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平成23年1月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(56)
   
島津公爵邸(現:清泉女子大学本館)
   …コンドルが設計した華族最高位の邸宅…
井出昭一
1.プロローグ…年頭のご挨拶…
 『建築の「目利き」になると、目ざとく特徴を見つけ、特色を見分けられると面白さは倍加してくる。そのためには、第一に数多く実物をしげしげと見るようにする。第二になるべく本物の良い品(建物)を見るように心掛けるのが大切である。本と写真だけで勉強したのでは、いくら頑張っても「目利き」にはなれない。』(山口廣「東京建築懐古録」読売新聞社編より)
 多くの読者の温かいお言葉に励まされて書き続けてきたこの『古今建物集』…美しい建物を訪ねて…も55回を超えることになりました。ことしも“本物の良い建物”を訪ね歩きたいと思っています。
 今回紹介するのは、女子大学の構内に残る“本物の良い建物”のひとつ、ジョサイア・コンドルが設計した旧島津忠重公爵邸(現:清泉女子大学本館)です。(以下、「旧島津公爵邸」とします。)
2.華族の邸宅が大学の本館に変身
 旧島津公爵邸のある清泉女子大学を訪ねるには、JR山手線の五反田駅の東口に降りて、目の前の八つ山通りを御殿山、品川方面に数百メートル歩くと大学の案内表示があります。そこを左折して少し坂を登った左側が清泉女子大学です。ゆっくり歩いて10分ほどです。
 旧華族の由緒ある邸宅を本館とする女子大学ですから古い歴史を有するのかと思い込んでいましたが、清泉女子大学が4年制大学として設立されたのは昭和25年の“戦後派”だとは意外でした。設立当初は横須賀の米軍基地に隣接していましたが、女子大学の環境としてふさわしくなかったため移転が計画され、東京の現在地に移ったのは昭和37年4月のことです。
 現在、島津山といわれる清泉女子大学の建っている小高い丘の一帯は、江戸時代、仙台伊達藩の下屋敷のあったところで、景観も良かったため当時の地名「品川領下大崎村袖ケ崎」から「袖ケ崎屋敷」と呼ばれ別荘として使われてきました。明治6年に島津家の所有となり、伊達藩時代の木造家屋がそのまま引き継がれ、明治17年、島津家第29代当主の島津忠義が公爵を授けられて島津公爵邸となりました。しかし、第30代当主忠重は、老朽化が進んだ建物を英国風洋館に改築することを計画し、ジョサイア・コンドルに設計を委嘱しました。大正4年にイタリア・ルネサンス様式の優雅で気品に満ちた邸宅が完成し、館内の整備を終えて盛大な落成披露が行われたのは2年後の大正6年のことです。
 最盛期には200人を超える使用人がいたといわれる3万坪の広大な敷地は、昭和初期の金融恐慌のあおりを受けて、昭和4年、島津家は8000坪を残して周辺部を売却し、さらに第二次大戦の苛烈化にともない、大邸宅の維持が困難となった昭和19年、建物は日本銀行に売却されました。奇跡的に戦災を免れた建物はGHQに接収され進駐軍の女士官の宿舎として昭和29年まで使用されてきました。接収解除後、昭和36年に清泉女子大学は日本銀行から土地と建物を購入し、昭和37年に横須賀から移転して現在に至っているという経緯をたどっています。
 建物は、華麗な華族の邸宅から大学の本館へと使い方は一大変身しましたが、往時の様子を彷彿させるところが随所にみられる“本物の良い建物”です。
3.コンドルの晩年の傑作
 正門を入ってすぐ左側の急な石段を登ったところが本館で、これがコンドルの晩年の傑作といわれる建物です。若い女子大生はこの“男坂”の石段を駆け上がって本館には目もくれず教室へと急ぎますが、われわれシニアは無理をせずに、なだらかな車道の“女坂”をゆっくり歩いた方が無難なようです。
 東に面する玄関先のポーチは円柱と半円柱が4隅に立つ重厚な構えで、正面の扉と両脇にはステンドグラスがはめ込まれています。玄関は通常は閉じられていて、見学する際には、北側から中庭を回って1号館の校舎から入ります。広い芝生の庭に面した本館南面は大きな2層のベランダに沿って、1階はパプリックスペース、2階はプライベートスペースとなっていて主要な部屋が配置されています。ベランダの中央部分は丸く張り出しているため優しさを漂わせ、列柱の柱頭の飾りは、1階部分がトスカナ式、2階はイオニア式と異なる趣向でまとめられています。
4.華麗なステンドグラスの饗宴
 1階の中央大ホールに入ると、イオニア式の柱、大理石の暖炉、大階段が目に入り、いずれにも様々な装飾が施され格調の高さをうかがわせます。その中にあってひときわ目立つのはステンドグラスです。玄関扉とその上部の半円形の窓、玄関ホール右手の間仕切り、大階段の左側の壁面、階段の踊り場の壁面と実に華麗で大小様々なステンドグラスのオンパレードです。玄関上部に設けられたステンドグラスの中央には、島津家の家紋が鮮明に描かれていました。
 玄関ホール右手の間仕切りのステンドグラスは特に珍しいものです。楕円形の部分がレンズ状になっていて、正面から見ると普通の厚いガラスのようですが角度を変えて見ると、レンズを通して異なった光景が写ります。これを製作したのは宇野澤辰雄だとの説明がありました。日本のステンドグラスの草分けのひとり宇野澤辰雄の作品は今までいろいろなところで見てきましたが、このようなものに出会ったのは初めてのことです。
 中央の応接室(現在も応接室)は明るい部屋です。ベランダに面した南側の窓はアールになっているうえに、驚くことにガラス自体もアールがついていました。
 その隣の公爵の書斎(現在は会議室)のマントルピース、ドアの周辺、天井などにも細やかな装飾が施され、ただ見入るばかりでした。

