平成22年4月19日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(47)

東京都庁舎
“世界の丹下”が設計した最後の大作
井出昭一

1.プロローグ
 今回取り上げるのは、超高層ビルの立ち並ぶ新宿副都心にあって、ひときわ目を惹く東京都庁舎です。私はここ5年ほど毎週、新宿住友ビルの朝日カルチャーセンターの真向法体操教室に通っていますが、教室の大きな窓から洗練された美しい都庁舎の姿を眺めることができます。芸術作品のような建物を前に“良き師、気の合う生徒”に囲まれるという恵まれた環境の中で健康維持ができて幸せだと思うこのごろです。

2.指名コンペの当選作品
 実はこの東京都庁舎は、計画段階から私が関心を寄せていた建物です。1985年に指名コンペ参加者が選ばれ、丸の内の旧東京都庁舎でコンペ応募案の模型が一堂に展示されました。コンペには日建設計、日本設計、坂倉建築研究所、前川國男建築事務所、安井建築事務所、山下設計、松田平田坂本設計事務所など大手の設計事務所に加えて個人建築家としては丹下健三と磯崎新の二人が指名。当時の日本の建築界のトップレベルが指名された大規模なコンペであったため話題を集めました。
 会場が会社から近かったので、私は何度も足を運びました。というのは、展示された模型が精巧でヘリコプターに乗って上空から眺めたかのように、あまりにもリアルだったからです。私のような素人にとって、鮮烈な印象を受けたのは丹下健三の模型でした。安達健二会長(元文化庁長官)の審査会で審議の結果、前評判通り丹下案が当選しました。
 応募案のほとんどは、高さ100メートル以上の超高層建築で、唯一100メートル以下は丹下健三門下の磯崎案だけ。この注目された師弟対決は、師の丹下案に軍配が上がったわけです。コンペで敗北しながら有名になった建築案としては、戦前、帝室博物館(現:東京国立博物館)の前川國男案や京都駅の安藤忠雄案などがありますが、都庁舎コンペでの磯崎案もこれに次いで専門家の間では評価されている案のようです。
 この展示会場となった旧東京都庁舎も現庁舎と同じ丹下健三の設計によるもので、鉄骨やガラスを多用したシンプルな外観を有し、丹下の代表作の一つといわれた建物でした。1階は開放的な吹抜けになっていて、岡本太郎の力強い色彩の陶壁があったことも今でも懐かしく思い出されます。この庁舎は解体されて、その跡地には“ガラスの巨船”と思わせるような東京国際フォーラム(設計:ラファエル・ヴィニヨリ)が建てられています。


3.新宿副都心のランドマーク

 現在、東京都庁舎の建っている土地は、かつて淀橋浄水場があったところです。今は昔、新宿南口にポツンと建っていた工学院大学の教室で大学入学の模擬試験を受けたとき、教室の窓から見えた浄水池の茫々とした光景が記憶に残っています。その場所が今では超高層ビルが林立する新宿副都心と一大変身して、中心にそびえるのが東京都庁舎です。
 この東京都庁舎は、第一本庁舎(階数 地上48階、地下3階)、第二本庁舎(地上34階、地下3階)、都議会議事堂(地上7階、地下1階)の3棟から構成されています。
 第一本庁舎の高さは243mで、1990年の完成時には池袋のサンシャイン60を抜いて日本一の高さを誇りましたが、今ではその座を六本木のミッドタウン・タワー(296m)に譲りました。その外形は、ゴシック建築の代表でもあるパリのノートルダム大聖堂の双塔の形を模したといわれ、ランドマークとしての役を果たしています。展望室は南北2カ所の各45階にあって、地上202mから都心を360度見渡すことができます。完成直後は入場者が殺到し大変な混雑でしたが、現在は日本人より外国の旅行客の人気スポットのようです。
 第一本庁舎と道路を挟んで対面する都議会議事堂の内部は自由見学できます。見学コースは指定されていて、議事堂2階の都議会PRコーナーと6階の第15委員会室、7階の本会議場ですが、これだけを自由に見学できれば充分です。私は予約もなく突然2回見学しましたが、いずれの日とも見学者はわずか数人でした。委員会室、本会議場は国会議事堂と比べると、新しいだけあって明るくシンプルな感じです。










4.丹下健三の最後の大作
 都庁舎を設計した丹下健三は、日本ばかりではなく世界を股にかけて建築、都市計画を数多く手掛け「世界の丹下」といわれ、建築界の最高峰ともいえる存在です。
 丹下が手掛けた建築作品のうちで現存する最も古いものは、広島平和記念資料館(1952年竣工)で、2006年4月には戦後建築としては初めて重要文化財に指定されました。

