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平成22年5月17日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(48)

銅御殿重要文化財 旧磯野邸
井出昭一
1.プロローグ
 数年前、知人に誘われて銅御殿(あかがねごてん)を初めて見学しました。その後、月刊誌「東京人」が企画した「銅御殿・読者特別見学ツアー」に再度見学してみようと応募しましたが、あえなく抽選漏れとなってがっかりしていました。ところが今年になって、別の知人から見学者募集の日程を教えていただき応募したところ抽選に当たり、去る4月30日、念願が叶って2回目の見学が実現できました。
 「銅御殿」というのは通称で、「旧磯野家住宅」として2005年(平成17年)12月、重要文化財に指定された知る人ぞ知る近代和風建築の傑作です。



2.こだわり満載の和風建築
 「銅御殿」の所在地は、文京区小石川5−19−4。東京メトロ・丸ノ内線の茗荷谷駅からわずか数分。茗荷谷駅で下車して目の前の春日通りを横断し、ゆるやかな湯立坂を降りて行くと、すぐ右側の門のあるところが入口です。


                                                 出所:Google
 私は小石川植物園の西北の隅にある東大総合研究博物館分館(重文:旧東京医学校本館)に何回か訪れましたが、この“異様な門”の持ち主はだれだろうか、中にはどんな建物が建っているのだろうかと思いながらいつも往来していました。じつはこの門が銅御殿の入口となっている表門だったのです。




 銅御殿の主屋は1909年(明治42年)に着工し、1912年(大正元年)に竣工した純和風の建物で、車寄せを備えた平屋建ての書院棟、3階建の応接棟、平屋建ての旧台所棟からなっています。

 建設時の施主・磯野敬の注文は「寺院風」「耐地震」「耐火災」の3点のみで、建築に関する費用と工期は無制限という、今では信じられない破格の条件だったといわれています。屋根は銅板で葺き、外壁にも銅板が張りめぐらされ、軽量で不燃の銅板が惜しげもなく使われたため、近隣の人々から「銅御殿」と呼ばれ、これが通称となったようです。
 施主の磯野氏に優れた技術を見込まれた棟梁は弱冠21歳の北見米蔵(1883〜1964)でした。この棟梁の下に集まった腕利きの職人は最盛期には100名を超えるほどだといわれています。棟梁の木材に関するこだわり方は並みのものではなかったようです。木曽の檜をひと山買い付け、専属の鍛冶屋に刃物を造らせ、木材は狂いが生じないように3回も削り直し、壁はひびが入らないよう11回も塗り重ねたと、現当主の大谷利勝氏(大谷美術館理事長)が丁寧に解説してくださいました。
 棚、天井、建具、欄間などの造作には、木曽の檜、屋久島の杉、御蔵島の桑というように国産の吟味された良材をふんだんに使用し、ガラスは当時最高のベルギーからの輸入品が使われました。厳選された建材と名人芸によって造られた建物ゆえに、関東大震災と太平洋戦争の戦火を無事くぐり抜けて現在に至っているわけです。

3.度肝を抜かれる表門…これも重要文化財
 建物もさることながら、びっくりするのは金に糸目を付けず、趣向を凝らした門です。この表門は1913年(大正2年)に竣工しました。尾州檜の太い丸太材を柱に用いた四脚門の屋根は美しい曲線を描き両端に鴟尾を頂くという珍しい形で垂木の構造も独特です。度肝を抜かれるのは門の扉が厚さ7センチもの分厚い楠木の一枚板でできていることです。華やかな装飾があるわけではありませんので一見すると、なぜこの門が重文に指定されたのかという疑問を持っていましたが、大谷美術館の学芸員の説明を伺っていくうちに、疑問はすっかり解消してしまいました。ほかに例のないほどの厳選された木材を入念な工程で時間をかけて作り上げているだけに納得した次第です。


 門から玄関までのアプローチにも、伊豆から運び込んだ巨石、佐渡の赤石がさりげなく据えられ、トウカエデの大木なども配され、建物ばかりでなく、敷地のいたるところに総合プロデューサー・北見米蔵のこだわりが見受けられます。



 玄関についても驚くことばかり。柱は紛れもなく四方柾目で、中央部が太くなったエンタシスの形、手の込んだ折上げ天井、扇状の垂木、精巧そのものの欄間の造りなど、目に入るものすべて“何かがありそうな感じで”解説によって次々に謎が解けて行くようでした。





