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平成22年9月16日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(52)
   
旧堀田正倫邸
  …佐倉市に残る旧大名家邸宅と周辺の建物…
井出昭一
1.プロローグ
 前々回と前回は旧宮家(竹田宮邸と李王家邸)の華やかな洋風邸宅を紹介しましたが、今回は一転して和風の大名家邸宅を紹介します。
 取り上げるのは、千葉県佐倉市に残る旧佐倉藩主堀田正倫(まさとも)の邸宅と市内の由緒ある建物です。
 東京から旧堀田邸を訪ねるには、京成本線を使って上野あるいは日暮里から京成成田駅経由で行くことができますが、JRの総武本線・成田線を利用する場合は佐倉駅で下車し、北口から彫刻通りを北に進み、突き当たった国道296号バイパスを右に折れます。その辺では大きな印旛合同庁舎を左に曲がり坂道を道なりにしばらく登り、右側の堀田邸の案内標識に従って進んで行くと堀田邸に着きます。老人ホームの『佐倉ゆうゆうの里』の方が目立ち、堀田邸は奥まったところにありますので、初めて訪ねるには判りにくいかもしれません。駅からは徒歩20分程度ですが程よい散歩コースです。

2.細かい工夫が凝縮された旧大名家の邸宅
 堀田邸は佐倉藩11万石、最後の藩主・堀田正倫の邸宅として明治23年(1890)に完成し、その後明治44年(1911)には堀田家農事試験場を視察に訪れた東宮殿下(後の大正天皇)のご休息のために湯殿が増築されました。
 現在、残されている建物は、広い主屋、門番所、土蔵などで、明治期に建てられた旧大名家の邸宅として現存するものは数少ないだけに貴重な存在で、平成9年3月には国の重要文化財に指定されています。
 主屋は、玄関棟、居間棟、書斎棟、座敷棟、湯殿の5棟で構成され、木造平屋建てですが一部が2階建てとなっています。堀田邸は、壁土や釘隠しのデザインを各棟や部屋によって使い分けるなど細かい工夫が凝らされています。座敷棟は邸内で最も広い空間で庭に張りだすように配置されています。天井が印度更紗を張られて最も趣向性のあるという書斎棟と2階部分は非公開となっています。
 堀田家には膨大な古文書が残されていて邸内の一室で順次展示されていますが、8月は堀田家に仕えた家臣の家筋や代々の由緒を記録した「保受録(ほじゅろく)」が展示されていました。
 主屋の前面に広がる庭園は芝生を中心にして松や百日紅の樹木が植えられ、8月中旬に訪ねた時は、老木の百日紅が満開で見頃でしたが、庭には人影もなくひとり静かに夏の日を浴びながら往時を偲ぶことができました。なお、庭園は「さくら庭園」と呼ばれて一般に開放され、「旧堀田正倫別邸庭園」として千葉県指定文化財名勝に指定されています。
スライドショー 旧堀田正倫邸

3.「農業と教育」を重視した堀田正倫
 この大邸宅を建てた堀田正倫(1851〜1911)は、伯爵としての住まいは東京でしたが、国力の源泉は「農業と教育」との固い信念に基づき、佐倉の地に永住を決意し邸宅を構えた後、明治30年には邸内に当時の千葉県を代表する研究機関として堀田家農事試験場を作りました。
 教育面でも多方面で尽力されて奨学会を作ったり、佐倉中学(現:佐倉高校)の敷地(約28000u、8700坪)の購入費と校舎の建設費全額を寄贈しています。明治43年に完成した本館校舎は、木造2階建て石製スレート葺き222坪で、同時に完成した講堂は木造平屋建ての石製スレート葺き70坪。明治43年11月「成徳館」と名づけられたこの講堂で落成式が挙行され、参列した堀田正倫は「ここにこの完備せる校舎の落成を告げ、本校に学ぶ所の子弟をして多大の幸福を享けるに至らしめしは正倫の欣喜に堪へざる所なり」と祝辞を述べています。
 本館は塔屋を備えた端正な洋風校舎で、窓は上下開閉式で当時としてはモダンな建物としてひときわ目を惹く存在だったようです。一方、講堂は重厚な作りで佐倉中学のシンボルとして親しまれてきましたが、老朽化のため昭和48年(1973)7月に惜しくも解体されました。一方、本館は修復されて往時の姿を甦らせて、現在では登録文化財の佐倉高校記念館として健在です。正門を入ったところには堀田正倫の胸像が建てられ今でも本館を見守っているかのようです。なお長嶋茂雄元読売巨人軍監督はこの佐倉高校出身で、写真などが佐倉高校の地域交流施設の1階に展示されています。

