ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.125 コレステロールと性差医療
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 前回予告したとおり、9月12日に厚生労働省老健局から今年度中に百歳以上になる高齢者数が公表されました。老人福祉法が制定された昭和38年には、全国で153人でした。18年後の昭和56年には1千人、さらに17年後の平成10年には1万人を超え、昨年は3万人を突破しましたが、今年は9月1日現在 36,276人(前年比+3,981人)で、毎年着実に増加を続けています。新たに百歳になられる高齢者は19,768人( 前年比+1,990人)でしたから、来年2万人の大台にのることは確実で、世界に冠たる長寿国を象徴する数字となるでしょう。ご参考までに、全国平均で人口10万人当りの百歳以上高齢者は28.39人です。お住まいの地域に百寿者が多いかどうか、試算なさるのも一興です。

 また予想どおり、百歳以上高齢者の男女比は14:86で、圧倒的に女性優位となっています。この女性の占める割合も年々増加傾向を示していて、女性の長寿を物語っています。因みに男女別の平均寿命は、男79.19、女85.99年と6.80年の開きがあります(平成19年簡易生命表)。

 女性が長寿という常識には、同時にいろいろ謎に満ちていることを以前取り上げたことがあります(「女性長寿者のナゾ」bP04ご参照)。まだまだ未解明な要因も残されているはずです。http://meiwakai.org/ikiikijinsei/doctsukamoto104.htm 

 疫学がご専門の滋賀医科大学・上島弘嗣教授(社会医学講座)は、平均寿命の男女差を悪性新生物、心疾患、脳血管疾患の3大疾患の年齢調整死亡率の年次推移(1950〜2005年)を解析して、次のように結論づけています。

 いずれの疾患死亡率も男性の方が高いのはもちろんですが、男女ともに減少傾向にある心疾患と脳血管疾患では男女の比率が変らず推移しているのに対して、悪性新生物死亡率の方は減少しないで性差が拡大したままです。なかでも肺がん死亡率の差が顕著で、その要因として男女の喫煙率の差を重視しています。そして自らが研究班長を務められた「NIPPON DATA80」の成績から、男性に喫煙習慣がなくなれば、わが国の男女の平均寿命約7年の差は、3年程度縮小すると推計されています。

 喫煙は生活習慣そのもので、男女差は歴然としています。しかし一般の健診や診療の現場では、「判定基準」や「診療ガイドライン」について男女差が無視され、女性が小さめの男性という扱いをされつづけてきたのが現状です。お馴染みの血圧値やコレステロール値の診断基準や投薬処方にも厳密な性差が考慮されないままでした。

 これまたアメリカ輸入としか言いようがないのですが、約20年前に「女性における虚血性心疾患死亡数の増加対策」として、「性差医療・医学」Gender-specific Medicineが米国で誕生しました。わが国へは天野恵子・千葉県衛生研究所長により1999年に紹介され、この10年間にわが国の多くの医学分野で「性差を加味した臨床データの解析」が始まったのです。2003年8月に性差医療・医学研究会(代表世話人・天野恵子)が発足し、今年4月からは「日本性差医療・医学会」(理事長・鄭忠和・鹿児島大学大学院教授)にまで発展しています。実践の場としては、すでに2001年から鹿児島大学、千葉県立東金病院などで「女性専用外来」が誕生し全国に広がりつつあります。

 このことは、これまである意味で医療から無視されてきた女性の、今までの医療に対する「一種の反乱」とも考えられます。今のところ、女性医師が女性患者を診るのが性差医療だと狭く考えがちですが、将来的には患者の病態やニーズに合せたオプション(男性患者が女性医師を受診したり、女性患者が男性医師を受診する)を提示するようになり、そうなるのが本当の意味での性差医療だ、と老年医学の大内尉義・東京大学大学院教授が解説しています。

 また、性差医療は横断的な総合医学であり、これまでの臓器別の縦割り医療が一層進行するなかにあって、横割りの性差医療が組み込まれるなら、本当に国民に歓迎される医療が実現することになりましょう。

 抽象的な説明ではわかり難いと思われますので、コレステロールの性差医療・医学を実践しておられる、田中裕幸先生の実例をご紹介してみましょう。田中先生は医療法人・ニコークリニック(佐賀県武雄市)の院長で白衣を着た臨床医ですが、血清脂質の研究者としてもご自身のエビデンスに基づく多くの提言をなさっています(「男女で違うメタボとコレステロールの新常識」健康人新書 廣済堂出版 08年9月刊)。

 田中先生の結論を先に申し上げますと、「コレステロールに関して言えば、日本の医療はおかしいといえるでしょう。男性と女性では明らかに性差があることを軽視していることも大きな問題」だとしています。

 「性差」を配慮せずに、男性のパターンに無理やり女性を当てはめてきたことが、今日のコレステロール問題の混乱につながっているのです。そもそも女性の心筋梗塞は男性の2分の1から3分の1に過ぎないのに、基準値に男女の区別がないのはどう考えても不合理です。

 女性の一番の特徴は、女性ホルモンであるエストロゲンに守られていることです。脂質代謝改善作用だけにかぎってみても、エストロゲンは善玉のHDLコレステロールを増やし、悪玉のLDLコレステロールを減らすとともに、HDLコレステロールによるLDL酸化抑制作用を増強する働きも期待できるのです。

 その上、日本人女性の場合、HDLコレステロールが高いのがもう一つの特徴となっています。末梢の細胞や血管壁からコレステロールを取り除き、肝臓へ運ぶ機能を持っているから善玉と呼ばれるのですが、男性に比べて動脈硬化の進行を遅らせる要因となっています。

 もちろん、閉経期以後はエストロゲンが急激に減少する結果、LDLコレステロールは増加して、50歳を超えると総コレステロール、LDLコレステロールの数値はともに男性をオーバーしてしまいます。それでもHDLコレステロールは高いレベルを維持したままなので、男性を凌駕して動脈硬化の進行を抑制しています。

 それでも、性差無視の「高脂血症診療ガイドライン1997年版」基準によってコレステロールを低下させる特効薬「スタチン」(9月14日、開発者の遠藤章・東京農工大・特別栄誉教授が米国のラスカー賞を受賞されたばかりです)が一躍脚光を浴びて以来、みるみる市場を拡大して「スタチンバブル」を招来したのです。

 田中先生は頚動脈エコー検査を積極的に導入されて、平均IMT(内中膜複合体厚)を計測し,その肥厚の有無によって動脈硬化の進行状況を診断してから、慎重に薬物療法の適応を判断すべきだと提言しておられます。臨床・開業医の田中先生が安易に営利を追求しないで、女性へのコレステロール低下薬使用を批判なさる臨床医の良心には敬意を表します。

 「性差医療・医学」という視点の重要性だけはお分かりいただけたでしょうか。いずれにせよ、コレステロールにかぎらず、日本人についてしっかりした性差の「エビデンス」の蓄積こそが重要だと強調しておきます。

 <参考文献>

 EBMジャーナル95号「特集 性差を考慮した生活習慣病対策を
             めざして」
20089月号

 大内 尉義:「性差医療の考え方と課題」学術の動向 200611月号

                         (2008年9月24日)
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