 丹下健三の作品で世界的にも高く評価されているのは、東京オリンピック国立屋内総合競技場(現:国立代々木競技場の第一・第二体育館)と椿山荘の向かいに建つ東京カテドラル聖マリア大聖堂です。いずれも当時の最先端の構造技術(国立屋内総合競技場はつり構造、東京カテドラル聖マリア大聖堂はHPシェル構造)を用い、デザインも極めて斬新かつ独創的なものです。また、両者は1964年に完成しています。




 このほか、丹念に見歩けば、東京都内だけでも数多くの丹下作品に出会うことができます。たとえば銀座の静岡新聞・静岡放送東京支社(1967年)、築地の旧電通本社ビル(1967年)、赤坂・青山通りの草月会館(1977年)、表参道のハナエ・モリビル(1978年)、赤坂のグランドプリンスホテル赤坂(1982年)、第二本庁舎の近くで外観も似ている新宿パークタワー(1994年)などです。

 逆に、取り壊されたものとしては、旧東京都庁舎と旧草月会館などがありますが、いずれも直線的でシンプルな姿は忘れることができません。現在続々と建てられている個性のない均一的な超高層オフィスビルと比べて、今回取り上げた東京都庁舎は、建築の専門家からの評判は芳しくないようですが、外壁ひとつをとっても、ほかには例のない深みを持っている丹下健三の最後の大作であり秀作だと思います。

5.都庁舎は“常設彫刻展示場”
 東京都庁舎の第一・第二本庁舎、都議会議事堂の3棟が建っている外周全体を見て歩くと、その外壁が次々に移り変わって行く姿を楽しむことができます。それに加えての魅力は、建物の内外に置かれている彫刻群です。“置かれている”というよりは“常時展示されている芸術作品”というべきでしょうか。いいかえると、東京都庁舎は常設の彫刻展示場でもあります。具象彫刻あり、抽象彫刻もあり、巨大彫刻あり、動く彫刻あり、展示数はおよそ40点弱、しかも観覧料は無料です。しかし、広い敷地内の彫刻を網羅するには注意力と根気が必要です。抽象彫刻はうっかりしていると見過ごしてしまうからです。
 “彫刻展示場”の圧巻は議事堂前の半円形状の都民広場です。ここには現在の彫刻界の最高峰である舟越保武、佐藤忠良、柳原義達、雨宮敬子、朝倉響子などの秀作が展示されています。“東京都庁美術館”を訪れたら、まず都民広場を一周して、その後は、好みの彫刻を見て回るのがよいでしょう。決して一気に見ようと思わないでください。展示品の半数を消化(見て歩く)するだけでも、適切な運動になりますから水分補給と休養も必要です。
 都庁の建物の話が彫刻の話に脱線して申し訳ありませんでした。












スライドショー 都庁舎の具象彫刻  
スライドショー 都庁舎の抽象彫刻

 展覧会トピックス 2010.4.19

 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「マネとモダン・パリ…三菱一号館美術館開館記念展T…」
 会 期:2010.4.6〜7.25
 会 場:丸の内 三菱一号館美術館
 観覧料:一般 150円
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(5/3、7/19は開館)
 http://mimt.jp/
 印象派の代表的画家エドワール・マネの全貌を紹介する展覧会で、代表的な油彩、素描、版画80点余が出品され、日本でマネの作品をまとまった形で見ることができる貴重な機会です。また、同時代の作家たちの油彩、建築素描、彫刻、写真など約80点もあわせて展示されます。

2.「モーリス・ユトリロ展
     …パリを愛した孤独な画家…」

 会 期:2010.4.17〜7.4
 会 場:西新宿
     損保ジャパン東郷青児美術館

     (損保ジャパン本社ビル 42階)
 観覧料:一般 1000円(65歳以上 800円)
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(5/3は開館)
 http://www.sompo-japan.co.jp/museum/
 モーリス・ユトリロの「モンマニーの時代」から「白の時代」、「色彩の時代」までの90余点の作品により画業の変遷を紹介するもので、出品作品はすべて日本初公開の作品とのことです。

3.「ボストン美術館展…西洋絵画の巨匠たち…」
 会 期:2010.4.17〜6.20
 会 場:六本木 森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
     専用入口(ミュージアムコーン)から入場する。
 観覧料:一般 1500円
 電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 休館日:会期中無休
 http://www.roppongihills.com/art/macg/index.html
 世界屈指の美術館・ボストン美術館が誇るヨーロッパ絵画コレクションから、16〜20世紀の名画80点が展示されます。エル・グレコ、ベラスケス、レンブラント、コロー、ミレー、マネ、モネ、セザンヌ、ルノワール、ゴッホ、ピカソ、マティスなど「美術史の教科書」で知られた西洋絵画の巨匠の名画が並びます。 

以 上

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