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平成22年2月17日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(45)

国立科学博物館
ステンドグラスが映える重文指定の博物館
井出昭一

1.プロローグ

 上野公園の東京国立博物館は「トーハク」と呼ばれていますが、今回は「カハク」と愛称されている国立科学博物館の日本館(旧本館)を取り上げます。

 JRの上野駅の公園口を出て、目の前の国立西洋美術館を右に折れて進むとデコイチ(D51形蒸気機関車)があるところが目指す国立科学博物館で、重厚な建物の先には全長30メートルの巨大なシロナガスクジラの模型が屋外に展示されています。正面と反対の線路側にまわると、変わった形のオレンジ色の工事用のクレーンが置かれているのかと見えますが、これは日本で初めての人工衛星「おおすみ」を打ち上げたラムダロケットの発射台です。いかにも“科学”らしさを伺える外観です。



2.目まぐるしく名称を変更
 
   <教育博物館→東京教育博物館→東京科学博物館→国立科学博物館>
 国立科学博物館が収蔵する標本資料は約380万点と国内最大級ですが、国宝、重要文化財などの美術品を多数収蔵する隣の東京国立博物館とは異なり、重要文化財は意外にすくなく天球儀、地球儀、万年時計など5件のみです。今回は標本資料ではなく“建物としての魅力”を紹介します。
 国立科学博物館は、1877年(明治10年)に「教育博物館」として設立された日本で最も歴史のある博物館の一つであり、国立の唯一の総合科学博物館です。名称は「東京教育博物館」、「東京科学博物館」と変わり、現在の「国立科学博物館」となったのは1949年(昭和24年)のことです。当初の建物は関東大震災で全焼したため、1931年(昭和6年)に再建されたのが現在の“日本館”(旧本館)です。
 現在の“地球館”(以前は”新館”と呼ばれていた建物)が2004年(平成16年)11月に開館したことに併せて、旧本館の改修工事が始まり、2007年(平成19年)4月に改修工事が完了しました。2008年(平成20年)6月に“日本館”(旧本館)は重要文化財に指定されましたが、重文に指定された際の正式名称は「東京科学博物館本館」です。

3.見どころが多い博物館

 国立科学博物館・日本館の建物は、装飾が少なく重厚・堅固そのもので、昭和初期の官庁建築に共通してみられた特色を有しています。」。ネオ・ルネサンス様式の鉄筋コンクリート造、地上3階地下1階建てで、外観には当時流行のスクラッチタイルが使用されています。堂々とした車寄せを持つ正面玄関を中心に左右対称に両翼が広がり、空からみると“当時の先端技術”の飛行機の形をしているというところが科学博物館らしいユニークな発想です。晴天下で見る建物は見栄えがしますが、ライトアップされた光景もなかなかなものです。

マウス ポインタを左画面に置くと左右画像が代わります

 現在はこの正面玄関は閉鎖されて使用できず、入口は地下1階にあります。中に入ってまず目を惹くのはステンドグラスです。中央ドームの頂部の円形のもの、中央ホール吹抜けの四方の半円形のもの、さらには階段室の天井や踊り場などに見事な“光の絵画”を見ることができます。


スライドショー“国立科学博物館等のステンドグラス”

 このすばらしいステンドグラスは、大正から昭和初めに活躍したステンドグラスの工芸家・小川三知(1867~1928)没後の1931年(昭和6年)に三知の描いた図案、彩色された絵、刻まれた硝子などをもとに工房のスタッフが完成させたもので、宝相華、鳳凰をモチーフにした図案は伊東忠太によるといわれています。そのためか、伊東忠太の設計した築地本願寺の正面入口の上部のステンドグラスと共通点があるように感じられます。

 小川三知は東京美術学校が設立されると直ちに日本画科に入り橋本雅邦に学びました。卒業後アメリカへ留学し、そこでステンドグラスに興味を持ち、各地の工房で技法を学びました。1911年(明治44年)、日本に帰国後、最初の作品が創立50周年記念の慶應義塾図書館の「ペンは剣よりも強し」の文字が刻まれたステンドグラスでした。これは和田英作の絵を原図にした作品で、小川三知を世に知らしめたものです。惜しいことにこれは戦災で焼失し、現在は残された原画をもとに復元されたものが掲げられています。小川三知の作品は個人の邸宅に納めた作品が多く、その代表的なものとしては鳩山会館(旧鳩山一郎邸)が知られています。
 ステンドグラスと共に素晴らしいのは、周囲の壁面装飾、1階の中央ホールの床、階段室です。また、照明のデザインも精緻な細工が施されています。
 東京国立博物館の本館エントランスの“顔”が正面の大時計だとすると国立科学博物館・日本館の“顔”はゆっくりと時を刻む「フーコーの振り子」でいかにも科学の博物館らしいものです。

