ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.113 「医療費亡国論」は本当か(その5)
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 このシリーズを始めて2ヶ月になります。「医療の崩壊」のニュースは毎日のように続いて、とてもフォローしきれない状況です。小児科、産科と並んで「救急存亡」(朝日新聞)とも言われるほど救急医療の現場は悲鳴を上げています。

3月11日に総務省消防庁から公表された「救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」を報じた新聞各紙のタイトルは次のとおりでした。


             重症救急「拒否」1万4387人、都市部に集中・・・実態調査

           重症患者受け入れ「3回以上拒否」1万4000件

           重症拒否10回以上が年1000件超

 受け入れに至らなかった理由は、「処置困難」(設備・器材がない、手術スタッフ不足など)、「ベッド満床」、「手術中、患者対応中」、「専門外」というのが実態調査の結果ですから、医療機関側が一方的に断るという印象を受ける「拒否」という言葉はタイトルとして不適切だというジャーナリストもいます(橋本佳子・m3.com編集長)。もともと、2007年8月末に、奈良県で腹痛を訴えた妊婦が、救急搬送の受け入れを10回以上断られて死産した不幸な事例がニュースになってから社会問題化して以来、頻繁に使われるようになった言葉が「受け入れ拒否」でした。

 3月25日の厚生労働大臣の記者会見では、分娩休止、制限(里帰り出産を断るなど)に追い込まれた病院が1月以降だけで77施設あり、そのうち7カ所は近隣自治体でも対応が困難だと発表されました。いつまでつづく泥濘ぞ、と言いたくなります。「医師不足問題は一つの失政だ」と小島邦夫・経済同友会副代表幹事がコメントする(3月21日付朝日新聞)ほど、医療費政策「失政論」は、すでに少数意見ではなくなっていることに注目すべきでしょう。

 松井彰彦・東大教授によると、「医療、教育、福祉の3分野はその重要性にもかかわらず経済学の知見がほとんど生かされてこなかった代表的分野」(2007年11月25日付 日本経済新聞)だそうです。そこで諸悪の根源とも言うべき「医療費亡国論」を、専門外であることは承知のうえでその根っこから見直してみることにしましょう。

 私たちは日頃、政府の財政が危機状態だ、社会保障の財源がない、と言われつづけていて、すっかり国民の常識として定着しています。しかし、財政収支が均衡していることが健全だとする「均衡財政」(その逆が財政危機です)や、財政規模を縮小する「小さな政府」はドグマに過ぎない、と指摘してこれらを打破しようと提唱しているのは財政学の専門家である神野直彦・東大教授です(「世界」2008年4月号)。

 まず「財政危機」という常識から検証してみます。菊池英博・日本金融財政研究所長によると(「文藝春秋」2008年2月号)、財政危機はウソだと断じています。現在、日本は834兆円もの債務を抱えていて、これはGDPの160%にものぼる危機的数字だ、と言うのは財務省の宣伝文句で、国民は財務省のマインドコントロールによって思い込まされているに過ぎないというのです。たしかに欧米の日本通の学者や金融関係者たちも口を揃えて、「日本は財政危機ではない。経済政策を間違えていることこそ、真の危機だ」と指摘しています。実は債務の捉え方に違いがあるのです。財務省の主張する「834兆円」は「粗債務」であって、国際的に一国の債務を的確に判断するには「純債務」を使うのがふつうです。菊池所長の推計では、純債務は「254兆円」で、粗債務のおよそ3分の1以下になっています。詳細な数字は割愛しますが、日本政府は欧米諸国と比較して多額の金融資産を保有しているから、このような大きな違いが出るのです。すでに加藤寛・千葉商大名誉学長も、「日本の純債務は250兆円程度」、「債務の半分は二重帳簿」、「日本は財政危機ではない」と指摘しておられるのです(2005年12月14日付 産経新聞)。

 さらに財務省自身、日本が財政危機ではないことを実はよく知っているとも言います。2005年4月、アメリカの格付け会社が日本国債の格付けを引き下げた際に、当時の財務官は、「日本は世界最大の貯蓄超過国であり、国債はほとんど国内で消化されている。また世界最大の経常収支黒字国であり、外貨準備高も世界最高である」との意見書を格付け会社へ送りつけました。つまり、日本が多額の金融資産を保有していることを誇示して、格下げに抗議したのは、政府自ら「純債務で見れば日本は財政危機ではない」ことを認めていることにほかなりません。その一方で、「834兆円」債務を叫び、医療崩壊を招くほどの緊縮財政を続けてきたのです、外国向けと国内向けとを使い分けて国民を欺く二枚舌としか言いようがない、と菊池所長は怒りをぶっつけています。財政再建と医療・年金制度の立て直しは、「二者択一」ではなく、「一石二鳥」で取り組むべきだというのが彼の結論です。

 次は「小さな政府」というドグマです。納得できる理由も提示しないまま、「大きい政府」より「小さい政府」で行くべきだという路線を走ってきたのが日本です。分かり易く言うと、医療を含む社会保障の「国民負担率」を5割以内に抑えるべきだという政策です。ここで言う国民負担率とは、「国民総生産の中で、税金と社会保険料が占める割合」のことです。困ったことに社会保障の財源を論じる際、国民負担率を使うのは日本だけだそうです。この言葉の直訳(和製英語)、National Burden Rate は日本以外では一切使われていませんし、国民負担率という数字が国民負担の実際と大きく乖離して、誤解や恐怖心をかきたてる働きをしているというのは、京大出身でハーバード大学助教授を務め、現在は文筆家として活躍中の李 啓充医師です(週刊医学界新聞の連載「続アメリカ医療の光と影」2008年2月4日〜)。

 ここでも詳細な数字の比較は割愛しますが、国民負担率という言葉を使うことによって、「小さな政府を運営する国」=「国民の負担が小さないい国」という迷妄な固定観念を蔓延させることに威力を発揮してきたのですが、この「小さな政府=善」とする議論の延長線上で医療費(特に公的給付)も抑制され続け、いま日本の医療が崩壊の危機に瀕する事態を招いたのですから、この言葉を流行させた人たちの罪は大きいはずです。

 実は、国民負担率の国際比較をすると、わが国の39.7%に対して、社会保障先進国のフランス、スエーデンがそれぞれ66.0%、70.2%とはるかに高い数字です。言葉の響きから6〜7割も給与から天引きされる国は大変だ、と事実とはかけ離れた思い込みを生じさせるのですが、「国民負担率の大きい国ほど事業主負担が手厚い」のが実情で、実際の社会保険料の本人負担は安いという手品のようなことが起こっています。これらの国では事業主負担が日本の約3倍と非常に手厚いからです。

 2つのドグマにすっかり洗脳されていたのが我々国民だったということにお気付きになられたでしょうか。医療費亡国論からすでに4半世紀が経過しました。現在の医療崩壊を齎した諸悪の根源だと断じただけで、医療崩壊の危機問題が直ちに解決すると考えているほど単純ではないつもりです。

 少数派の意見は常に正しいし、何時かは多数意見に転換するに違いないと楽観しながら、このテーマをいったん終りにします。これからも時々、マクロの医療制度問題を取り上げてゆきたいと思っております。

                          (2008年3月26日)
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