ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.106 「メタボ」再訪(その2)
「メタボ健診」にも心配がいっぱい
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 来年4月から「特定健診」つまり「メタボ健診」が義務化されてスタートします。来年はメタボ検診義務化元年なのです。厚生労働省が推進する医療費抑制政策の目玉の一つになっています。来年度予算の財務省原案では、日経新聞によると、「暮らしはこう変る」一覧表の中にがん対策の235.7億円と並んで、メタボ健診の527億円(新規)が際立っていて、大変な力の入れようだと言うことが分かります。

 生活習慣病の個々の病名がつく具体的な病気を発見して、早期治療に結びつけるという従来型の健診を変えようとしています。病気になる前のメタボ予備軍を含めたリスクの高い人を健診で見つけ出すだけに終わらせず、保健指導を行って働きかけをしてリスクを自覚させ、生活習慣の見直しを促すという新方式がメタボ健診です。もともと予防医学を専攻した者にとっては諸手を挙げて賛成すべきなのです。しかしこのメタボ健診にもいろいろ問題が多いことも分かってきました。

 従来型健診と何がどう変わるのか、3つのポイントからまとめると次のようになります(「栄養と料理」2008年1月号を参照)。

1)     対象は40〜74歳の医療保険加入者全員です。

医療保険者(共済組合、健保組合および市町村)に「特定健診・保健指導」の実施が義務化され、対象範囲も被扶養者にまで拡大されます。

これまでは健保組合などが行なう、@「一般健診」(健康保険各法)、A事業者が被雇用者に対して行う「法定健診」(労働安全衛生法)、B市町村が行う「住民健診」(老人保健法)の3つの健診がありました。来年4月以降は、「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づいて、40〜74歳の人については、サラリーマンも自営業者も主婦も、全員を対象にして医療保険者に特定健診・特定保健指導の実施が義務化され、対象範囲も健保の被扶養者にまで拡大(実施は市町村が代行)することになります。

2) 健診と保健指導がセットになります。

 「健診を受けて終り」ではなく、保健指導でその後も支援を受けます。その保健指導は「メタボリスク」に応じて3段階に選定・階層化されます。メタボ健診と言うくらいですから、検診結果の第一関門は腹囲です。メタボ基準のウエスト径が男85cm、女90cm以上か、もしくはBMI25以上のどちらかに該当すると、保健指導の対象者です。

ア 情報提供レベル:リスクが腹囲もしくはBMIだけで、4つの「追加リスク」@血糖、A脂質、B血圧の数値がそれぞれ基準以下、およびC喫煙なしのグループ

イ 動機づけ支援レベル:腹囲もしくはBMIのリスクのほか、追加リスク1つのグループと、ウエスト径は基準未満だが、BMIが25以上で追加リスクが1つまたは2つのグループ

ウ 積極的支援レベル:さらに追加リスクが2つ以上、あるいは3つ以上のグループ

 リスクが2番目に高い「動機づけ支援」の人に対しては、医師、保健師、または管理栄養士から「面接・指導」を受け、生活改善計画を立てて、その計画を達成していき、6か月以上経過した時点で、電話、メール、FAX、手紙などで実績評価を行います。「積極的支援」の人には、初回は動機づけ支援と同じですが、医師、保健師、または管理栄養士からの働きかけが継続的に行われ、生活改善計画を設定して、3ヶ月以上継続的に計画の進み具合を確認していき、6か月経過した時点で実績評価を行います。支援の手段ややりとりの回数も細かく設定されています。

3)オーダーメードに近い保健指導を目指します。

 どのレベルの保健指導でも、対象者が自らの行動を変えることが求められ、押し付けや画一的なものでは効果が期待できません。保健指導者と対象者がいっしょに探し、実践していく双方向の支援の型になるよう予定されています。

 いかがでしょうか、考え方としては立派でも、いかにもお役所的なプログラムだということがお分かりでしょう。もともと深刻な医師不足の現状では、医師が個々の対象者を呼び出して保健指導に当るなど到底不可能で絵に描いた餅です。厚生労働省自身の調査でも、保健指導の実施主体となる市町村の国民健康保険(全国約1800)の9割が、サラリーマンの被扶養者への指導について、「対応不能(46%)」、「できるかどうか未定(42%)」と回答しているとのことです。保健師不足が主な理由となっていますが、のっけから実施に黄信号が出てきたと報じています(12月18日付け朝日新聞)。

 「メタボ基準」について、早くから厳しい批判を続けてきた大櫛陽一・東海大学教授(医学統計学)は、「メタボ健診」についても舌鋒鋭くその危険性を指摘しています(「文藝春秋」2007年12月号)。

 まずメタボ健診が実施されるといったい何が起こるのか、という疑問です。厚生労働省ですら、40〜74歳の医療保険加入者(約6500万人)のうち約3分の1の1900万人が、動機づけ支援レベル以上に該当していると推定しています。一方大櫛教授は、日本総合健診学会の約70万人の健診結果からシミュレーションを行って、40〜74歳の男性94%、女性83%がメタボ「異常」と判定されると言います。全国では、5035万人が保健指導か通院治療を要請される計算になります。そのうち男性の59%、女性の49%、計3060万人が受診勧奨を受けて通院を促されるのです。彼の推計だけではなく、日本人間ドック健診協会でも同様の分析をした結果、受診勧奨率は49.7%にも達すると発表されています。国民の8〜9割が「異常」と判定されたり、半数が医療機関への通院を勧告される、そんな「健康政策」があってよいのだろうかとして、何の症状もない健康としか言いようのない「患者」が3000万人も医療機関へつめかけたら、まさに「医療崩壊」だと結論づけています。

 その上、「メタボ健診で医療費削減を」という厚生労働省の謳い文句も間違っているとして、「一に運動、二に食事、しっかり禁煙、最後にお薬」というが、結局は
「一にお薬」になることは国民性からも明らかで、逆に医療費増加につながると具体的な数値の試算も行っています。

またメタボは自己責任であり、健康管理も保険者と個人の自己責任だとする厚生労働省の主張は、過労死対策や社会環境の整備からお役所が目をそらすことができるようになると断じています。

 大櫛教授はさらに、「メタボ差別」も心配しています。「暴走官僚」を特集した「文芸春秋」2008年1月号で吉田啓志も同様の指摘をしています。つまり、メタボ健診の受診率が低い(目標は2012年度に70%)とか、メタボ該当者が減少しないなど、定められた目標が達成できない場合には、その健保組合は75歳以上の後期高齢者医療保険への分担金を10%上乗せされるペナルティが課せられ、逆に目標達成すると10%軽減されることになると言います。企業は太っている人の採用を避けたり、「予備軍」を人事上不利に扱うことになりかねないという不安があります。すでに日本のトップ企業トヨタでは、予防医療を小さなコストで大きな対価を得る近道と位置づけ、「健康支援センター ウェルポ」を立ち上げているそうです。トヨタだからこそ出来る早目の対応策なのでしょう。(12月20日付け日経新聞)。

大櫛教授ならずとも、まさに健康政策の「暴走」が始まっていると心配する人も少なくないはずだと思います。

                             (2007年12月26日


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