ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.122 食糧危機体験者からみたダイエット法
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 今年も敗戦記念日の8月15日を迎えようとしています。昭和一桁生れの私が旧制中学一年生の夏でした。縁故疎開先の瀬戸内の小さな港町で終戦の玉音放送を聞いてから早くも63年が経ちました。戦争そのものや戦災を経験しなかったのは幸せだったかもしれません。

しかし、戦争が終わった後の食糧危機によって、戦争そのもの以上に過酷な体験を強いられることになりました。私の青春は色気どころか食い気だけだったように思います。それもひもじい思いをしたことに加えて、学校の昼食時間が苦痛でした。銀シャリを一杯詰め込んだ弁当を食べている同級生を横目で見ながら、弁当の蓋で中身を隠しながら雑穀や芋の混じるご飯を食べている自分が何とも恥ずかしく、1分でも早く教室から出たいと焦っていたのです。どうして農家の子に生れなかったのだろうか、と本気で悔やんだものです。まさに栄養失調一歩手前の成長期でした。小学校までは背の高いもやしタイプだったのですが、食糧難のせいで身長の伸びが停まってしまったのではないかと勘ぐっています。でも国全体の経済水準が低くて、周囲にも貧しい人が大勢いて自分だけではないことが分かっていたことだけが救いでした。

 こんな思い出話から始めたのは、もともと国民を飢餓から救い健康な生活を齎すことが使命のはずの栄養学が、現在ではすっかり方向を変えてしまったように思うからです。厚生労働省が毎年実施している「国民栄養調査」も、元はと言えば深刻な食糧危機を脱するために、緊急食糧援助を受ける基礎資料の必要性から、GHQの指令に基づいて昭和20(1945)年12月に東京都民約3万人を対象に実施されたものでした。それ以来今日まで、国民の栄養と健康の関係を明らかにし、広く健康増進対策の策定に必要な基礎資料として継続実施されています。わが国の栄養学にとってなくてはならぬ資料として世界に誇るものになっています。

 疫学者で老年学がご専門の桜美林大学大学院・柴田博教授(応用老年学会・理事長でもあります)が、この資料を読み解いて大変興味ある指摘をなさっています。われわれが「飽食の時代」を生きているという常識に疑問を投げかけているのです。戦後の日本人の1人1日当り平均摂取エネルギーはつぎのような年次推移をしています。(「病気にならない体はプラス10kg」 ベスト新書 2008年6月刊)

 あの食糧難の昭和21(1946)年に1903Kcalだった平均摂取エネルギーが、年を追うごとに順調に増加して、1960年には2104Kcalになり、高度経済成長期の1970年には、2210Kcalに達して戦後のピークを迎えるのです。この時期はわが国に「食の欧米化」が進行して、米の摂取量が減少して、乳製品、さらには肉の摂取量が増加した時期でしたが、同時に急激な平均寿命の延びによって世界の長寿国の仲間入りを果たしました。

 ところが1980年代に入ると、日本人の摂取エネルギーは減少に転じます。発表されたばかりの「平成18年国民健康・栄養調査」では、何と平均エネルギー摂取量は1891Kcalまで落ち込んでしまったのです。この数字は終戦直後の1946年のレベルを割り込んでしまったことを明らかにしています。マクロでみた数字ですが、エネルギー摂取量からみると、日本人は飽食どころか一種の「低栄養」状態にあると柴田教授は結論づけています。

 もちろん、摂取している栄養の中味に大きな変化があります。炭水化物が減っている一方で、タンパク質が増え、なかでも動物性タンパク質や脂質はそれぞれ終戦直後の4倍近く多くなっています。統計上は摂取する総カロリーを抑えて良質のタンパク質をちゃんと摂っていることが、長寿に繋がっていると考えてよいでしょう。

 それにもかかわらず、と言いたいのですが、昨今のメタボ・健診ですし、ダイエット・ブームも一向に下火になりません。ここで「熱力学的ダイエット論」(「栄養と料理」2007年4月号〜2008年2月号に6回連載)を展開しておられる、京都大学大学院農学研究科栄養化学研究室・伏木亨教授に登場いただきましょう。熱力学的に説明できることに重点をおいてダイエットを考えなおそうとしておられます。

 まず最初に、伏木教授の「ダイエット熱力学の法則」からご紹介します。

 第1法則:「食べすぎたら体脂肪が増える」

「食べなかったら体脂肪が減る」

 第2法則:「エネルギーを使えばやせる」

「エネルギーを使わなかったら太る」

 第3法則:「食べても太らない人は存在する。しかし太っている人は必ず食べている」


 これらの法則の基本にある考え方は、「人間は食事から得たエネルギーを生活の中で消費する。エネルギーが余れば体脂肪となって太る。例外はない。エネルギーは勝手に生れないし、どこにも消えてくれない。物理学の根本法則である。ダイエットといえども物理学の法則から逃れられるものではない」という大変明快なものです。
 また伏木教授は、ダイエットは苦しいのが当然、とも説いておられます。太ることは生物のDNAに書かれている願いだから、ダイエットは難しいことだと喝破してみせます。餓死を避けるために野生動物の本能は可能な限り脂肪を蓄えようとするのに、ダイエットは本能に逆らう行為だから、本能があらゆる苦しみを用意しています。空腹の苦しみ、運動の苦しさ、汗を出す苦しさ、低カロリーのまずい食事の味気なさ、等々、すべては本能の警告なのです。したがって楽をして簡単にやせられる方法はなく、そのように言うコマーシャルや体験談があったら、たいていがうそです。

 それではどうするかですが、本能の快感にスマートに打ち勝つには、食欲をごまかし、運動の苦痛をごまかすことを勧めています。「満腹感より満足感」でエネルギー摂取を減らすため、だしの美味しさに凝るとか、美味しいものをゆっくり食べる工夫が必要です。喜びのない運動は長続きしない。親しい人と楽しめるゲーム性のある運動を見つけることがダイエット成功の鍵になります。

 さらに、「やせた分に相当するエネルギーの逃げ道と形が明らかにされているダイエット法だけが信用できる」とも言います。
 具体的には、もっとも一般的なエネルギーの逃げ道は「熱」であるから、体がぽかぽかするなど、体温が上昇するダイエットは一応根拠があります。体積が大きくておなかがふくれるが、元々含まれているカロリーが低いものを食べるダイエットは有効です。しかしいろいろ吟味してみると、エネルギーの逃げ道をはっきりさせているダイエット法は決して多くないというのが伏木教授の結論となっています。まあ、そんなものでしょうね、と全面的に賛同しているのが栄養失調寸前までを体験した私の率直な感想です。


                           (2008年8月13日)

                            
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