平成22年8月15日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(51)
   
旧宮家の邸宅(その2)
  …李王家邸(現:グランドプリンスホテル赤坂・旧館)…
井出昭一

1.プロローグ

 前回の竹田宮邸に引き続き、今回は旧宮家の邸宅(その2)として李王家邸を紹介します。
 地下鉄の赤坂見附駅や永田町駅を出て弁慶橋の先にそびえ立つのは40階建てのグランドプリンスホテル赤坂の新館で、旧李王家邸の建物はグランドプリンスホテル赤坂の旧館として、この高層ホテルの陰にひっそりと佇んでいます。

2.大名屋敷跡に建てられた李王家の邸宅

 グランドプリンスホテル赤坂の所在地は東京都千代田区紀尾井町ですが、この紀尾井町という地名は江戸時代に紀伊・尾張・井伊(彦根)の三藩の大名屋敷が置かれていたことから、その頭文字をとった地名となりました。現在、紀伊徳川家の屋敷跡はホテルグランドプリンスホテル赤坂、尾張徳川家の跡は上智大学と料亭“福田家”、 井伊家の跡はホテルニューオータニとなっています。
                  <下図はクリックすると拡大画面になります。>


 この付近は地下鉄が錯綜していますので、いろいろなルートで訪ねることができます。銀座線、丸ノ内線の赤坂見附駅で下車した場合は出口Dを出て弁慶橋を渡ったところを右折して「紀伊和歌山藩徳川家屋敷跡」の石柱横を通ってグランドプリンスホテル赤坂の正面玄関を経由し、ホテル内の表示通りに旧館を目指して行けば辿り着けます。また、南北線、有楽町線、半蔵門線の永田町駅で下車した場合には、9aの出口を平河町方面に坂道を登って行き最初の角を左に曲がるとグランドプリンスポテル赤坂の別館となり、その右側の建物が旧館すなわち旧李王家邸の建物です。


3.建物は宮内省内匠寮が設計

 旧李王家邸は、李氏朝鮮最後の王世子(皇太子)である李垠(い・うん)殿下の東京における邸宅です。今からちょうど100年前の1910年(明治43年)、日韓併合により李氏朝鮮・李王家は日本の皇室に組み込まれました。1920年(大正9年)に、李垠殿下は当時の皇太子殿下・裕仁親王(後の昭和天皇)の后候補でもあった梨本宮守正王の長女の方子女王と結婚されました。
 1930年(昭和5年)に完成した当時は、地上2階地下1階建てで建坪500坪にのぼり中庭を囲むロの字形の大邸宅でした。現在は西側と北側の一部が撤去されていますが、主要部分は当時の状況を留めているといわれています。



 李王家は皇族に準じていたため、その建物は宮内省内匠寮が設計しました。実際に担当したのは北村耕造と権藤要吉です。北村耕造は明治33年に東大建築学科を卒業しましたが、その同期には佐野利器、佐藤功一、田辺淳吉など多士済々建築家が集まっています。また、権藤要吉は旧浅香宮邸(現東京都庭園美術館)の設計者として知られています。施工したのは清水組(現在の清水建設)で、請負額は3万7千円。当時の大卒の公務員初任給(約75円)の約500倍、41年分にものぼる金額に相当しました。

4.随所に見られるねじり柱

 李王家邸の外観は16世紀イギリスで流行したチューダー様式を基調としています。装飾は全体的にシンプルですが、白い壁に対し柱と梁は茶褐色で重厚な印象で、正面の尖った屋根が目立ちます。 
 南側の1階の外観はアーチが三つ連続したテラスが特徴的で、左側の円筒状に突出したアルコープの柱はねじり柱で、2階はハーフティンバー式の木骨造りです。



 正面の車寄せから中に入ると深紅の絨毯が敷かれた玄関ホールは落ち着いた雰囲気が漂い、ここにも太いねじり柱が並んだスクリーンが目に止まります。1階の東南の角の部屋はアルコープ(小室)が附属し、イオニア式柱頭、天井には連続模様が張り巡らされ素敵な空間となっています。かつての大食堂と客室は2室合わせて現在チャペルとして使われていますが、こちらも壁面が木張りのため重厚な感じを受けます。マントルピースの周辺にもねじり柱が取り込まれています。
 中央階段の親柱は4本の円柱を束ね表面には菱格子と草花文様を組み合わせた細密な彫刻が施され、ここでも、ねじりのデザインが手摺に見られます。階段室の壁面の大きな2連のステンドは、近代的でシンプルなデザインで、淡い光を室内に取り込んでいます。
 階段を上ったところの談話室には暖炉が置かれていますが、天井は和風の網代天井となっています。



