ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.104 「女性長寿者」のナゾ
Google検索にキーワードを入力すると関連するページを見ることができます。
Google
WWW を検索 ドクター塚本ページを検索
 
 日本のメダカが絶滅危惧種(レッドデータリスト)の仲間入り(1999年2月)以来、人々の話題に上ることが多くなりました。寿命学研究会・菱沼従尹理事長(故人)から、生物界の大法則「メスはオスより長命なり」の唯一の例外はメダカだと教わったのは、かれこれ30年も昔のことです。さすがに菱沼理事長だ、とその博覧強記ぶりに感心したものです。そのことを懐かしく思い出しながら、やはり例外の「種」は生き難いのかな、と妙に納得しています。

さて今回のテーマもヒトの長寿です。前回スーパー長寿者、f地三郎、日野原重明両先生のことをご紹介しました。たまたまお二人とも男性でしたが、女性の長寿者の方が圧倒的に多いのはご存知のとおりです。最新の平成18年簡易生命表では、男女それぞれの平均寿命は、男79.00年、女85.81年で、6.81年の男女格差があります。厚生労働省の「平均寿命の国際比較」(国によって作成基礎期間が異なるので厳密な比較は困難だと断っていますが)でも、40カ国すべて女性優位で例外はありません。

ちなみにこれまた菱沼理事長によると、今でこそ高い経済成長率を誇るインドですが、30年前の平均寿命は、男52.0年、女51.0年で男女差はマイナス1.0年と男性優位でした(1975〜80年)。ちょうど出産年齢に当る20歳代の女の死亡率が男より遥かに高いのが特徴的で、貧しかったインド社会では、お国柄も手伝って、妊娠中も過酷な労働を強いられていたために、この年代の女性の死亡率が高く、ひいては女性の平均寿命を低くした原因だと分析されています。

今年の敬老の日を前に、厚生労働省から公表された9月末の百歳以上の高齢者数は、32,295人と、統計を取り始めて以来37年連続で記録更新中です。男女別では、男性は4613人、女性が27682人で、85.7%までを女性が占めて、断然女性優位です。では女性はなぜ長生きなのでしょうか。寿命学の大きなナゾの一つです。このナゾ解きに挑戦すると、長生き上手のコツを会得できる可能性があるかもしれません。秦の始皇帝以来、人類の長年の夢が容易に実現できるとも思えませんが、今のところ有力な学説をいくつかご披露することにいたしましょう。 

1 男性ホルモンと女性ホルモン

 短絡して言うなら、長寿にとって男性ホルモンは「悪玉」で女性ホルモンは「善玉」です。
 睾丸で産生されるテストステロンは、冒険好きや無謀な行動と関係があり、若い成人男性に多発する交通事故、エイズなどはこのホルモンの分泌増加、いわゆる「テストステロン中毒」に原因があると言われます。「闘争」や「逃亡」などの行動もテストステロンの影響です。進化の過程で敵から素早く逃げるために男性に必要な道具だったと考えられますが、アドレナリン分泌を促進させることによって、高血圧や血管の損傷に結びついています。

 一方、女性ホルモンの代表エストロゲンは、強力な抗酸化物質として老化防止に役立つと言われています。大豆に含まれているイソフラボンがエストロゲンと化学構造がよく似ていることから、抗酸化作用を期待して豆腐や納豆が閉経後の女性に健康食品として推奨される理由になっています。

 また閉経前の女性が動脈硬化になり難い理由として、善玉コレステロールとして有名な「HDLコレステロール」が高いことが関係しています。動脈硬化の危険因子である「総コレステロール」を低く抑えるのにもエストロゲンが働いています。閉経後の女性では総コレステロール値が急に高くなり、高脂血症と診断されることが多いのも生理的な自然の摂理に基づくものです。

 さらに女性ホルモンは、免疫学的にも抗体産生に有利に働くので、女性は感染症にも強いということになります。リンパ球の1つで、主にがん細胞を攻撃するNK(ナチュラルキラー)細胞の活性が女性で高い理由も、女性ホルモンで説明されています。細菌やウイルス、がんから身を守り、健康な状態を保持する「自己防衛力」や「自然治癒力」、とりもなおさず生命力は女性の方が男性より優れていることに間違いありません。

 2 エネルギー代謝の男女差

 ヒトは外から食物を摂取し、酸素を消費しながらエネルギーに換えて生命を維持しています。安静時の基礎代謝量を調べると、男性は女性に比べてほぼ2割増しになっています。男性が筋肉質であるのに対して女性の体脂肪率は大きくなっていますが、脂肪の方がエネルギー効率は高く、女性は男性よりも少ないエネルギー消費で生命を保つことが出来るのです。雪山での遭難などの極限状態で、耐久力を発揮できて生き延びるのは女性の方だというのも頷けるはずです。もともと酸素消費量が少なくてすむので、活性酸素の産生も少ないのです。

 基礎代謝量が少ないということは、低いエネルギー所要量、ひいては少ない栄養所要量ですむことになるのは当然です。また女性は寒冷や暑さに対しても生理学な体温調節機能が高いので、寒さ暑さにも男性よりも強いのです。要するに、ろうそくに譬えるなら、男性はパッと燃え尽きるのに対して、女性はチョロチョロと長く燃え続けることができるし、男性は固いがどこか脆いのに対して、女性は一見やわらかでいて、底知れぬ強靭さを秘めているとも言えます。男性は高酸素、高カロリーの必要な「スパー・カー」、女性は瞬発力、運動量では劣りますが、持久力に優れた、低酸素、低カロリーで走る「エコ・カー」に譬えることもできます。

 3 遺伝子構造の男女差

 古典的な遺伝学でも、性染色体の男女差はよく知られています。つまり男性はXYであるのに対して、女性はXXが対になっています。そこで、女性の場合2つあるX染色体はそれぞれ別の親に由来していますが、双方の親から同時に同じ欠陥のあるX染色体を受け継いだときだけ欠陥が発現します。一方男性は母親から受継いだX染色体に欠陥があれば、その影響がもろに現れます。つまり女性はX染色体を一対持っているので、欠陥遺伝子の影響を抑えることができるのです。また寿命に関っている遺伝子がX染色体に存在していることを支持する研究があるので、X染色体が1つの男性よりも2つ持っている女性の方が長生きできる、つまり長生きできるようプログラム化されているのは女性の方だとも言えます。

 4 ストレスの男女差

 いろいろな研究の結果、女性は職場ストレスを受けることが少ないし、職場へ「過剰適応」するタイプが少なく、結果として過労死が少ないことも分かっています。ストレスに強いのではなく、打たれ強く、処理の仕方が柔軟なのは女性だとも言われます。さらに女性は、辛かったら「泣ける」ということが社会的、文化的に許容されているのに対して、男性はジッと我慢することでますますストレスが高じてしまいます。

 以上は女性の長生きのナゾに迫るほんの入口を探っただけに過ぎません。ぜひとも世界一の長寿国であるわが国だからこそできる、入口からさらに奥に入ってナゾ解きを深める研究の発展を祈らずにはおれません。

   (2007年11月28日)

 <参考文献>

  パールズ T Tほか(日野原重明監訳):「100万人100歳の長生き上手」
  
講談社 2002年12月

   宮城重二:「女性はなぜ長生きか−長寿に学ぶ健康のコツ」
  講談社ブルーバックス、1996年8月


ドクター塚本への連絡はここをクリックください。