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平成23年2月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(57)
   
自由学園明日館
  …世界的建築家ライトが設計した傑作…
井出昭一
 住 所:東京都豊島区西池袋2−31−3
 竣 工:1921年(大正10年)
 設 計:フランク・ロイド・ライト
 施 工:不詳
 構 造:木造・地上1階、一部2階
 交 通:JR池袋駅西口から徒歩5分
 公 開:10:00−16:00
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ:03−3971−7535 自由学園明日館
1.プロローグ
 今回訪ねるのは、重要文化財に指定されている自由学園明日館です。この中の講堂については、かつて『大学の講堂建築(2)私立大学編』(No.17、2007年11月20日)で、早稲田大学の大隈講堂、日本女子大の成瀬記念講堂とともに紹介しましたが、今回は改めて明日館の校舎の全体像を紹介します。

2.羽仁夫妻の教育理念にライトが深く共鳴して設計を快諾
 JR池袋駅西口の目白駅寄りで下車し、メトロポリタンホテルの正面道路の反対側の細い道を通り抜けてゆくと5分ほどで自由学園明日館に着きます。東京都心でも有数の繁華街の池袋からわずかに歩いただけで住宅街となりますが、その中でエアポケットのような芝生を前に建っているのが明日館です。

 広い芝生に大きな鳥が羽を広げて飛び降りてきた姿の校舎を設計したのは、20世紀を代表するアメリカ人建築家フランク・ロイド・ライト(1867−1959)です。自由学園は羽仁吉一・もと子夫妻が、単に知識の詰め込みではなく家庭的でのびのびとした新しい教育の実践を目指して大正10年に池袋の地に設立した女学校です。

 世界的な建築家がなぜ日本において一私立学校の校舎を設計したのか不思議ですが、帝国ホテル建設のため来日中のライトに弟子の遠藤新(1889−1951)が友人であった羽仁夫妻を紹介したところ、羽仁夫妻の教育理念にライトが深く共鳴して校舎の設計を快諾することになったといわれています。
 実際にはライトの描いたスケッチをもとに遠藤新が詳細な設計をして、大正10年(1921年)に中央棟と西教室棟が竣工し、大正14年(1925年)には東教室棟が、続いて昭和2年(1927年)には、道路を隔てた南西側に講堂が完成しました。
 中央棟の「ミニミュージアム」には、ライトと保存修理工事に関する資料が展示されていますが、その中の設計図面にはライトと遠藤新の二人が署名しています。ライトは校舎全体が完成する前に自由学園をただ1度訪れ、その際、大勢の生徒や遠藤新と一緒に西教室棟を背景に撮った記念すべき写真が展示室に掲げられています。



3.幾何学模様が美しいホールの窓枠
 ライトはアメリカにおいて「草原住宅」いわゆる「プレイリースタイル」というテーマで、地を這うような姿の作品を数多く残しています。自由学園明日館はその代表例で、明日館のシンボルである大きな窓をもったホールを中心として左右対象の校舎は、一見すると平等院の鳳凰堂を連想させます。日本建築に関心を持っていたライトは、鳳凰堂の影響を受けたのではないかとの質問に対して、それを否定して自分の独創案であると主張されたといわれています。
 建物に入るには階段を上るのでもなく段差もなく地面と同じレベルの通路から自然に校舎に入ります。大理石のような贅沢な建材、モザイクタイル、ステンドグラスなどの高価なものは一切使用せずに、ごく普通の木材と“ライト好み”の大谷石が床、柱、暖炉などに使われ、差し込んでくる外の光を柔らかく受け止めています。

 建物としての明日館の魅力は数多くありますが、まず挙げなければならないのは、やはり中央棟のホールの大きな窓です。ホールは南面いっぱいに大きな窓を持ち、北側には大谷石の暖炉が配されていて、創立当時は礼拝堂として使われていた部屋です。
 明日館の入館時に600円で喫茶付き見学料を求めれば、幾何学模様の窓枠の垂直な線と斜線の織りなす軽やかなリズムを感じながら、ライトの設計した椅子に座って紅茶やケーキをいただき、心行くまでくつろぐことができることはありがたいことです。これは『建物は使ってこそ活きる』という明日館の基本的考えに基づいて、痛みやすい木造の重要文化財を惜しげもなく来館者へ提供する最高のサービスではないかと感じています。
 このホールは、晴天ならば床に投影される窓枠のシルエットを楽しみ、春先には大きな窓いっぱいに広がる桜を愛で、夜間見学日には月見もできるという贅沢極まりない空間です。窓に近づいて見ると、使われている木材、金具などは決して高価なものでも特注品でもなく、極めてありふれたものが使われていることが判ります。暖炉も贅沢な大理石ではなく素朴な風合いを評価して大谷石が使われています。限られた予算の中で豊かな空間を実現するというライトの設計思想が随所に反映されている場所でもあります。
 紅茶を飲みながら西側の壁面に目を向けると、そこには壁全体に旧約聖書の「出エジプト記」の一節が描かれています。この壁面は有名な画家が手掛けたものではなく、昭和の初め創立10周年を記念して当時の生徒によって描かれたフレスコ画で、長い間漆喰の下に眠っていたものが、修復工事の際に発見され、生徒の手によって現在の姿に蘇ったといわれています。これは当初描いた生徒にとっても、“掘り出した”生徒にとっても、まさに思いの籠った記念碑的作品ではないかと思われます。

