.
平成22年6月17日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(49)

旧赤坂仮皇居御会食所 …(現)明治記念館本館
井出昭一
1.プロローグ
 今回訪ねる「旧赤坂仮皇居御会食所」とは、結婚式場として知られている明治記念館の本館です。明治記念館を訪ねるには、JRの中央線・総武線の信濃町で下車し、外苑東通りを左に進むと3分ほどで正門に着きます。

2.2度の移築・3度の名称変更
 「仮皇居御会食所」(赤坂)→「恩賜館」(品川区大井)→「憲法記念館」(現在地)→「明治記念館」(現在地)
 まず、この建物の歴史の経緯をたどってみますと、明治14年、赤坂の仮皇居に増築された「御会食所」が発端です。
 明治6年5月、それまで明治天皇が皇居とされていた旧江戸城西ノ丸御殿が火災で焼失したため、旧紀伊徳川家の江戸中屋敷の場所にあった赤坂離宮が仮の皇居となりました。建てられた場所は、現在の迎賓館赤坂離宮の和風別館の南側です。この仮皇居は手狭だったため廊下でつながった「御会食所」が明治14年10月に増築され、内外の賓客を接遇する部屋として使われました。
 新皇居が完成して明治21年1月に移った後、「御会食所」は解体され保存されていましたが、憲法制定の立役者であった伊藤博文への下賜が決まり、明治41年、伊藤家別邸の東京府下荏原郡大井村(現:品川区大井)の地に移築され、名称も「恩賜館」と名づけられました。伊藤博文はここを会場として、貴族院、衆議院議員など朝野の名士千余名を招いて盛大な憲法発布20年紀念祝賀会を開いたといわれています。
 それから約10年の後、明治神宮外苑の造成に際して、「恩賜館」は伊藤家から明治神宮に奉納され、建物は現在地に再度移築されました。移築された建物は「憲法記念館」と名称を変更し、国の記念行事の会場として使われてきましたが、戦後、昭和22年に明治神宮直営の総合結婚式場「明治記念館」となって現在に至っています。
 外苑東通りに面した正門の左の門柱は「明治記念館」、右側は「憲法記念館」と別々の銘板が表示されていて、歴史の名残を留めています。正門を入ったすぐ右手には、徳川宗家16代当主の徳川家達(いえさと)の揮毫による憲法記念館の由来を記した記念碑が立っています。

3.唐破風の美しい曲線の車寄せ
 かつて「仮皇居御会食所」であった明治記念館の本館は、日本瓦葺きの長い屋根に大きな鬼瓦をいただく入母屋造りの堂々とした木造和風建築です。
 鬼瓦の実物は庭園内にも置かれていますので、その大きさを実感し、菊の御紋の精巧な造りも身近に観察することができます。

 明治記念館の中で、赤坂仮皇居の遺構を偲ぶことができるのは車寄せと南側に面する2室です。
 車寄せは、現在の正面玄関の先にあり、唐破風の曲線を美しく描く代表的な宮殿建築です。ここは現在通用できませんが、入口には深紅の絨毯が敷かれ、黒い格子の扉、飾り金具、大きな菊の花の形のシャンデリア、菊の御紋の釘隠し、柱の礎石など“宮殿”の気品を感じさせるところです。階段を数段登ったところの正面には几帳が、両脇には大きな磁器の壺が置かれていました。明治14年に完成した当時は瓦葺きの屋根でしたが、昭和22年の台風で被害を受け銅板葺きに変えられたそうです。




4.竣工当時姿をとどめる「金鶏の間」
 正面玄関を入って螺旋階段の左側の先の「金鶏の間」と呼ばれている部屋が広さ約56坪の「御会食所」です。ここでは、陪食、祝宴が催されたほか、明治21年5月から約半年間に十数回にわたって帝国憲法草案審議のための枢密院憲法会議が開催され、明治天皇はそのすべてに出席されたといわれています。明治神宮外苑の中心に位置する聖徳記念絵画館には、明治初期に活躍した洋画家・五姓田芳柳の筆になる「枢密院憲法会議」と題する絵が掲げられています。金鶏の壁、格子天井など忠実に描かれていますので、会議の様子や当時の室内の状況を伺い知ることができます。
 壁面に金鶏が舞う姿は高貴な雰囲気を感じさせますが、この部屋で目を惹くのは部屋の中央に備えられている暖炉です。通常、暖炉はタイルや大理石などで造られますが、ここでは黒漆塗りの木製枠の暖炉です。



