ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.127 高齢者でも少し太め
Google検索にキーワードを入力すると関連するページを見ることができます。
Google
WWW を検索 ドクター塚本ページを検索
 「天高く馬肥える秋」となりました。もともと、匈奴が放牧中にたっぷり牧草を食べて肥った馬に騎乗して中国北東部に攻め込み、略奪をほしいままにした故事から農民の警句として使われていたのが、何時しかわが国では人間も食欲旺盛で肥満する季節を表現することになったようです。いずれにせよ、稔りの秋、食欲の秋、真っ只中です。

  ところで、戦前、各家庭の医療器具と言えば水銀体温計くらいではなかったでしょうか。今では電子体温計に加えて、血圧計、体重計を常備するのが普通になっています。乳幼児や生殖年齢の女性がいないわが家では体温計を使ったことがありません。血圧計も測定時によって数値の変動が大きいうえに、私は検診時いつも高血圧の基準値以下なのでほとんど使っていません。しかし体重計だけは、毎日2回、かならずお世話になっています。起床時と就寝前にパンツ一丁で計測しています。正直なもので食べ過ぎて一日の体重増加が1キロを超えると警戒の電子音がなります。そのせいか、体重はほぼ一定の62キロ台をキープしています。ご参考までに、BMIbody mass index =(体重kg)÷(身長m)÷(身長m)は23.3と自ら理想体重だと自画自賛して納得しています。

 自分の体重に関心をもっているだけでなく、やせや肥満と寿命の関係を追及する研究には常にアンテナを張って監視を続けています。社会全体が肥満を罪悪視する大合唱のさなかの1985年に、生命保険契約者の体格別死亡率の調査を行い、その研究成果から「明治生命体重表」を発表して、「小太りの長寿学」の元祖を自称している者の責任だと思っているからです。

 私の研究の後も、生命保険の各社から同様の成績が発表されていますし、一般国民を対象にした大規模な前向きコホート研究(その代表は、津金昌一郎・国立がんセンター予防研究部長らの「JPHC Study」や上島弘嗣・滋賀医科大学教授らの「NIPPON DATA」です)の結果も、同じようにBMIと死亡率の関係は、U字型カーブを描いていて、死亡率が低いのはやせでも極端な肥満でもなく、いわゆる中庸の体型であることが明らかになりました。

 今秋大分市で開催された第29回日本肥満学会でも、東北大学・公衆衛生学教室から、BMI別の死亡率研究が発表されました。40〜79歳の男女約5万2千人を対象に、11年間追跡したコホート研究です。結論だけご紹介しますと、65歳以上の高齢者では、男女ともに全死因死亡率リスクは、肥満者よりも痩身者で高いことが判明しています(同学会機関雑誌「肥満研究」第14巻・抄録集)。

 つづいて、10月20日の朝日新聞夕刊には、筑波大学、独協医科大学などのグループが行った研究が報じられました。93年度に検診を受けた男女約9万4千人を、03年まで追跡してBMI別の死亡率を調査したものです。これまた、60〜70歳代の男性ではBMIが25.3、女性では23.4の人の死亡率がもっとも低かったのです。高齢者では少し太めな方が、栄養状態が良いという利点があり、死亡率が低くなっている可能性があるという結論です。なお、高齢になると若い頃より太めの方がの望ましいということを、日本人の大規模調査で確認されたのは初めてのことだとコメントしています。

 ご紹介したこれらの研究に共通しているのは、望ましい体格(最近の研究はすべてBMIですが)を、全死因の最低死亡率に基づいて評価している点です。つまり、がん、虚血性心疾患、脳血管疾患などもそれぞれ重要ではありますが、個々の死因別死亡率ではなく、いろいろな死因を総合した全死因死亡率が最も低いことに価値を見出しています。前回もご登場いただいた柴田博・桜美林大学教授は、高齢者の低栄養に警鐘を鳴らしておられますが、先生の考え方も同じなのです。もちろん死亡とか寿命ではなくて、健康で自立している状態を尺度にする、いわゆる健康寿命による最適な望ましい体格があるはずですが、残念ながらまだそこまでは研究が進んでいないのが現状です。

 折しも朝日新聞が、今月5日(日)から日曜日ごとに3回にわたって「体重の医学」を連載しました。今年度からメタボリック症候群に着目した特定検診が全国で始まっていますが、腹囲だけを重視する肥満対策を見直そうとした企画です。要するに、肥満と関連が高いと考えられている循環器疾患を減らすためには、肥満だけでは不十分で、高血圧、喫煙、糖尿病など、肥満とは別の危険因子も一緒に減らす対策が必要だと説いています。

 そのなかで私がとくに注目したのは、「あぶない『やせた高血圧』」という記事でした。太った高血圧なら、減量によって改善が期待できます。やせた人はそうもいかず、職場の保健師たちが取り組める簡便な指導法がないというのです。

 実は同じ高血圧でも、やせた人の方が死亡率が高いということを初めて明らかにしたのは、かくいう私です(1969年の保険医学会、公衆衛生学会)。約40年も昔のことですが、当時、高血圧に肥満が合併している保険申込者の危険評価は大変厳しく、契約を謝絶することが多かったのです。そこで、高血圧を理由に謝絶と査定した約9600件について、満5年間の予後調査を実施して、高血圧者の死亡率に影響する血圧値以外の諸要因を検討したのです。

 体格についての結果は、男女ともに丹治指数「身長−(胸囲+腹囲)」が大きくなる、すなわちやせから肥満に移行するにつれて、死亡率は低下してゆくことが認められました。最大血圧で179mmHg以下と、180mmHg以上に分けて観察しても同じ傾向でした。まさに常識の嘘で、結果が出た当初は計算が間違っているのではないかと疑心暗鬼になったほどでした。札幌市での学会発表後、すぐ朝日新聞の取材を受け、常識の嘘だったからこそでしょう、新聞は記事にしてくれました。

 どうやらこの頃から、循環器疾患に及ぼす危険因子としての肥満の重要性は、日本人にとってさほど大きいものでないということが判明したように思います。また肥満を罪悪視する風潮に対して反旗を翻し、今日に至っている端緒になったようです。

 今秋もっとも大きな明るいニュースは、日本人が4人も一度にノーベル賞(物理学と化学)の受賞に輝いたことではないでしょうか。心からのお祝いを申し上げます。

 「ひとり言」子も身のほど知らずに、立派な業績を上げられた彼らのお気持ちを忖度しますと、ご自分が端緒を開いた研究が、何十年にもわたって発展し、進歩を遂げゆくのを見守ってこられた幸せを噛みしめておられることでしょう。私の自己顕示欲が強いことを承知で申し上げますが、ささやかとはいえ、以前自分がやった研究 ― といっても旧明治生命の上司やお仲間の指導や強力なしには出来るはずもありませんが ― が本物であったことが、より本格的な疫学調査で次々に実証されてゆき、これほど嬉しいことはありません。

  食欲の秋にあたり、肥満研究は奥が深くて、一筋縄ではなく生易しいものではないということを実感すること頻りなのです。まだまだ肥満研究とのお付き合いを続けてまいります。

                         (2008年10月22日)
ドクター塚本への連絡はここをクリックください。