ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.13 日本人の「寿命」を考える(その4)PPKの長野と26ショックの沖縄
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 現在の日本が世界一の長寿国であることは紛れもない事実です。世界の国ごとに長寿国、短命国があるのと同様、日本の国内にも都道府別にみると平均寿命にも地域格差があり、長寿県も短命県もあります。これには住民の遺伝子的な素因はもとより、気候風土などの自然環境から経済力、医療・公衆衛生状況などの社会環境、さらには食事などの生活習慣まで、いわゆる県民特性といわれる諸々の要因が複雑に絡み合って影響しているからです。

松崎俊久・元琉球大学教授は、かつて水島治夫九大教授が作成した大正末期の都道府県別平均寿命と、60年後の1985(昭和60)年のそれとを比較して、いずれの時期にも全国の平均寿命より高い県を「伝統的長寿県」としています。このなかに、長野、沖縄両県が入っています。以前は温暖な地域の住民は長寿で、寒冷地は短命と短絡して考えられていたことがあります。確かに宮崎、沖縄、鹿児島、長崎の4県が大正末期にはベスト4だったのですが、沖縄を除く3県はとっくに短命県に転落してしまいます。

 日本の屋根といわれる長野県は寒冷地ですが、この県が健康県ではないかと20年も前にいち早く注目したのは、メディカルジャーナリストとして有名な水野肇(「一病息災」という言葉を普及させたご本人です)でした。1965(昭和40)年から厚生労働省は5年ごとの国勢調査人口と国勢調査年の前後3ヵ年の死亡数を用いて、都道府県別の男女それぞれの平均寿命を発表しています。長野県の男は1975年に全国第4位になってから、80年に第3位、85年に第2位と調査年ごとに順位を上げてきて、90年にはついに第1位に躍り出ます。その後、95年、2000年とトップをキープしたまま推移して、現在では文句なしの日本一長寿県(男)になっています。

 水野の指摘(信濃毎日新聞に掲載されたコラム)に対して、早速県知事が動き始めますが、当時の県衛生部の見解では、四方を山に囲まれている長野県には海がなく、魚介類のタンパク源が不足していて、いわゆる悪食(あくじき)の蚕のサナギ、イナゴ、蜂の子を食していたのが健康につながったものだとし、このような食習慣の健康老人が死絶えると後に続く人はないので、長野県が健康県と見られるのはここしばらくの間であろう、というものでした。

 しかし、この県衛生部の予測は見事に外れてしまいます。男につづいて女も90年、95年にはともに第4位、2000年には第3位になっただけでなく、一人当たりの老人医療費は全国一低いし平均在院日数も一番短く、一方在宅介護の率も高いことから、水野は元気に生きて長患いせずに死ぬ、つまり「ピン・ピン・コロリ(PPK)」の県だと名づけます。(余談ですが、寝たきり老人のことはネン・ネン・コロリ(NNK)だそうです)

 1996年、当時の厚生省は、長野県は医療費が低いのになぜ長寿・健康県なのかの調査研究を国保中央会に委託します。翌年、「市町村における医療費の背景要因に関する報告書」が発表されます。その結果の骨子を水野はつぎのとおり要約しています。

1)

 在宅を可能にする条件が整っていて、その結果、平均在院日数が他県よりかなり低い。(地域にかかりつけ医の機能が存在している。高齢者の就業率が高く、持ち家比率が高い。離婚率が低くて家庭機能が高い)

2)  自宅での死亡割合が高い。
3)  活発な保健活動と生きがいを持つ高齢者の生活。(公民館活動が活発でその基盤に乗って保健補助員や食生活改善推進員などの地区衛生組織(減塩食指導は有名です)が自立性を持って保健師活動を積極的に支えている)

 日本を長寿国にした要因として、よく国民皆保険による医療へのかかり易さがあげられますが、この説だけではないという有力の証拠になっているのではないでしょうか。

 では、沖縄県はどうでしょうか。男は1980年、85年とつづいて第1位で、90年が第5位、95年が第4位にランクされていますので、県民一人当たりの所得額が低いという共通点をもつ他の温暖な県とは対照的に、この頃までは伝統的な長寿県の地位をキープしていました。

 琉球王朝時代から仏教文化の影響がないため、四足の豚肉を常食(脂身は煮出して浮かんだ油を捨てる調理法で)としていたこと、新鮮な野菜の供給が豊富なため塩漬けにする漬物がなかったこと、温暖な気候で冬季農業労働が確保されていたこと等が沖縄県の長寿の理由であったと松崎は説明しています。

 ところが、2000年になると、沖縄県の平均寿命(男)は77.64歳で、全国平均(77.71歳)をも下回り、前回の第4位から第26位まで一挙に急転落します。松崎の言う「相対的寿命低落県」に成り下がったのです。95年には「世界長寿地域宣言」までした県は、この数字が公表された2002年12月、まさに「26ショック」に見舞われました。

 原因はひと言でいうと、長寿だというおごりによる「長生き島の若者の不摂生」だと、朝日新聞は報じました。

 百歳老人の研究で有名な鈴木信教授(沖縄国際大学)によると、クルマ社会による運動不足、食生活の乱れ(占領下に受けた米国式食事の影響と沖縄の伝統食離れ)、アルコールの摂取量の増加などによる30歳−64歳の死亡率の悪化が原因だったのです。たしかにこの年齢層の死因別死亡率をみると、脳血管疾患、虚血性心疾患、糖尿病などが全国ワースト10に入っているのです。

 生活習慣の変貌が、これほど平均寿命に影響を及ぼしているとは専門家の想像をはるかに越えるもので、いまや沖縄県は生活習慣病の反面教師的な存在になっています。

 朝日新聞の大村治郎は、「運動不足や食習慣の乱れは日本全体でいわれる問題である。日本はいつまでも長寿国でいられるのか。沖縄クライシス(危機)は日本クライシスを予見しているのではないか」とまで言っていますが、皆さんはどうお考えでしょうか。

 言い忘れましたが、沖縄の高齢者の平均余命は男女ともに依然として日本一を堅持していますし、沖縄の女は平均寿命は、1975年以降常に第1位の座を譲っていません。

 最後に2000年の男女別の、0歳(上段)と65歳の平均余命を載せておきます。地域別長寿の要因解明が一筋縄でゆかないことを実感していただけるのではないでしょうか。

男の平均余命 0歳 @長野 A福井 B奈良 C熊本 D神奈川
65歳 @沖縄 A長野 B熊本 C福井 D山梨
女の平均余命 0歳 @沖縄 A福井 B長野 C熊本 D島根
65歳 @沖縄 A島根 B熊本 C福井 D宮崎

                                          (2004年2月18日)

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