 現在、2階はフレンチレストラン「トリアノン」として改装されていますが、レストランの個室「鏡の間」として使われている部屋は李垠殿下と方子妃の寝室で、壁面の鏡は方子妃の背丈に合わせて設えたといわれ、内装、調度品などは当初の状態が残されています。
 このように、建物の細部には様々な装飾が見られ、美しいデザインに囲まれた建物だといえます。

5.新館は取り壊し、旧館(李王家邸)は保存?
 この旧館・旧李王家邸と対照的な建物が超高層の新館で、“世界の建築家”丹下健三が設計したものです。外観からも想像できるとおり雁行形式で761室すべての客室がコーナールームとなっていて、1983年(昭和58年)に開業した際には斬新さで話題を呼んだものです。ところが今年の4月、グランドプリンスホテル赤坂は、来年(2011年)3月で閉館してこの新館を取り壊すとの計画を発表しました。“施設の老朽化と外資系ホテルの進出による競争激化”が、取り壊しの理由とされていますが、あまりにも突然でしたので驚いた次第です。幸いなことに、旧館(李王家邸)は保存されるとのことで胸をなで下しているところです。
展覧会トピックス 2010.8.15
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「けんちくのしくみ…民家、高層ビル、タワー…」
           …建築家、大工、左官職人…
 会 期:2010.6.19〜9.5
 会 場:小金井公園内 江戸東京たてもの園 展示室
 観覧料:一般 400円(65歳以上 200円)
 電 話:042−388-3300
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://tatemonoen.jp/special/index.html
 この展覧会では、子供を対象としてアーチ、ドーム、タワー、高層ビルなどの建築のしくみを優しく紹介しています。また建築家や大工、左官職人などの建物をつくる人にもスポットを当てて、実際に建物の造られ方を解説していますが、子供ばかりではなく、大人も建築の楽しさを感じることができる展覧会です。
 江戸東京たてもの園は、武蔵野の面影を残す小金井公園内にある“たてものの博物館”で、約7ヘクタールの広い敷地内に江戸時代から昭和初期にいたるまで27棟の建物が移築復元されています。ボランティアの解説を聞きながら見学すると半日以上かかりますが、こちらも是非お勧めしたいコースです。


2.「誕生!中国文明…王朝、技、美…河南で誕生…」

 会 期:2010.7.6〜9.5
 会 場:上野公園 東京国立博物館 平成館
 観覧料:一般 1500円
 電 話:ハローダイヤル
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.tnm.go.jp/
 河南省は紀元前2000年ごろから北宋が滅亡した12世紀ごろまで、中国の政治、経済、文化の中心地として栄え、王朝、工芸技術、文字(漢字)など、中国文明を特徴づけるさまざまな要素がこの地で生まれ発展しました。
 この展覧会は、第1部「王朝の誕生」、第2部「技の誕生」、第3部「美の誕生」と三つのテーマで構成され、青銅器、金銀器、漆器、陶磁器、壁画、彫刻、文字資料など約150件の名品が展示されます。


3.「津田信夫展」

 会 期:2010.8.7〜9.23
 会 場:千葉県 佐倉市立美術館
 観覧料:一般 800円
 電 話:ハローダイヤル
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.city.sakura.lg.jp/museum/exhibition/tsuda_exh.htm
 佐倉市は日本における近代金工の先駆者である香取秀真(ほつま)と津田信夫(しのぶ)の二人を輩出したところです。今回はそのひとり津田信夫の初めての回顧展で、津田の作品のうち所在の明らかなものを可能な限り展示紹介しているといわれています。動物をモチーフにした作品も多く楽しい展覧会です。(「香取秀真展」は2003年1〜2月に当館で開催済みです。)
 なお、佐倉市立美術館のエントランスホールは、旧川崎銀行佐倉支店として大正7年に建築された建物で現在は千葉県指定の有形文化財です。

  以 上

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