4.建物内部も見学したい

 このように磯野家住宅は、材料・意匠・技法において伝統的な木造建築の技術と明治以降の大工技術の創意とがうまく融合してできあがった近代和風建築の作品として高く評価されているようです。東京都心において関東大震災と戦火をくぐり抜けてきた明治末期の邸宅建築は数少ないだけに重要文化財に指定されたということも納得できます。
 厚さが通常の2倍以上あるという特別仕様の畳は、現在では畳替えができる職人がいないいため、文化庁の指導で室内に入ることができず、外部からの見学に限られています。しかも屋内の撮影は禁止されていますから、室内の造作の素晴らしさは「銅御殿 大谷邸写真集」(非売品)で窺うほかありません。また、平地の庭がなく高い木に囲まれているため、建物の全貌が撮影できないことも残念です。
 銅御殿は通常は非公開ですから、時折開催される公開日に訪問して、名工の冴えた技を自分の眼で実際に確かめることが最良の方法のようです。できれば、次回は是非とも建物内部も見学したいところです。

5.銅御殿に関する謎々
 今回、銅御殿を取り上げるにあたって、いろいろ調べてみましたが、通常ならすぐに判るはずのことが、判らないため“苦労”しました。万能の利器・インターネットでもいろいろ検索してみましたが、私の調べ方が未熟なのでしょうか。
 もっと早くから調べておいて、見学時に質問すればよかったと後悔しています。不明な点、疑問点を列挙しますので、判る方に教えていただきたいと思っています。
(1)施主(初代当主)の「磯野敬」とは?
「磯野敬」という人は、財力が豊かな相当の資産家だと推察されますが、「実業家」「千葉県夷隅の山林王」「元衆議院議員」ということのみで、生没年、その他の経歴や実績は判りません。
(2)銅御殿は、北に面していて夏の別邸(?)だともいわれていますが、そうすると本邸はどこにあったのでしょうか?
(3)棟梁・北見米造とは?
「建築家であると同時に彫刻家で高村光雲の弟子」「“宗国”という茶名を持つ茶人で茶道会館の創設者」など、断片的な人物評や記述はあっても、まとまった経歴は何も見当たりません。
これ程の建物を建てた有能な棟梁ですから、ほかに手掛けた建物は?
「神武天皇を祀る至誠殿を手掛けた人」という記述がありましたが、至誠殿とはどこにあるのか、またはどこにあったのか判りません。
(4)建物に予算の制限を設けなかったほど余裕があったにも拘わらず、建築面積に対して敷地が狭いようですが、当初は広い敷地だったのでしょうか?
 目下、銅御殿にとって最大の難問は、母屋に至近距離の隣地で12階建の高層マンションの建設が進められていることです。騒音、振動、ビル風の影響が憂慮され、マンション建設に伴う周辺の環境破壊が地域住民・学識経験者との間でも大きな問題に発展しています。文化財保護の見地からも早期に決着してほしいものです。

展覧会トピックス 2010.5.17 

美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「茶の湯の美…数寄のかたちと意匠…」
 会 期:2010.4.10〜6.20
 会 場:白金台 畠山記念館
 観覧料:一般 500円
 電 話:03-3447-5787
 休館日:月曜日
 http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/
 侘び茶を大成した千利休と継承発展させた古田織部や小堀遠州ゆかりの茶道具など、春から初夏にかけての季節にふさわしい品々を展示しています。
 主な展示品は、重文の宗峰妙超墨跡法語(4/10〜5/13)、瀬戸面取茶入(吸江)、粉引茶碗(放れ駒)などです。

2.「住友コレクションの茶道具…泉屋博古館創立50周年記念…」
 会 期:2010.4.24〜6.20
 会 場:六本木 泉屋博古館分館
 観覧料:一般 520円
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日
 http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/
 住友家が蒐集した美術品を保存、展示する美術館として昭和35年に発足した泉屋博古館の創立50周年記念展です。所蔵品は十五代住友吉左衞門(春翠)が蒐集した中国古銅器と鏡鑑を中心に中国・日本の書画、洋画、近代陶磁器、茶道具、文房具、能面・能装束など広い範囲に及びますが、今回はこの中から茶道具の名品が展示されています。

3.「茶 Tea…喫茶のたのしみ…」
 会 期:2010.4.3〜6.6
 会 場:丸の内 出光美術館(帝劇ビル9階)
 観覧料:一般 1000円
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日
 http://www.idemitsu.co.jp/museum/
 出光美術館の蔵品のなかから茶道具、煎茶具これらに関連する書画・工芸の優品約120件が展示されています。重文の玉澗筆「山市晴嵐図」(4月27日〜6月6日展示)、「唐物肩衝茶入(師匠坊)」、大名物5件、中興名物3件などが12年ぶりに揃って展示されます。

4.「智恵子抄…高村光太郎と智恵子―その愛…」
 会 期:2010.4.29〜7.11
 会 場:虎ノ門 菊池寛実記念 智美術館
 観覧料:一般 1000円
 電 話:03-5733-5131
 休館日:月曜日
 http://www.musee-tomo.or.jp/
 彫刻、詩、美術評論等で足跡を残した高村光太郎の諸作品と甥で写真家の高村規氏の工房で再現された光太郎の妻・智恵子の紙絵などにより、二人の創造と愛の軌跡を辿る展覧会です。

以 上

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