ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.102 どうしますか? 予防接種!
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 秋が深まると各地の紅葉便りとともに風邪やインフルエンザの季節もやってきます。去る19日に秋田県能代保健所管内で2名の患者からインフルエンザ・ウィルスが初検出されたことが報じられました(毎日新聞10月20日)。そう言えば早々と私のところへも市役所から満65歳以上の住民を対象にしたインフルエンザ予防接種のお知らせが来ています。

これには、「予防接種は主に個人予防目的で行いますので、ご本人が希望した場合に限り接種を行います」とゴチックで書かれているうえ、「気にかかることや分からないことがある場合には、予防接種を受ける前に医師に相談しましょう」と慎重な表現がしてあります。

ところで、高齢者に対して昔からインフルエンザ予防接種のおすすめがあったでしょうか。たしか学童期の生徒を対象にした「強制接種」だったはずだが、と記憶しておられるに違いありません。そこで少し回り道をしてインフルエンザ・ワクチンの歴史を振り返ってみることにしましょう。

伝染力の強い人獣共通感染症のインフルエンザに対して、もともとワクチンには感染防御や発症阻止の完全な効果はありません。ワクチンを接種していてもインフルエンザに罹患する人はいるのです。これが天然痘、ポリオ、麻疹などのワクチンと大きく違う点です。ワクチン接種の有効率(%)は、ワクチン接種をしなかった場合の罹患率をどれだけ減らせるかという相対危険率で表すのがふつうです。つまり、(非接種群の罹患率)−(接種群の罹患率)/(非接種群の罹患率)のことで、例えば有効率50%(厚生労働省は34%〜55%だとしていますが)というと、接種した人の50%は発症しないというのではなく、接種しないで発症した人のうち50%は受けていれば発症を免れただろう意味ですから、流行が起こってからでないと分からない「相対的な物差し」に過ぎないのです。

そこで、インフルエンザの感染経験の少ない(免疫力の弱い)学童生徒がもっともインフルエンザに罹り易く、集団生活をしている学校がウィルスの増幅場所で感染拡大の源となり、社会に広がってゆくという考えがありました。いわゆる「学童防波堤論」です。1962(昭和37)年から、わが国ではすべての学童生徒を対象にした強制的な集団接種が開始されました。しかしどんなにワクチン接種をしても、インフルエンザは毎年決まって大流行しつづけたのです。その上、重篤な副反応・副作用(発熱、ショック、けいれん発作、神経系の後遺症など)が出現し、それに対する不手際な行政の対応がワクチンに対する不信感を増大させました。ただし、ワクチン製造の技術改良が行われ、1972年には現行の「HAワクチン」が実用化され、安全性の面ではほぼ満足できるレベルに達していると評価されてはいますが。

このようなインフルエンザ・ワクチンに対する疑問や不信感が続くなか、わが国の予防接種行政に一石を投じて大転換を迫るきっかけを作ったのが「前橋レポート」です。1979年の初冬、群馬県前橋市医師会が集団予防接種の中止に踏み切りました。ただ中止しただけというのではありません。医師会の開業医が中心となって、中止によってインフルエンザ流行にどのような変化が現れるか、詳細な疫学調査が開始されました。前橋市とその周辺5つの市の小・中学校の生徒約7万5千人を対象にした6年間に及ぶ調査の結果、ワクチン接種をしてもしなくても、罹患率は変らず、地域の医療費や超過死亡率も変らなかったことが明らかになり、前橋医師会の判断が正しかったことが見事に実証されたのです(その詳細は、カンガエル−ネット(http://www.kangaeroo.net/)でレポート全文が読めますのでご覧ください)。この調査が公表されたのは1987年のことですが、この研究を超えるものはその後今日に至るも出ていません。これを境に予防接種の接種率は急激に低下してゆきますが、遂に1994年の予防接種法の改正により、インフルエンザ予防接種は任意接種(「二類」疾病)に切り替えられたのです。二類疾病というのは、「個人の発病又はその重症化を防止し、併せてこれによりそのまん延の予防に資することを目的として行う疾病」とされています。

こうして、1994年から98年まで予防接種者はゼロに近かったのですが、インフルエンザ流行の様子は、これまでと大きな違いはなかったのです。そして2000年ころからまたまたワクチン接種が急増に転じます。「高齢者にワクチンを」と言われ出したのは、学童への集団接種が中止になったころと時期が一致しています。それまで高齢者のインフルエンザ重症化を防ぐためにワクチン接種を受けようなどと誰も言わなかったのです。どうやら背景にワクチン製造会社が見え隠れしています。「インフルエンザは怖い」、「新型インフルエンザが大流行する」、「ワクチンが足りない」、「薬が足りない」など、マスコミの大合唱が始まったのもこのころからでした。その結果、ワクチン神話が見事に復活して、その製造量は学童集団接種の時代のピーク2000万本をとっくに超えてしまったのです。

自治体から接種費用の一部公的負担もある(私の住む浦安市では、自己負担金1000円です)ことだし、丁寧な通知も来ているので「やはり受けないといけないのか」と考えている方も少なくないはずです。

ではどうすればよいのか、改めてインフルエンザ・ワクチンに限界のあることを整理してみましょう。

@   インフルエンザ・ウィルス表面のHA(赤血球凝集素)蛋白に対する免疫が感染防御の主役になっているのですが、頻繁に突然変異(小変異・連続変異)を起こしてHA蛋白の抗原構造が変化するので、終生免疫どころか、抗原性のずれたウィルスから作ったワクチンの効果は期待できません。製造に9ヶ月もかかるので、流行するであろうウィルス株を事前に予測することは至難の業です。

A   現行のHAワクチンは、全粒ウィルスをエーテルで部分分解し、副反応の原因になる脂質成分を除去している(スプリット・ワクチン)ので、全粒ワクチンに比べて免疫原性が低いとされています。また抗体の定着が良好な生ワクチンではないので、有効な防御免疫の持続時間は3か月程度と短いのです。12月上旬までに接種がすすめられる理由です。

B   現行の不活性化ワクチンの皮下接種では、感染防御の中心的役割を担う気道の粘膜免疫や細胞性免疫がほとんど誘導されません。

C   微量ながらワクチン製造に用いられる鶏卵由来の成分が残存していますので、発赤、じん麻疹などの局所反応やアナフィラキシー・ショックの出現する可能性があります。毎年接種する必要があるため、副反応の方も増幅してゆくはずです。

D   高齢者に有効だとする科学的根拠がなく、都合のよいデータの寄せ集めにしか過ぎないという批判があります。また高齢者に限って、1回の接種でよいとする根拠も不明なままです。

 要するに、現行ワクチンは「賞味期限1年の「商品」です」と決め付け、売れ残りがないように、毎年大々的にワクチンの必要性を宣伝するキャンペーンに率直な怒りをぶっつける母里啓子・元国立公衆衛生院 感染症室長の言葉には千金の重みが感じられます。

さて、皆さんはどうなさいますか。

<参考文献>

  国立感染症研究所:「インフルエンザワクチンについて」
 (同研究所・ホームページ 
http://www.nih.go.jp/niid/topics/influenza01.html )

  母里啓子、山本英彦、浜六郎監修:「医者には聞けないインフルエンザ・ワクチンと薬」
 2005年版(株)ジャパンマシニスト社 2004年10月

                              (2007年10月24日)


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