ球ですが、その役割から「B細胞」(外部から侵入した抗原を認識し、抗体を産生する)と、司令塔の役目をする「T細胞」に分けられます。さらに、T細胞には「ヘルパーT細胞」、「キラーT細胞」(非自己化した細胞を殺すので「細胞傷害性T細胞」とも言います)などに分化しています。

 これらB細胞やT細胞はそれぞれ受容体を持っていて相手(抗原)と特異的に結合するのに対して、現在研究の最先端にあるのが「ナチュラルキラー(NK)細胞」で、ウイルスに感染したての細胞や、生まれたてのがん細胞など相手を選ばず、つまり非特異的に素早く攻撃するという特徴をもったT細胞です。「ナチュラル」という意味は、非特異的で素早い免疫反応である「自然免疫」に関る性質のことを言っています。

 さて、安保徹・新潟大学大学院教授、奥村康・順天堂大学大学院教授のお二人は、それぞれこの分野での業績が高く評価されている専門家です。

 まず安保教授は、自律神経(交感神経と副交感神経)の緊張状態とリンパ球の動態を研究されて、一例として、がんを治したい患者さんは、@生活パターンを見直す Aがんの恐怖から逃れる B免疫を抑制するような治療は受けない C積極的に副交感神経を刺激する、以上4か条を実行すればリンパ球の数や比率が上昇して、がんは自然退縮を起し始めます、と大胆な提言をなさっています。大胆ですが、いまだがんの標準治療として普及はしていません。

 一方奥村教授は、NK細胞活性を高めることが免疫力を上げることになって、長寿が約束されると説いておられます。そのNK細胞活性は、笑って精神を高揚させたり、好きなことをしてストレス解消を図ることによって高まるので、まじめ人間をやめて、楽天的な「不良」になったら元気に長生きできるというのです。

 大変分かり易いのですが、まじめな人ほど、ァ)手が抜けない ィ)人の目を気にする ゥ)あれこれ抱え込む ェ)気持ちの切り替えができない ォ)小さいことにクヨクヨする ヵ)ユーモアが少ない )融通がきかない ク)内にこもるので、精神的なストレスの種が多く、強いストレス状態が長く続くと免疫力の低下を招きます。生命保険会社の人から、日本で早死にしやすいのは「一部上場のまじめな部長」だと聞いたことがあると、まことしやかに仰います。真面目人間の私のことを言われているようで黙ってはおれない気持ちになります。

 最先端の科学者から言われると本当かもしれないと思われるかもしれませんし、たしかにNK細胞の測定は可能で、笑いやストレスとNK細胞との関係は研究されています。しかし、直ちに長寿と結びつくのかどうか、私は疑問符をつけておきます。経験的な例証こそあれ、両教授の長寿説には「EBM」が全くありません。リンパ球やNK細胞だけに着目したステレオタイプの長寿論はいかにも底が浅いと厳しい評価をしておきましょう。さすがに両教授は、がんに対する「NK細胞の注入療法」には全く言及なさっていませんが、今のところ有効だという根拠はゼロのようです。

 むしろ、「お酒が飲める老人病院」を経営されているフレディ松川・湘南長寿園病院長の臨床経験に基づく「好きなもの」を「楽しく食べて」、「おおらかに」、なんとなく生きてきたら百歳を迎えていたという素直な長寿論の方に反って共感を覚えます。

                          (2009年2月11日)

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