ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.126 日本人の栄養と寿命
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 去る10月4日、都内で開催された日本応用老年学会の第三回年次総会に出席してきました。一昨年の秋に設立されたばかりの「若い」学会だけに会員数も460名の小さい学会にもかかわらず、すでに日本学術会議の協力学術研究団体に認定されています。

 研究者でもないのに学会出席とは、と思われるでしょう。そうです、私は正会員ではなく準会員なのです。この学会には「応用老年学及びそれに関わる領域に関心を有する一般市民」という資格の準会員制度があるからです。

 この学会は「応用」の名が示すようにアカデミズムの枠にとらわれることなく、実社会に根ざした実学あるいは「実践の知」として老年学の創成を目指しています。わが国が前人未到の高齢社会になっている現在、「産」「官」「学」「民」の協働による、新しい知的体系を打ち立てるパイオニア的な役割を担っていこうとしています。この学会の設立に心血を注いでこられたのは、桜美林大学大学院の柴田博教授で、現在理事長兼会長として学会をリードしておられます。何回か「ひとり言」にもご登場願ったことがあり(bX5、bP22など)、この方に魅せられて入会したというのが本音です。

 柴田先生が東京都老人医療センターで実施した養護老人ホーム居住者の肥満度別死亡率調査の結果、それまでの常識とまったく逆のことが明らかになったのです(1985年)。先生自身も驚き、多くの研究者も半信半疑だったのですが、もっとも痩せた老人の死亡率がもっとも高く、ふとった老人の方が長生きだったからです。その直後、私が発表した明治生命・保険加入者の体重別死亡率の調査で、「理想」の肥満度は従来言われていたより高めであることがわかりました。これによって肥満は悪だとする「肥満と寿命」に関する常識に軌道修正が始まった、と先生は私の研究を評価されたのです(「8割以上の老人は自立している」、ビジネス社、2002年1月刊)。

 こういうご縁から先生の研究や活躍にはずっと注目してきました。東京都老人総合研究所・副所長を経て、現在わが国では初めてとなる大学院に「老人学専攻」を開設した桜美林大学で、「老年公衆栄養学」を担当しておられます。

 今回の年次総会でも、「日本人の栄養と寿命」と題する会長講演をされました。もっとも関心の高いテーマだけに直に耳学問することも老化防止に役立つだろうと出かけたのです。栄養といっても先生の専門は公衆栄養学ですから、研究の方法論が疫学そのものだと言っても良いと思います。先生には一般向けの著書も多数あって、そのほとんどに目を通していますので、目新しいお話がたくさん聞けたわけでもありません。しかし一貫しているのは間違った常識や思い込みを打破するために、欧米の借り物ではない固有のデータを駆使して日本人の寿命論、栄養学を情熱的に展開しておられることです。

 まず、敗戦後、肉類、牛乳・乳製品の摂取が急速に増え、少し遅れて米類が減少して、日本人の食生活は欧米化し、飽食の時代を体験したことがわが国に長寿社会を実現させたのでした。しかし、すでに四半世紀前から欧米化には歯止めがかかり、飽食どころか低栄養の危機に直面していることを、先生は「国民栄養調査」の年次推移データから明らかにされます。前にもご紹介しました(bP22)が、日本人1人当りの総摂取カロリーが低下していて、戦後すぐのレベルに戻っています。これは人口の高齢化のせいではありません。平成7年以降、年齢別調査が行われるようになった国民栄養調査の結果をみると、高齢者では横ばいかむしろ増えて栄養状態は悪化していないのに対して、20歳代の若年層、なかでも女性のカロリー摂取量が減少しているのです。

 こうした低栄養をもたらしたのはつぎの「7つの脅迫」だと指摘されます。

 @太っているほど早死にする

 Aコレステロールが成人病と短命の元凶である

 B日本人は脂肪の摂りすぎである

 C砂糖を摂りすぎるとキレやすい子供になる

 D糖尿病が激増している

 E日本人の摂取エネルギーは多過ぎる

 F良い食品と悪い食品がある

 日常の食事で思い当たることが多いのではないでしょうか。例えば、肉の脂身はお皿の端にそっとよけたり、珈琲はブラックで飲む習慣が身についたり、納豆を敬遠したと思ったら、バナナの売切れが起こったり、これらの脅迫観念にとらわれていませんか。いずれの脅迫についても柴田先生はデータをあげて見事に論破しておられます。そのすべてを解説することは割愛せざるを得ませんが、興味をもたれたら柴田博先生の次の著書をご覧ください。

 「ここがおかしい日本人の栄養の常識−データでわかる本当に正しい栄養の科学−」
                     (技術評論社 平成19年5月刊)

 「病気にならない体はプラス10kg」(ベスト新書 2008年6月刊)

 ここでは、Bの脂肪を減らすほど健康に良いという、「常識のウソ」に迫ってみることにしましょう。

 一般の人は、脂肪摂取量と心筋梗塞や大腸がんとの関係で分析したデータだけをいつも見せられているので、一種のマインドコントロールにかかって、脂肪を減らすほど健康になり、寿命も延びるのではないかと思い込まされています。オーストラリアのシネット Sinnett P.が、世界各国の脂肪消費(供給)量と平均寿命の関係を調べた貴重なデータがあります(1983年)。137カ国について、グラフの横軸に1人1日あたりの脂肪消費量を、縦軸に平均寿命をプロットすると、グローバルにみて、平均寿命は一般に脂肪消費量が多いほど高いことがわかります。脂肪消費量が125gまでは、消費量が多くなるにつれて 寿命は長くなる正の相関がみられます。それを超えると寿命は横ばいから低下に転じます。

 ハワイの日系人を対象にした研究でも、脂肪摂取量別にみた総死亡率、脳卒中死亡率はいずれも、摂取量が40g未満群でもっとも高く、摂取量の増加とともに低下して横ばいになることが明らかになっています(マッギー McGee D. 1985年)。

 最新の世界各国の平均寿命比較で、男性bPは香港です(日本の79.19歳に対して79.3歳)が、栄養摂取状況を日本と比較すると興味深い事実が浮かび上がってきます。国連食糧農業機関 FAO・「食糧需給表」(2003年)によると、総エネルギー、タンパク質はわずかに香港が上回っているだけですが、脂肪は香港が日本を圧倒しています(132.5g:86.2g)。また動物性食品に関しては、香港が日本の1.8倍くらい消費しているといいます。平均寿命の視点から見る限り、日本の平均よりやや欧米化しているが、欧米のレベルまでには達していないくらいの栄養状態が望ましいと結論しています。先生自身も淡白な和食よりも脂っこいイタリア料理がお好きだそうです。

 寿命が栄養摂取状況だけに影響されているとは断定するわけではありません。時あたかも、食欲の秋です。日常生活の欠かせない食の問題を、欧米の研究成果によって洗脳されていないかどうか見直してみてはいかがでしょうか。

                         (2008年10月8日)
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