ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.118 コラーゲンと「擬似科学」
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 先日1年ぶりに人間ドックを受診してきました。特段の「異常所見」は出てこなかったのでほっとしていると同時に、よほど体調が悪くならないとルーチンの検査ではひっかからないのだと納得しています。れっきとした後期高齢者=新老人だけに、疲れやすくなり、風邪を引いても治りが悪いし、元々堅い「からだ」はますます堅くなり、一念発起して始めた水泳教室も遅々として上達しません。自分では数年前までは顔つきが少しふっくらしていたと思っていたのに、ちょっと痩せられましたかと、旧知の方から尋ねられるようになりました。鏡を覗いてみて、なるほど、肌に瑞々しさがなくなって皮膚がたるみ、一段と禿げ上がった額のシワも目立って深くなり、頬がこけたような老人顔になっているのに愕然としています。男の私ですらそうですから、ご年配の女性にとってお顔のシワは美容上深刻な問題のはずです。

顔に限らず、全身を覆う皮膚の表皮の真下にある「真皮」は主としてコラーゲン線維からできていますので、肌の老化はコラーゲンの状態をそのまま反映していると言えます。皮膚だけではなく、腱、血管、肺などの組織にも存在していますし、実は、堅い骨、歯、軟骨もカルシウムだけで構成されているのではなくてコラーゲンが多く含まれています。コラーゲンの本体は三大栄養素の1つであるタンパク質です。だから、体のなかにもっとも大量に存在するタンパク質がコラーゲンだということもご理解いただけるでしょう。動物が単細胞から多細胞へ進化する過程で、細胞と細胞の間隙を埋める支持組織として作られたのがコラーゲンです。動物が大型化して活動するためになくてはならない重要な役割を果たしている、非常に便利な高分子=タンパク質がコラーゲンというわけです。

顔のシワ対策として美容整形科で20年ほど前からコラーゲンを直接注入することが始まりました。たしかに効果覿面でいったんはシワを隠すことができます。しかし注入されたコラーゲンは徐々に吸収されて、3〜6か月で元のシワが現れます。それどころかシワはさらに大きくなりますので、効果を持続するには3カ月おきにずっと注入し続けるしかありません。要するに無駄な努力と浪費です。

ところで、若さと美貌を保つことを願う女性をターゲットにして、健康食品、あるいはサプリメントとしてのコラーゲンが商品化されて店頭を賑わし、まさにコラーゲン・ブームを起こしています。もともと、貝原益軒が養生訓のなかで説いている「薬補は食補にしかず(薬より食事が大切です)」を信奉していますので、このような風潮を苦々しく思っていました。

「食べたコラーゲンはそのまま体のコラーゲンになるのか」という私の疑問に答えてくれた研究者がおられます。高分子化学が専門で、理学博士、農学博士の大崎茂芳・奈良県立医科大学教授です。彼の著書「コラーゲンの話 健康と美をまもる高分子」(中公新書 2007年10月刊)から、その答えのさわりの部分を、昔習った生化学の知識を呼び起こしながらご紹介することにいたします。

まず、タンパク質はアミノ酸が多数結合して(使われる種類は生体の場合わずか20種類だけです)合成されます。アミノ酸という分子には、かならずアミノ基(−NH)とカルボキシル基(−COOH)を含んでいます。隣同士でアミノ基のHとカルボキシル基のOHとがくっつき水となって抜けますと(脱水縮合)、ペプチド結合(−CO−NH−)ができ、アミノ酸が多数結合したものをポリペプチド鎖と言います。一般に構成アミノ酸の数が数十個以上で、特有の機能を持つポリペプチドをタンパク質と呼んでいます。

細胞内ではDNAによってアミノ酸配列が決まり、それに従ってコラーゲンになる元のポリペプチド鎖がまず合成されます。ついで、構成されているアミノ酸のプロリンとリシン由来の部分のいくつかが酵素とビタミンCの作用によってヒドロキシ化され、それぞれヒドロキシプロリンと、ヒドロキシリシン(いずれもアミノ酸です)になります。それから3本のポリペプチド鎖が絡み合ってラセン構造となりますが、ヒドロキシプロリンが3本のポリペプチッド鎖の間で水素結合をつくってラセン構造の安定化に寄与してコラーゲンをつくります。さらにヒドロキシリシンとリシンとがアルドール結合という架橋をつくってコラーゲンの側面同士を結びつけることにより線維を一層安定化させています。こうして鎖の軸方向の引っ張りに強い性質をもつようになります。

さて摂取されたコラーゲンは、胃のなかの酵素ペプシンで、ペプチド結合が切断されてペプチド断片になり、さらに小腸の酵素、トリプシンなどによってアミノ酸まで分解されると、吸収されて毛細血管経由で肝臓に入ります。その後アミノ酸が細胞内に取り込まれて、次々とペプチド結合がつくられ、タンパク質となるという順序で、コラーゲンが再構築されると考えられます。ここで分解されたアミノ酸のなかにヒドロキシプロリンとヒドロキシリシンがありますが、これらが元のプロリンとリシンに変るでしょうか。残念ながらこのような反応はいまのところ見つかっていません。

このことはヒドロキシ化したアミノ酸は、コラーゲンの再生には参加できないということを意味しています。つまり、コラーゲンとして摂取したとしても、そのままコラーゲンにはならないのです。

ではどうすればよいのでしょうか。大崎教授の回答は次のとおりです。本来はプロリンとリシンがあればコラーゲンは再合成される可能性があります。体内で合成されるコラーゲンのアミノ酸組成の割合に対応したアミノ酸を摂取すればよいわけですから、プロリンとリシンを含んでいるタンパク質の食材を一緒に食べる必要があります。プロリンは非必須アミノ酸で体内の代謝経路を介して調達できますが、必須アミノ酸のリシンの方は比較的多く含むアジ、サケ、牛ひき肉、鶏ひき肉やチーズ、卵などを数量的にヒドロキシリシンに相当する不足分だけ用意すべきですし、さらにビタミンCの摂取も必要になります。

いかがでしょうか。サプリメントとしてのコラーゲンを摂取しても、余分なものを取り込まねばならないので非効率この上なしです。結局、体内の細胞内でコラーゲンをつくるには、極論すれば何もコラーゲンだけを摂る必要はなく、タンパク質を含むいろいろな食べ物をバランスよく摂ればよいということになります。栄養は賢い消費者になって摂取せよ、という教訓そのものですし、貝原益軒の養生訓に真理があると結論できます。

平生馴染みの薄い生化学の分野に入り込んで、コラーゲンのことをくどくど解説してきました。化学記号など見たくもないという向きには、途中を読み飛ばして結論だけお読みください。

  現代は科学の時代だと言われながら、非合理なことがまかり通っています。一見科学的な装いをとってはいるものの、科学の本筋から離れた非合理を特徴とする「擬似科学」の横行を鋭く指摘して世間に警告しているのは、池内了・総合研究大学院大学教授です(「擬似科学入門」岩波新書 2008年4月刊)。コラーゲン商品も、専門用語をうまく使ってちゃんとしたエビデンスなしに、いかにも効能があるように見せかけてビジネス化している格好な例で、まさに擬似科学そのものではないでしょうか。

 
                           (2008年6月11日

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