平成22年10月17日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(53)
   
戸定邸(旧徳川昭武別邸)
  …松戸市に残る旧大名家の和風大住宅…
井出昭一

1.プロローグ
 前回の大名家の邸宅「旧堀田邸」に引き続き、今回も松戸市に残る旧大名家の和風建築を紹介します。それは徳川幕府最後の将軍徳川慶喜の実弟にあたる徳川昭武が明治17年に建てた戸定邸(とじょうてい)です。戸定というのは、建物が建っている松戸市の土地の小字名(こあざめい)です。

2.徳川昭武が建てた別邸
 JR常磐線松戸駅で下車し、上野方面に歩いて10分ほど、小高い丘の上に戸定邸は建っています。江戸川の流れを眼下に、遠くには富士山も望める見晴らしの良い台地です。決して目立つ存在ではありませんが、御三家の水戸徳川家を継いだ徳川昭武が建てた別邸だけに風格ある和風建築で、木造平屋一部二階建て、延床面積725u(約220坪)の“大規模個人住宅”です。
 戸定邸とその敷地は1951年(昭和26年)に昭武の子である武定から松戸市に寄贈されました。現在では緑の自然が残る丘の一帯の2.3ヘクタールは、松戸市が“戸定が丘歴史公園”として整備し、日本の公園百選にも選ばれて一般に公開されています。
 “戸定みその坂”という標識を右に進み、石の階段を上ったところの茅葺きの門が入口です。大名屋敷といえば、まず豪壮な瓦葺きの長屋門を思い浮かべますが、ここは別邸のためか簡素な門です。
 戸定邸の主・徳川昭武は水戸藩最後(11代)の藩主でしたが、明治4年7月の廃藩置県により19歳で水戸藩知事となって、単に水戸徳川家の当主となりました。35歳で隠居し、1884年(明治17年)松戸の戸定の地に別邸を建ててここを生活の場としました。松戸は江戸時代に江戸と水戸を結ぶ水戸街道の宿場町として栄えたところです。松戸駅から戸定邸に行く途中の松戸神社には水戸藩二代目藩主である徳川光圀ゆかりの銀杏もあって、水戸藩と関係深い土地柄だったようです。
 明治30年代には昭武の16歳年上の異母兄の慶喜もこの地を好まれて何度も訪れ、昭武と共に趣味の釣り、狩猟、写真撮影、陶芸などを楽しんだといわれています。

3.8棟、20室以上の大邸宅
 戸定邸は表座敷棟、中座敷棟、奥座敷棟、離座敷棟の4座敷棟のほか、玄関棟、台所棟、湯殿棟、内蔵棟の合計8棟で構成されています。部屋数も20を超えて、廊下が迷路のように走り、渡り廊下で繋がっている棟もあります。それらは、来客のための「表向き」のスペースと、主人と家族のための「奥向き」のスペース、さらに使用人のスペースが明確に区分されていることも特徴のひとつです。女中も奥女中と台所女中に分けられていて、台所女中は座敷棟には立ち入ることが許されず、主人たちの食事は台所棟と座敷棟の仕切りの扉のところで奥女中にお膳を渡したとされています。

 玄関棟には、表玄関と内玄関があり、来客が出入りする表玄関の右には使用人の執事室や会計室が、内玄関の左側には来客の従者が待機する部屋が設えられています。
 4棟の座敷棟のうち「表向き」のスペースの頂点に位置するのは表座敷棟で、その中で最も格式の高いのは客間です。広さは10畳半、北側に床の間と違い棚を備え、南と西に鍵の字形の1間幅の入側(いりがわ)を持つ開放的で明るい部屋で、皇太子時代の大正天皇の行幸の際に使われたとされています。私は入側の柱にもたれつつ芝生を取り込んだ庭園を眺め、真夏の昼下がりに“にわか貴人”として優雅なひとときを体験することができました。
 客間の北側には主人昭武が愛用した書斎があり、部屋の中から富士山を眺望できるため、ここは「関東の富士見百景」のひとつに選ばれています。奥座敷の北側の渡り廊下を通って行くと昭武の生母の居室「秋庭の間」となりますが、風が南北に通り抜けて心地よい気分でした。また浴室は奥座敷の東側にあって湯殿棟までは渡り廊下で繋がっていました。
 質実剛健が水戸徳川家の家風といわれる通り、戸定邸は華美な装飾は控えられて簡素に見えますが、杉の柾目がふんだんに使われていて、旧大名の住まいにふさわしい重厚さと気品を漂わせています。江戸時代における大名屋敷の別邸(下屋敷)が明治時代になって華族の屋敷へと変遷する姿を今に留めている和風建築として貴重な存在で、2006年(平成18年)7月に国の重要文化財に指定されました。
スライドショー“戸定邸の内部”

