ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.133  アメリカ大統領の寿命
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 この1週間、アメリカはもとより世界中がオバマ・フィーバーに罹ったようです。厳寒のワシントン(零下2度でした)に200万人もの国民が集結したのは歴史始まって以来のことでした。44代目になる初の黒人大統領の誕生を心底喜ぶと同時に、彼が実行するであろうチェンジへの大きな期待の表れでした。不況下に喘ぐわが国の出版界にあって「オバマ本」がブームになるからでしょう、新聞各紙は日本語対訳つきの大統領就任演説の全文を掲載しました。日頃英語に馴染みのない私ですら、18分の演説で使われたキーワードの原文をいくつか理解することができました。

 24日付日経新聞で初めて知りましたが、過去には2時間にも及ぶ史上最長の就任演説をした直後、肺炎で亡くなった大統領がいたのです。第9代のハリソン(68歳)で、在任期間は史上最短の31日でした(1841年)。

 もっとよく知られているのは、オバマの先輩大統領42人(クリーブランドは第22代と24代を1人で務めています)中、4人もが凶弾に倒れ暗殺されています。リンカーン、ガーフィールド、マキンレーとケネディですが、1963年の「ダラスの悲劇」はいまだ脳裏に焼きついています。「ブラック・ケネディ」を目指しているオバマについても、暗殺の危険性のことを拭いきれないのは私だけではないでしょう。

 アメリカ大統領には変なジンクスがあります。当選した年の年号末尾が0(4年に1度の選挙ですから20年ごとになります)の大統領は任期をまっとうできないというのです。1840年当選のハリソン将軍が殺した先住民・酋長に因んだ「テカムセの呪い」、あるいは「0年または20年の呪い」と言うそうです。ハリソン以降を列挙してみます(年号は当選年)。

 1860年:第16代 リンカーン(暗殺)

 1880年:第20代 ガーフィールド(暗殺)

 1900年:第25代 マキンレー(暗殺)

 1920年:第29代 ハーディング(心臓発作)

 1940年:第32代 ルーズベルト(脳溢血、bS9ご参照)

 1960年:第35代 ケネディ(暗殺)

 1980年:第40代 レーガン(暗殺未遂、退任後認知症)

 2000年:第43代 ブッシュ(退任後1週間)

 ご覧のとおり、1980年以降この呪いはすでに消滅しています。またオバマは、2008年当選ですからジンクスからは除外されます。

 やっとこれから本題に入ります。昨年末届いた最新号のアメリカ保険医学会AAIM・機関雑誌に「大統領を査定する Underwriting the Presidents 」という小論文 Journal of Insurance Medicine, Vol.40,No.2,pp120-123(2008) が掲載されています。中味はアメリカ大統領を対象にした職業別寿命研究です。この研究は、私自身も調査した「経営者の寿命」(bP5ご参照)や、1985〜87年に旧明治生命の小野陽二先生らが発表した「衆議院議員、内閣閣僚、衆・参議院議長、副議長」など、一連の寿命研究(日本保険医学会誌第83〜85巻)と同系列の保険医学、寿命学固有のテーマです。いずれも、私流に言いますと、紙と鉛筆とパソコンで出来る安上がりの伝統的研究に属しています。

 タイミングよく新大統領就任の直前に発表されたので、その概要をご紹介します。その前に、伝統的と言ったとおり、古くはダブリン、ロトカ、スピーゲルマンら(1949年)と同じ手法で、菱沼従尹(1978年)がすでに同様の研究を発表されているので触れておきましょう。

 記述疫学そのものとも言えますが、菱沼は第1代ワシントンから第39代カーターまでの38人の大統領について、就任した @年次、A年齢、その年次におけるその年齢の平均余命から計算した B予定死亡年齢(就任した年齢に平均余命をプラスしたもの)、C実際の死亡年齢と D死亡年齢から予定死亡年齢を引いた年数、の5つの数字を図表にしたのです。

 長命だった第2代アダムスを例にとると、1797年に61歳で就任し、当時の平均余命13年をプラスした予定死亡年齢は74歳になりますが、90歳で死亡したので、引き算すると90−74=+16年ということになります。

 一方短命に終わったケネディの場合は、1961年に43歳で就任(史上もっとも若い大統領)し、予定死亡年齢は72歳、暗殺されたのは46歳ですから、46−72=−26年ということになり、短命大統領のトップでした。

 この調査の結論は、物故者35人中、予定死亡年齢より長生きしたプラス組が14人、その逆のマイナス組が19人、差し引きゼロが2人で、マイナス組の方が5人多く、さらに各自の過不足数を合算して平均をとると、−2、8年となり大統領は国民より1人あたり約3年早死にしていると言うのです。

 さて最新の研究は、サンフランシスコにある余命予測研究所 Life Expectancy Project (所長:D.J.ストラウス・カルフォルニア大学名誉教授)のシャベル R.M.Shavelle らによるものです。研究方法は、保険医学でおなじみの死亡指数(標準化死亡率比SMR=実死亡数/予定死亡数のこと)で、予定死亡数計算には、アメリカ人の実質的「世代生命表」を使用しています(実際には1850〜2000年については直近10年ごとのの生命表を、また1790〜1840年では国民死亡統計が不備のために推定値を利用しています)。

 死亡指数の成績は、要約すると次のとおりです。

 1)まずブッシュまでの42人のうち、暗殺された4人を除いた全体の死亡指数は、1.07(38/35.5)、在職中は1.42(8/5.6)、退任後は1.00(30/29.9)でいずれも有意差なく、国民とほぼ同レベルの死亡率水準でした(カッコ内は実死亡数/予定死亡数)。

 2)これを就任の年代別に4グループに分けた死亡指数間には、大きな差が認められるのが特徴的です。

@第1代〜第10代(1789〜1841) :0.71(10/14.2)

A第11代〜第20代(1845〜1881):2.80(10/3.6)

B第21代〜第30代(1881〜1929):3.12( 9/2.9)

C第31代〜第43代(1933〜2001):0.61( 9/14.9)

(カーター、G.H.W.ブッシュ、クリントン、G.W.ブッシュの4人は存命中)

 一目瞭然、最初の10人と最近の13人の2グループが国民より低い死亡率(ただし有意差なし)であるのに対して、中間の19人は国民死亡率のほぼ3倍と高くなっています(0.1%水準で有意差あり)。就任後の平均生存年数でみても、@とCはそれぞれ19年、20年であるのに対して、AとBは10年、12年となっています。

 建国初頭の大統領たちは開拓時代に育ち、独立戦争を逞しく生きぬいたヴァイタリティの持ち主であったからこそ大統領に当選できたので、大統領になった結果の長命ではありません。一方、中間の19人中3人が暗殺の悲劇に遭遇していますが、これらを除いても死亡指数は(10+9−3)/(3.6+2.9=2.46と依然として高いレベルです。死因分析はなされていないものの、 南北戦争や世界大戦、さらに大経済恐慌の時代に、彼らが国家に一身を捧げたストレスがいかに大きかったかを示しています。

 世界中から大きな期待を背負ってスタートを切ったオバマ大統領の成功と長寿を祈らずにはおられません。とんでもなく卑劣な暗殺など、起こらなければアメリカの民主主義も大人になったと賞賛されることでしょう。

<参考資料>

 「歴代アメリカ合衆国大統領一覧」については、ウイキペディアをご参照ください。

 
                          (2009年1月28日)

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