4.佐倉は歴史・芸術・文化の街
 佐倉は千葉県の県庁所在地ではありませんが、幕末には蘭学が盛んで「西の長崎、東の佐倉」と並び称され房総における文化の中心地でした。東京から決して近いとは言えませんが、首都圏の都市では注目すべき文化施設がいくつも存在する芸術・文化の街です。
 その中で最大なものは佐倉城の城址公園にある国立歴史民族博物館で、「歴博(れきはく)」の愛称で親しまれています。明治に入ってから陸軍の連隊が置かれ、その跡地である13万uの敷地に3.5万uの壮大な建物を有する国立の最大の歴史博物館が昭和58年(1983)に開館しました。
 公立では佐倉市立美術館がユニークな美術館です。そのエントランスホール は、旧川崎銀行佐倉支店として大正7年に建築され、現在は千葉県の有形文化財に指定されている建物です。美術館の本体の建物は、坂倉建築研究所が設計した5階建ての近代的な建物です。
 市立美術館のすぐ近くには、刀剣コレクションの塚本美術館があり、市のはずれに位置する現代美術を中心の川村記念美術館も一度は訪ねてみたい私立の美術館です。このほか史跡としては佐倉武家屋敷(河原家、但馬家、竹居家3棟)、蘭医学の塾の佐倉順天堂記念館などもありますから、佐倉という街は歴史・芸術・文化に溢れる街だともいえます。
(注)川村記念美術館については、ダイヤネットのメルマガ『わたしの美術館散策(46)』で紹介しています。

5.佐倉は彫刻の街
 文武芸術を奨励した佐倉藩の伝統が脈々として江戸時代から現在まで受け継がれているためか、佐倉の地で生まれたり育ったり、佐倉藩士ゆかりの芸術家が多いので驚いています。
 近代洋画の先駆者である浅井忠は佐倉藩士の子として生まれ、その銅像(1979年 大須賀力制作)は市立美術館の脇に設置されています。
 佐倉は近代金工の二人の巨匠を輩出しています。一人は佐倉集成学校(現:佐倉高校)出身で、鋳金工芸作家として文化勲章を受章しアララギ派の歌人としても知られている香取秀真(ほつま)、もう一人は堀田藩で代々漢方医を務めた家に生まれて、近代日本の金工を香取とともにリードした津田信夫(しのぶ)です。また、渋沢栄一に関係する誠之堂、晩香盧(いずれも重文)の室内装飾を一手に手掛けた家具・インテリアデザイナーの森谷延雄も佐倉高校の出身です。さらに、衣裳人形の制作で人間国宝の堀柳女も佐倉藩士の子として生まれています。
 佐倉市立美術館では、地元に縁ある香取秀真、森谷延雄、津田信夫に焦点を当てた展覧会を次々に開催してきています。
 また佐倉は街中で多くの彫刻に出会えるところです。例えば、JR佐倉駅の南口前広場には佐藤忠良「夏の像」、淀井敏夫「風と鳥の少年たち」、手塚登久夫「梟」の3点の彫刻。駅構内には朝倉響子「翔」さらに北口には朝倉響子「マリとキャシー」。そして「彫刻通り」北口から国道296号バイパスまでの広い通りの両サイドには本郷新「蒼穹」、久保浩「風の姿」など10点のブロンズ像が並んでいます。
 したがってJR佐倉駅から旧堀田邸に徒歩で行くには、近代彫刻の屋外展示場を経由して行くことになるわけです。

展覧会トピックス 2010.9.16
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「田中一村展 新たなる全貌」
       …開館15周年記念特別展…

 会 期:2010.8.21〜9.26
 会 場:千葉市立美術館
 観覧料:一般 1000円
 電 話:043-221-2311
 休館日:第1月曜日
 休館日:第1月曜日
 http://www.ccma-net.jp/exhibition_01.html
 田中一村の過去最大規模回顧展です。一村は、栃木に生まれ、千葉市に20年住み、奄美大島へ渡って亜熱帯の植物や鳥などを題材にした日本画を描き、無名のまま没した画家です。没後の1980年代、テレビの美術番組での紹介が空前の反響を呼び全国に知られるようになりました。近年の調査で新たに発見された資料を多数含む約250点が展示中です。
2.「三菱が夢見た美術館」…岩崎家と三菱ゆかりのコレクション…
   開館記念特別展U
 会 期:2010.8.24〜11.3
 会 場:丸の内 三菱一号館美術館
 観覧料:一般 1300円
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(9/21,10/11,11/1は開館)、
     9/21、10/12

 http://mimt.jp/
 美術館開館の第二弾。コンドルが三菱や岩崎家のために描いた建築図面、岩崎家が設立した静嘉堂文庫および東洋文庫が所蔵する国宝、重文を含む古美術や古典籍、そして三菱系企業が所蔵する西洋絵画の名作、日本の明治期の巨匠・山本芳翠、黒田清輝らの作品が展示されています。
3.「上村松園展」…珠玉の決定版…
 会 期:2010.9.7〜10.17
 会 場:北の丸公園 東京国立近代美術館
 観覧料:一般 1300円
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://shoen.exhn.jp/
 上村松園は気品あふれる人物画を数多く手掛けました。この展覧会では、松園の画業を大きく3期に分け、代表作約100点によって凛とした気品あふれる名作で全貌を辿ることができます。
4.「河井寛次郎」…生誕120年記念展…
 会 期:2010.9.14〜11.23
 会 場:駒場 日本民藝館
 観覧料:一般 1000円
 電 話:03-3467-4527
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.mingeikan.or.jp/home.html
  民藝運動の指導者の一人で、釉薬の名手として日本を代表する陶芸家・河井寛次郎の生誕120年記念の特別展。京都市五条坂で作陶活動を展開し、その卓抜した芸術性は国の内外で高い評価を受けております。柳宗悦と親交を結んで以降の実用性を意識した重厚で色鮮やかな館蔵作品約150点を展示します。
  以 上

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