4.歴史館では徳川家ゆかりの品を展示
 この戸定邸のほか戸定が丘歴史公園内には松戸市戸定歴史館も併設されています。1867年パリで開かれた万国博覧会に14歳の徳川昭武が将軍の名代として派遣されましたが、その際ヨーロッパから持ち帰った物や、慶喜・昭武兄弟が撮影した戸定邸や松戸市内の写真、さらには徳川家にゆかりのある品を順次展示されています。
 千葉県指定の名勝となっている庭園、梅園なども四季折々の花が迎えてくれます。公園内には、茶会や句会ができる松雲亭も建てられていて、和風庭園も整備されています。ウィークエンドは結構混み合っているようですが、私が訪ねた8月18日は、猛暑の平日でしたので邸内では、私と同行の友人の唯二人だけでした。園内の秋の紅葉は格別のようですから、その時期にも再度訪ねてみたいものです。


5.エピソード…昭武と渋沢栄一…
 徳川幕府は1867年のパリ万国博覧会に将軍の名代として14歳の少年・徳川昭武を派遣しました。将軍慶喜は昭武に対して万博終了後も長期滞在を命じ、自分の後継指導者として最新の知識を身につけてくることを期待していたようです。しかし、ほどなく幕府が崩壊したため、昭武は急遽1868年に帰国することになりました。
 昭武と渡欧した一行の中に、近代日本の資本主義の生みの親である渋沢栄一が加わっていました。帰国直後、水戸藩主となった昭武は、フランス滞在中に見せた渋沢栄一の並はずれた財政手腕、処理能力を見込んで、水戸藩で持てる力を発揮するよう懇望されましたが、これに対して栄一は当時の混乱した状況を熟慮の末、水戸藩行きを丁重に辞退しています。
 もし、栄一が昭武の要請を受け入れて“水戸藩勤務”となっていたら、日本の近代経済社会はどのような道を歩んだのでしょうか。私には全く判りません。
展覧会トピックス 2010.10.17
 “陶磁ブームの到来”? 現在、都内の12の美術館で茶器を含めた陶磁の展覧会が開かれています。これほど多数の陶磁展が同時期に集中して開かれるのは前代未聞のことです。陶磁ファンにとっては、嬉しくも忙しい秋です。美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。最終期日の早い順に配列しています。
1.「茶道具の精華
     …開館50周年記念展W…」


会 期:2010.8.28〜10.24

会 場:上野毛 五島美術館
観覧料:一般 700円
電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.gotoh-museum.or.jp/


2.「現代の茶…造形の自由…」
      (第3回智美術館大賞展)


会 期:2010.7.31〜11.7
会 場:虎ノ門 菊池寛実記念 智美術館
観覧料:一般 1000円
電 話:03-5733-5131
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)


http://www.musee-tomo.or.jp/

3.「南宋の青磁…宙をうつすうつわ…」
        …財団創立70周年記念特別展…


会 期:2010.10.9〜11.14
会 場:南青山 根津美術館
観覧料:一般 1200円
電 話:03-3400-2536
休館日:月曜日(10/11は開館)

http://www.nezu-muse.or.jp/

4.「現代工芸への視点…茶事をめぐって…」

会 期:2010.9.15〜11.23

会 場:北の丸公園東京国立近代美術館工芸館
観覧料:一般 500円
電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.momat.go.jp/CG/tea2010/index.html
5.「河井寛次郎
      …生誕120年記念展…」

会 期:2010.9.14〜11.23
会 場:駒場 日本民藝館
観覧料:一般 1000円
電 話:03-3467-4527
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.mingeikan.or.jp/home.html
6.「中国陶磁名品展
   …静嘉堂の東洋陶磁 Part1…」


会 期:2010.9.25〜12.5

会 場:世田谷区岡本 静嘉堂文庫美術館
観覧料:一般 800円
電 話:03-3700-0007
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.seikado.or.jp/
7.「開窯300年 マイセン
        …西洋磁器の誕生…」


会 期:2010.10.2〜12.19
会 場:虎ノ門 大倉集古館
観覧料:一般 800円(65歳以上 500円)
電 話:03-3583-0781
休館日:月曜日(祝日は開館)

http://www.shukokan.org/
8.「織部が愛した茶碗
         …高麗 割高台…」

   (開館10周年記念展)
会 期:2010.10.9〜12.19
会 場:白金台 畠山記念館
観覧料:一般 500円
電 話:03-3447-5787
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/
9.「島岡建三展
   …濱田庄司とその系列 その二…」


会 期:2010.9.4〜12.19
会 場:千住橋戸町 石洞(せきどう)美術館
観覧料:一般 500円(65歳以上無料)
電 話:03-3888-7520
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://sekido-museum.jp/
10.「陶俑の美展…中国古代の造形…」

会 期:2010.10.6〜12.23
会 場:白金台 松岡美術館
観覧料:一般 800円(65歳以上 700円)
電 話:03-5449-0251
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.f00-006.169.152.210.fs-user.net/
11.「古伊万里展…肥前磁器の系譜…」

会 期:2010.10.3〜12.23
会 場:松濤 戸栗美術館
観覧料:一般 1000円
電 話:03-3465-0070
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.toguri-museum.or.jp/
12.「永青文庫の茶入
   …2010年度調査をふまえて…」

会 期:2010.10.2〜12.26
会 場:目白台 永青文庫
観覧料:一般 600円
電 話:03-3941-0850
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.eiseibunko.com/

 以 上

感想、ご意見などありましたらここをクリックしてください。⇒筆者へメール
『古今建物集』目次へ戻る