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平成22年12月23日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(55)
   
旧東方文化学院(現:拓殖大学国際教育会館)
  …内田祥三が設計した和風コンクリート建築…
井出昭一

            所在地:東京都文京区大塚1−7−1
            竣 工:1933年(昭和8年)
            設 計:内田祥三(うちだ よしかず)
            施 工:大林組
            構 造:鉄筋鉄骨コンクリート造
                  地下1階、地上3階、一部4階建て
1.プロローグ
 “たてもの好き”の知人から拓殖大学国際教育会館(旧:東方文化学院)見学のお誘いを受けました。一度は訪ねてみたいと思っていた建物だけに早速その仲間に入れていただき、11月末の穏やかな日に、念願が叶ってゆっくり拝見することができました。
 所在地は、文京区大塚一丁目。東京メトロ丸の内線「茗荷谷」駅で下車して徒歩3分のところです。茗荷谷駅界隈は、拓殖大学のほか、お茶の水女子大、跡見学園女子大、その付属小中高校などが集中している都内でも有数の文教地区で、拓殖大学国際教育会館はその中心に位置しています。
 ここを訪ねるには茗荷谷駅から、拓殖大学文京キャンパスを目指して、西門を左に折れて進み、突き当たった左前方の重厚な塀に囲まれた建物が目指す旧東方文化学院です。
2.中国研究の専門施設として建設
 この建物を設計したのは内田祥三(よしかず)です。内田祥三は東京大学の本郷キャンパスの安田講堂をはじめ駒場のキャンパスでも数多くの建物を設計し、一連の建物は“内田ゴシック”として知られています。
 「東方文化学院」は、日本が中国に勢力を伸ばす契機となった明治33年(1900年)の義和団事件の賠償金をもとに、反日感情を緩和する目的で日本と中国の文化交流推進のために、中国研究の専門施設として造られました。昭和6年(1931年)に着工し、完成したのは昭和8年(1934年)のことです。
 (注)東京大学の建物については、『古今建物集』 No.10「東京大学本郷キャンパスの建物群…内田ゴシック建築の展示場…」(2007.6.20)で、安田講堂については、 No.16「大学の講堂建築(1) 国立大学編…安田講堂と兼松講堂…」(2007.11.5)で紹介しています。
 戦後、この建物には東京大学東洋文化研究所と外務省研修所が同居していましたが、昭和42年(1967年)東洋文化研究所が本郷に移転し、平成7年(1955年)には外務省研修所が相模原市に移転しました。空家になったこの建物を取り壊して敷地を更地として一般競争入札で売却される予定でしたが、建物の歴史的文化的価値が高いことから地元の有志、専門家などによる積極的な保存運動が展開され、その結果、保存を条件に拓殖大学に売却されました。拓殖大学はこの建物の空調設備などを改修して、留学生の日本語研修施設として平成15年(2003年)4月から使っています。
3.重厚な和風建築
 旧東方文化学院を初めて訪ねてまず驚いたのは、その重厚な門構えと長い塀です。6本の太い円柱に支えられた表門は、武家屋敷の長屋門の”近代版”ともいえる堂々たる構えです。表門の壁と門扉の透かしは内田祥三が好んだデザインで、玄関の照明器具にも使われています。同じようなデザインが東大の農学部の正門や駒場の東大教養学部の正門、駒場博物館の正面の壁面などにも見受けられますが、よく見ると中央部を初めいくつかの相違点があることに気付きます。

 表門を通って前庭に入ると、奈良の唐招提寺を模したといわれる鴟尾や鬼瓦を持つ和風の美しい瓦屋根の建物が目に入ります。この鬼瓦のデザインは雨樋の部分にも使われていて、鉄筋コンクリート造りでありながら、和風建築の特色が表わされています。