4.家具も建物の一部としてデザイン
 ホール北側には食堂があります。一般の学校建築で中心に位置するのは本館(事務局)とか講堂ですが、明日館の中心はこの食堂です。これは全校生徒が一緒に手作りの昼食を摂るという羽仁吉一・もと子夫妻が望んだ理想的教育の考えが反映されているものです。 
 この食堂でも窓が特徴的で、光を取り込む窓には様々な幾何学模様が取り入れられています。南面の壁に据えられた大谷石の大きな暖炉は温もりを産み出す演出をしています。この暖炉を背にして見る正面の北側と左右の三方にはかつてバルコニーが配されていました。生徒が増加した大正末期に遠藤新の設計でこれは小食堂に改築されましたが、ここでも師匠のライトの設計思想を取り入れているため、既存部分とも調和していて全く違和感はありません。



 ライトは家具も建物の一部と考えてデザインしています。その代表例は食堂のV字型の照明やペンダントで、ホールの大きな窓とともに明日館の顔となっています。また、小食堂に置かれている机と椅子は遠藤新が設計したものです。コスト削減のためにスリットを設けて同じ幅の板で造られているとことは、一見したのでは判りませんが、職員によるガイドツアーの説明で納得できました。


 道路を隔てて南西側に建つ講堂は遠藤新が設計し1927年に完成しましたが、ここにもライトのデザインが踏襲されて窓には幾何学模様が施されています。中央の広いスペースと左右の一段と高くなったところには長椅子が置かれていて、コンサート、公開講座、講演会、結婚式に使われ、長椅子を片付けると絵画展、写真展の会場になります。ここでも重要文化財の建物が活用されている“動態保存”の良い例となっています。




5.アメリカ以外に現存する希少なライトの木造建築
 フランク・ロイド・ライトは92年の長い生涯で約800件の建物を設計し、そのほとんどはアメリカ国内で、ピッツバーグ郊外のカウフマン邸[落水荘](1937年)、ニューヨークのグッゲンハイム美術館(1959年)が知られています。アメリカ以外ではカナダで3件設計していますが、いずれも現存していません。日本びいきのライトは日本で建てるために14プランを設計しましたが、実際に建築されたのは6件のみです。このうち福原有信別荘(1918年)は倒壊し、帝国ホテル別館(1920年)は焼失しました。残る4件のうち規模が大きく代表的だった帝国ホテル(1923年)は取り壊されて、正面玄関部分が犬山の明治村に移築されています。また、帝国ホテルの支配人の林愛作邸(1917年)は、現在「電通八星苑」として残され居間以外は大幅に改装されているといわれますが、非公開のためその実態は判りません。したがって、竣工時の姿で現存するライトの建物は、アメリカ以外では自由学園明日館と旧山邑太左衛門別邸[現:ヨドコウ迎賓館](1924年)の2件のみで、いずれも重要文化財に指定されている極めて希少な建物だということができます。
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 明日館はそこで育った生徒たちが希望に燃えて明日の大空へ鳥の姿を象徴し、将来に希望を託す願が込められて明日館と命名されています。80年以上も大都会のエアポケットのような草原で生き続けてきた大きな鳥は、さらに逞しく生きて、ここを訪れる人々に安らぎと鋭気を与え続けて欲しいものです。
   
トピックス 2011.2.20.
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「煌めきの近代…美術からみたその時代…」(館蔵品展)

会 期:2011.1.2〜3.21
会 場:虎ノ門 大倉集古館(ホテルオークラ本館正面玄関前)
入場料:800円
休 館:月曜日(3月21日は開館)
問合せ:03−3583−0781
http://www.shukokan.org
 幕末・明治から昭和に至るまでの橋本雅邦、下村観山、小林古径の近代日本画、高村光雲・光太郎父子二人の「大倉鶴彦翁像」、田中親美の「平家納経経箱」(模造)など館蔵名品が並んでいます。なお横山大観の名作「夜桜」の展示期間は2月22日から3月21日です。


2.「中国青銅鏡」

会 期:2011.1.8〜3.6
会 場:六本木 泉屋博古館分館
入場料:一般 520円
休 館:月曜日(3月21日は開館)
問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
http://www.sen-oku.or.jp
 青銅鏡は中国を代表する金属工芸品で、紀元前200年の漢から唐の時代にかけて盛んに造られました。鏡は単に姿見としてだけではなく、霊力を持つものと考えられ、願を叶える道具として珍重されてきました。ここでは春秋時代から宋元時代にかけて造られた80点が展示されています。


3.「建築家 白井晟一…精神と空間…」

会 期:2011.1.8〜3.27

会 場:東新橋 パナソニック電工 
    汐留ミュージアム

      (パナソニック電工ビル4階)
入場料:一般 500円(65歳以上 400円)
休 館:月曜日(3月21日は開館)
問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/

 「哲人」とか「詩人」といわれた孤高の建築家の白井晟一に焦点を当てた展覧会で、その建築作品をはじめ書、装丁、エッセイなど全貌を紹介する企画です。


以 上

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