 正面玄関は来客用で、家族の中では公爵本人のみ使うことができ、家族や使用人は宿直室横の別の出入り口を利用するよう厳格に決められていたそうですが、その出入り口の床のタイルにも斬新なデザインが施されていて現代にも通ずるものが感じられます。
 1階で最も広いバンケットホールは現在チャペルとして使われています。室内には入れませんでしたが、わずかに開けられたドアから厳粛な雰囲気を感じることができました。 

 中央ホールから見る大階段は、左右の壁面と踊り場の正面が大きなステンドグラスで囲まれ、床には赤い絨毯が敷き詰められ迫力充分です。西洋館では階段が重要なポイントだといわれていますが、この島津公爵邸の大階段は親柱、手摺りの装飾もきめ細かく施され、踊り場から上り口が左右二手に別れ、1階から見上げても、2階から見下ろしても、踊り場の壁面いっぱいにステンドグラスの饗宴が展開されていました。
 

 2階は南側のベランダに沿って東側から順に、公爵居室、公爵夫妻寝室、公爵夫人居室が並んで配されています。現在は教室として使用中のため室内やベランダは見学できませんでした。3室あった子供部屋は大会議室、小会議室となっていましたが、色の異なるタイル張りの暖炉が丁寧に整備されて残されていました。

 とにかく、華族の中でも最高位の公爵だった島津家の当主が追い求めた気品ある姿を今にありありと伝える建物であることに誰も異存ないことでしょう。
5.エピローグ
 東京に現存するコンドルが設計した建物のなかで、私がその内部を実際に見ていないのは、旧島津公爵邸ただひとつでした。ここは、大学の本館として今でも教室、会議室として使われているため、内部を見学するには事前の申し込みが必要ですが、なかなかその機会がありませんでした。一度は見たいと思っていたところ、友人の好意により内部見学を誘われたので、最優先で日程に組み込んで、昨年末ようやく念願を叶えることができました。
 この結果、コンドルが設計に関与した建物で東京に現存するすべての外観・内部とも見学したことになり、ひとつの目標が達成できたことで満足しているところです。
 残された“未踏峰”は、東京から遠く離れた桑名の旧諸戸清六邸(現:桑名市六華苑)のみです。なんとか機会を作って“登攀”したいものです。
 (注)コンドルが設計した現存建物の一覧(復元を含む)
   1.東京復活大聖堂(ニコライ堂)…重要文化財…1891年
   2.三菱一号館(現:三菱一号館美術館 2009年復元)1894年
   3.旧岩崎久彌邸(現:岩崎庭園内洋館)…重要文化財…1896年
   4.旧岩崎彌之助高輪別邸(現:三菱開東閣)1908年
   5.岩崎彌之助家霊廟(静嘉堂文庫の敷地内)1910年
   6.旧諸戸清六邸(現:桑名市六華苑)1913年
   7.三井家倶楽部(現:綱町三井倶楽部)1913年
   8.旧島津忠重邸(現:清泉女子大学本館)1915年
   9.旧古河虎之助邸(現:古河庭園内洋館)1917年
トピックス 2011.1.19 
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「仏教伝来の道…平山郁夫と文化財保護…」(文化財保護法制定60周年記念)
会 期:2011.1.18〜3.6
会 場:上野公園 東京国立博物館 平成館
入場料:1500円
休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
問合せ:ハローダイヤル
http://www.tnm.go.jp/

 日本画家平山郁夫は、その生涯を通じて旺盛な創作活動を続ける一方、世界各地の文化遺産の保護にも尽力されました。この展覧会では、インド、パキスタンをはじめアフガニスタン、中国などの仏像や壁画とともに、文化財保護活動の集大成として制作し、薬師寺玄奘三蔵院に奉納された畢生の大作「大唐西域壁画」が全点展示されます。

2.「琳派芸術…酒井抱一生誕250年記念…」
会 期:2011.1.8〜2.6
第1部<煌めく金の世界>  
      1月8日(土)〜2月6日(日)
第2部<転生する美の世界>
 2月11日(金・祝)〜3月21日(月・祝)

会 場:丸の内 出光美術館
入場料:1000円
休 館:月曜日(祝日の場合は開館)
*2月7日(月)〜10日(木)は
           展示替のため休館

問合せ:ハローダイヤル
http://www.idemitsu.co.jp/museum/

 琳派の始祖・本阿弥光悦や俵屋宗達によって生み出された斬新な造形美は、その後京都の尾形光琳、江戸の酒井抱一らに引き継がれました。第1部では、宗達が手懸けた金銀の装飾による和歌巻、扇面画、さらに大画面の草花金地屏風などを中心に華麗な装飾美と独自のデザイン感覚の光琳の絵画や水墨画なども展示し、第2部では、ことし生誕250年を迎えた酒井抱一の作品を中心に、江戸琳派の作品が展示されます。

3.「墨宝…常磐山文庫名品展…」
会 期:2011.1.8〜2.13
会 場:南青山 根津美術館
入場料:1200円
休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
問合せ:03-3400-2536
http://www.nezu-muse.or.jp/

 禅僧の墨蹟や水墨画などの優品を数多く所蔵する常盤山文庫の至宝、国宝2件、重要文化財13件を含む約50件が展示公開されます。

以 上

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