ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.100 抗がん剤治療との付き合い方
Google検索にキーワードを入力すると関連するページを見ることができます。
Google
WWW を検索 ドクター塚本ページを検索
 
 がんは平成の国民病です。昭和56(1981)年にトップ死因になって以来、ダントツの1位をキープしています。先ごろ発表された平成18年人口動態統計(確定)でも、がん死亡者数は32万9314人、全死因の30.4%を占めています。まだまだ一筋縄では行かない手強い相手であることに変りはありません。限局した病巣の早期がんで転移のないことが確認されたなら、やはり外科的手術がファーストチョイスです。「切ったら終り」なのです。早期発見のためには、「まず受けて 次に伝える がん検診」(今年(9月)の「がん征圧月間」スローガン)が今も奨励される所以です。

がんは「切らずに治す」に越したことはないと思います。今後は徐々に外科的手術が減ってゆき、がん患者はより効果的な放射線治療や抗がん剤治療をまず選択する時代が来ると予想されています。

さて今回は「抗がん剤」を取り上げてみます。開発中の新しい「分子(ゲノム)標的薬」(これぞ本当の抗がん剤です)とか、「薬物送達システムDDS」Drug Delivery Systemとか、明るいニュースも聞かれるようになりました。

しかし、最先端の治療法といえども定着するまでは、ふつうに出回っている抗がん剤に頼らざるを得ません。薬物イコール「細胞毒」でがん細胞だけでなく、体内の正常細胞も同時に攻撃するので、副作用が怖いというのが一般常識です。しかも他の治療法が有効でなくなった、末期がん患者に使用されることが多いことから、怖いという印象は一層増幅されているのかも知れません。

その上わが国では、末期がんに対する抗がん剤治療のやり過ぎが以前から指摘されています。外科医出身のホスピス医である小野寺時夫・元都立府中病院長は、「やり過ぎ」の理由をつぎのように要約しています。

@ 日本のがん化学療法は抗がん剤専門医ではなく、各診療科の主治医が専門診療のかたわら行っているのが大部分である。
A 医師のほうに「どれか効いてくれないか」と、諦めずに最後まで続けるクセがついてる。
B 何もしないと、患者が医師に見放されたと思うから。
C 学会発表の資料にするため。
D 病院経営の必要上、収入増のためにやむを得ず行っている。

これらのうち、C、Dは論外だとしても患者の立場が無視あるいは軽視されされていることは否めない事実です。

がん治療の現場には、「ケモ死」という隠語があるのをご存じでしょうか。化学療法(ケモセラピー)chemothrapyの「ケモ」のことです。一般的に、抗がん剤は使い始めには効いていても(患者自身が効いていることを実感できるので幸いです)、続けていると何時かは(早ければ1か月、長くて2年程度だと言います)効かなくなります。その時には、投与する薬剤の種類を変更して治療を継続するのですが、これを何回か繰り返すうちに、遂にはどの抗がん剤にも抵抗して効かなくなる(「薬剤耐性」)か、体のほうが抗がん剤に耐えられなくなって(この苦しさは患者にしか分かりません)、化学療法の継続が不可能になります。こうなっても、さらにごり押し的に抗がん剤投与をすると、延命治療どころか確実に患者の余命を縮めてしまいます。まさに本末転倒で、痛ましい「ケモ死」を招くことになります。誰しもケモ死を望む者はいませんが、抗がん剤治療の「止め時」、「引き際」が重要だと、実例を挙げながら熱っぽく語っているのは、同じくホスピス医の日本バプテスト病院・大津秀一医師です。食事量が減って、全身衰弱の著しい患者に、死の直前まで抗がん剤治療を継続することは明らかな間違いです。患者もまた、何が何でも我慢するのではなく、キチンと「休薬」したいと主治医に申し出るべきです。