 内田祥三は、和風鉄筋コンコリート造り東方文化学院が完成した後も、同様な建物を本郷キャンパスでも建てています。それは、弓道場(昭和10年)と柔剣道場(通称:七徳堂、昭和13年)で、これらは”現役”の建物で本郷に行けば、いつでもお目にかかれます。
 建物の中央に高い塔の部分を有し、左右対称で正面の7連のアーチはいずれも内田祥三のトレードマークともいえるもので、東大のいくつもの建物に類似のものが見られます。玄関を入ると、エントランスホール床は、白とグレーの市松模様の大理石で周囲は黒の大理石張りです。正面に大きな階段があり、手摺りも重厚な大理石ですが、親柱の上部の反りは和風建築を思い起こさせます。
スライドショー “旧東方文化学院”
 2階で最も広い教室は、創建当時、食堂兼会議室として使われた部屋で、格天井、空調の吹き出し口などいかにも和風の造りで往時の名残を最も留めているといわれています。中庭を巡る中廊下の寄木張り床は綺麗に磨かれ、一般の学校に見られる張り紙や配付物などが置かれることなく整然としていて行き届いた整備の良さを感じました。
 2階の廊下の窓から見上げると、澄み切った青空の中に鴟尾が映えて、まるで唐招提寺に来ているのかと錯覚するほどでした。
4.周辺の重文指定の建物
 旧東方文化学院の建物は、重要文化財とか登録文化財にはなっていませんが、茗荷谷の駅近くには重要文化財の建物が2件あります。1件は茗荷谷駅の前の春日通りを横断し、湯立坂を少し下った右側にある銅御殿(あかがねごてん、旧磯野邸)です。銅御殿は公開日時が限られていて、簡単に見学することはできませんが、閉ざされている表門を見るだけでも度肝を抜かれます。隣地では、銅御殿に多大な影響を及ぼすと懸念されている高層マンションの工事が着々と進められています。工事現場の横を下り千川通りを横切ってゆくと、赤い建物が目に入ってきます。これがもう1件の重文建物の東大総合研究博物館分館(旧東京医学校本館)で、こちらは無料で気楽に見学できます。この場所は広大な小石川植物園の西北の隅に当たり、出口専用の門はありますが、植物園に入るには塀沿いに600メートル以上も歩いた先の入口から入園しなければなりません。しかし、いったん植物園の中に入ると、春夏秋冬を通じて都心とは思えない静かな雰囲気の中でくつろぐことができます。
(注)銅御殿の建物については、『古今建物集』2010.5.17 No.48「銅御殿…重要文化財 旧磯野邸…」で紹介しています。
展覧会トピックス 2010.12.23
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「永青文庫の茶入
    …2010年度調査をふまえて…」


 会 期:
2010.10212.26
 会 場:目白台 永青文庫 
 観覧料:一般 600
 電 話:03-3941-0850
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.eiseibunko.com/

 永青文庫が所蔵する細川家伝来の茶道具から、
2010年度総合調査をふまえ、千利休所持で名高い茶入「唐物尻膨 銘 利休尻ふくら」はじめ、初公開12点を含む34点の茶入が一堂に展示されています。
2.「茶陶の道…やきものに親しむ[…天目と呉州赤絵…」

 会 期:2010.11.1312.23
 会 場:丸の内 出光美術館 
 観覧料:一般 1000
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.idemitsu.co.jp/museum/

 天目や呉州赤絵を中心に福建陶磁とその周辺の陶磁を当館コレクションによって紹介しています。
 なお、125日までは、国宝「油滴天目茶碗」(大阪市立東洋陶磁美術館蔵)が特別出品されていました。また、静嘉堂文庫美術館では、国宝の「曜変天目茶碗」、重文の「油滴天目茶碗」が同時に拝見できました。
3.「室町三井家の名品
      …卯花墻と箱根松の茶屋…」

 会 期:2010.12.32011.1.29
 会 場:日本橋室町 三井記念美術館 
 観覧料:一般 1000円(70歳以上 800円)
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.mitsui-museum.jp/

 三井十一家のひとつ室町三井家が所蔵していた国宝の志野茶碗銘卯花墻など110点の名品と12代当主高大が箱根湯本に開いた名料亭「松の茶屋」で使われた懐石道具などが展示されています。
  以 上

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