 会食所の隣には「コーヒーの間」と建築当初から現代風の名付けられた部屋が設けられていて、現在は、サロン・ド・エミール(約32坪)となっています。この2室のみが格天井で床は寄木張り床です。
 現在ラウンジとなっている明るい「金鶏の間」では、手入れの行き届いた庭園を眺めながら喫茶を楽しむことができます。先日訪ねた時は、結婚式やパーティーのない昼下がりだったためか、私以外の客は見当たらず、係の方から「現在、お客様おひとりの専用ですから、ごゆっくりどうぞ」などといわれ、満ち足りた気分で、金鶏に囲まれた気品ある赤坂仮皇居のたたずまいを心行くまで偲ぶことができました。
5.設計は宮内省内匠寮
 この建物を設計したのは、宮内省内匠寮(たくみりょう)の木子清敬(きこ きよよし)です。宮内省内匠寮は、明治宮殿をはじめ、離宮、東宮御所、御用邸などを数多く手掛けた当時の最大の設計集団でした。木子清敬(1844〜1907)は幕末から木造建築の伝統を受け継ぎ、京都御所に代々仕えてきた木子家のひとりで、帝国大学(現:東京大学)で日本建築の講師を務めたり、伊藤忠太とともに平安神宮の造営にも携わっています。
 皇室関連の建物は、一般の目に触れる機会は極めて少なく、明治宮殿も戦災によって焼失してしまった現在、明治記念館本館は明治の木造宮殿建築を窺いできる建物として希少な存在です。
展覧会トピックス 2010.6.17
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「オルセー美術館2010 ポスト印象派…ゴッホ、ゴーギャン、ルソー…」
 会 期:2010.5.26〜8.16
 会 場:六本木 国立新美術館
 観覧料:一般 1500円
 電 話:ハローダイヤル
 休館日:火曜日(祝日の場合は翌日)
 http://orsay.exhn.jp/
 「空前絶後の世界巡回展」「これらの絵画がまとめてフランスを離れることは2度とない」「過去最大規模のオルセー美術館展の集大成」などといわれています。モネ5点、セザンヌ8点、ゴッホ7点、ゴーギャン9点、ルソー2点をはじめとする絵画115点がずらりと並び、モネ「ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光」セザンヌ「台所のテーブル(篭のある静物)」ゴッホの「自画像」など、オルセー美術館から初来日する作品は約60点です。
2.「ボストン美術館展…西洋絵画の巨匠たち…」
 会 期:2010.4.17〜6.20
 会 場:六本木
     森アーツセンターギャラリー

    (六本木ヒルズ 森タワー)
 観覧料:一般 1500円
 電 話:ハローダイヤル
 休館日:会期中無休
 http://www.asahi.com/boston/info/
 米国のボストン美術館のヨーロッパ絵画コレクションから、16〜20世紀のヴァン・ダイク、ファン・レイン、エル・グレコ、ムリーヨから、モネ、ピサロ、シスレーなど巨匠47人の名品80点が来日する展覧会で西洋絵画史の流れを辿ることができます
3.「印象派はお好きですか? コレクション展」
 会 期:2010.4.20〜7.25
 会 場:京橋 ブリヂストン美術館
 観覧料:一般 800円
    (65歳以上 600円)

 電 話:ハローダイヤル
 休館日:月曜日(7/19は開館)7/20
 http://www.bridgestone-museum.gr.jp/
 現在、東京では、三菱一号館美術館、国立新美術館、森アーツセンターギャラリーの3館で海外の有名美術館の西洋絵画の代表的名品が勢揃いしています。このブリヂストン美術館では、館が所蔵する印象派、ポスト印象派の名品が展示されています。マネを生みの親とするモネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、ドガなどの印象派。印象派を引き継いだポスト印象派のセザンヌ、ゴーガン、ゴッホ、シニャックなど日本人好みの西洋絵画の名品とも出会うことができます。
4.「紅心 小堀宗慶展…創作と審美眼の世界…」
 会 期:2010.6.5〜7.11
 会 場:目黒 目黒区美術館
 観覧料:一般 1000円
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 江戸時代の大名茶人・小堀遠州の子孫で遠州茶道宗家の12世家元の小堀宗慶宗匠の創作と審美眼の世界をたどる展覧会です。若い頃から大和絵や琳派などの絵や定家様(ていかよう)の書、和歌を学んだ宗慶宗匠の絵や書など約90点のほか、自らの審美眼で選んだ国宝「大井戸茶碗 銘喜左衛門」や重文「青井戸茶碗 銘柴田」など名品中の名品16点が展示されています。
以 上

感想、ご意見などありましたらここをクリックしてください。⇒筆者へメール
『古今建物集』目次へ戻る