 もちろん、抗がん剤は末期がんだけではなく、「成功した」はずの外科手術の「後療法」としても広く使用されています。がん病巣は完全に摘出され、リンパ組織など周辺にがん転移のないことが確認されていても、すでに全身に散らばっている可能性のある、がん細胞に対して抗がん剤が投与されるのです。主治医からは「念のために使っておきましょう」くらいの説明を受けて行う、文字通りの「補助療法」です。どこにどれくらいがん細胞が転移しているのか、現在の医学水準ではそれを証明(診断)できないまま抗がん剤治療を行うのですから、主治医ともども、患者には目に見えないし自覚もしていないので、効いているのかどうか分かり難いことこの上なしです。往々にして不安な患者心理から受け容れざるを得ない状況におかれるわけです。

 もともと、抗がん剤が効くというのはどういうことか考えてみましょう。発生したがん細胞だけを攻撃して、遂には消滅させてしまうのが理想的な抗がん剤のはずです。しかし現状では、急性白血病、悪性リンパ腫など血液のがんや睾丸のがんでは、まず完全治癒にまで持っていけるのですが、一般的に固形がんに対しては程度の差こそあれ、残念ながらここまで有効な抗がん剤は殆どないのが現状です。

 片手間どころか、練達の外科医であると同時に抗がん剤治療に豊富な臨床経験を誇る平岩正樹医師(元・共立蒲原総合病院外科部長)の見解を聞いてみましょう。
 まず抗がん剤治療の目的をとして、@がんの治癒(5年間再発しない完治)、A広い意味での延命、つまり一日でも長く元気な日常生活を送る、B症状の緩和の3つを挙げた上で、どれを目指すかは、がんの種類、進行度、患者の価値観などを勘案して決めます。固形がんには効かないという一般論には組せず、最後まで諦めずに患者に向き合って治療に当たる彼の姿勢には敬服します。使用する抗がん剤の種類も、個々のがんの「顔つき」(がんの個性ともいうべき)に合わせていろいろ組み合わせて、しかも「さじ加減」(一律な基準量ではなく個人差による「適量」)を患者ごとに変えて投与すると言うのです。彼は、臨床の現場で主流となっている「がんの縮小至上主義」を取らず、治療目標をがんの縮小ではなく、「がんの成長の横ばい」におく「休眠療法」によって、AとBの目的を達成しようとしています。また彼は、現在のわが国で抗がん剤治療を実施しようとする際大きな壁になっているのは、「技術料や手間賃が無料」、つまり無料サービスを強いられている診療報酬制度にあると強調しています。

 わが国には抗がん剤治療の専門医が少ないことが、がん対策の大きな課題です。日本臨床腫瘍学会(西条長宏・理事長)が2006年から認定している「がん薬物療法専門医」も、まだ126人しかいません。人口が2倍で、医療制度も異なる米国の9千人とは比べようがありませんが、1桁ないし2桁も違う決定的な少なさです。診療報酬制度のほか、「医学教育が臓器別の縦割りで、がん全般をになう腫瘍内科医を育てる仕組みがなかった」(福岡正博・近畿大堺病院長)ことがその原因に挙げられ、その反省からか、山形大・神戸大など4大学でようやく腫瘍内科学の医局が新設されたところだそうです(6月21日付け朝日新聞、6月25日付け日経新聞)。昨今騒がれている、産科、小児科の医師不足とは別の深刻な問題です。

 いずれはわが身とばかり、自らががん難民にならないよう、抗がん剤治療の現況を少し勉強してみました。疫学をかじった者としては、やはり「根拠に基づく医療EBM」が定着し、一層の発展なしに抗がん剤の効果論もなし、というのが私の結論です。

<参考文献>

 小野寺時夫:「がんのウソと真実」、中公新書ラクレ(2007年4月刊)

 大津 秀一:「瀕死の医療」、PHP研究所(2007年8月刊)

 平岩 正樹:「抗癌剤 知らずに亡くなる年間30万人」祥伝社新書
       (2005年3月刊)

     (2007年9月26日)


ドクター塚本への連絡はここをクリックください。