スライドショー“国立科学博物館の精緻な壁面、床面、照明、フーコーの振り子”

4.設計者の小倉強とは?

 設計したのは「小倉強(文部省)」とされていましたので、インターネットで検索してみたところ、文部大臣官房建築課在籍時に東北大学史料館(旧東北帝国大学附属図書館、大正15年、1925年竣工
を設計したのちに東北大学教授を経て名誉教授となり、後進の指導にあたり、古建築の研究に大きな業績を残し、建築家として仙台にいくつかの建築物を手掛けたとされています。
 日本の建築家について詳しい「日本建築家山脈」(村松貞次郎著、昭和40年、鹿島出版会)に、大正11年上野で開催された平和記念東京博覧会の建築は、「東京府建築課を中心に準備が進められ、顧問に伊東忠太を迎え、小倉強(大正5年東大建築卒、現東北大学名誉教授)をチーフとして作業員を募集し」小倉のもとに、堀口捨巳、滝沢真弓、西村好時、蔵田周忠などが参加したという記述がありました。
 国立科学博物館ほどの公共の大建築を残している建築家であるにも拘わらず、その経歴、設計した建物のリストなどをインターネットで検索しても、得られる情報はどれも断片的・均一なものばかりで、詳しい情報が見当たらないということは不思議なことです。
5.上野公園は“建築博物館”
 上野公園は江戸時代から現代にいたるまで各年代を代表する建物が林立する“建築博物館”です。
 明治以降の近代建築で重文に指定されている建物だけでも、東京国立博物館の表慶館(設計:片山東熊)と、本館(渡辺仁)、旧東京音楽学校奏楽堂(山口半六・久留正道)、国立西洋美術館本館(ル・コルビュジエ)に、東京科学博物館<現:国立科学博物館>(小倉強)が加わって5件となりました。
 明治以前の建物で重文指定のものは、東京国立博物館内の旧十輪院宝蔵(校倉)と旧因州池田家江戸屋敷表門、寛永寺旧本坊表門(黒門)、寛永寺清水観音堂、旧寛永寺五重塔、上野東照宮社殿などです。
 さらに、黒田記念館(岡田信一郎)、護国院庫裏(岡田信一郎)の国登録有形文化財、国際こども図書館(旧国立国会図書館支部上野図書館、久留正道・真水英夫)、東京藝術大学の陳列館(岡田信一郎)、正木記念館(金沢庸治)などは戦前の名建築です。
 戦後の現代建築としても、日本芸術院(吉田五十八)、東京文化会館、国立西洋美術館新館、東京都美術館の前川國男の3部作、日本学士院、東京国立博物館の東洋館(いずれも谷口吉郎)、法隆寺宝物館(谷口吉生)、東京藝術大学奏楽堂(岡田新一)などです。
 上野公園は、博物館、美術館、大学、図書館、コンサートホール、神社、仏閣など各種各様の建物が集積し、文化施設密度が日本一のスポットです。
 とても一日では回ることができません。ゆっくりと時間をかけて楽しむところです。
 展覧会トピックス 2010.2.17
.  美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
 偶然でしょうか、現在、「うつわ」という名の展覧会が3カ所で開かれていますので紹介します。
1.「麗しのうつわ…日本やきもの名品選…」
会 期:2010.1.93.22
会 場:丸の内 出光美術館
       (帝劇ビル
9階)
入場料:一般 1000
電 話:0357778600(ハローダイヤル)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
http://www.idemitsu.co.jp/museum/

 出光美術館の陶磁コレクションは優品が揃っていることで定評があります。古くは猿投(さなげ)、古瀬戸から始まり、志野、織部、古唐津、楽、京焼、古九谷、柿右衛門、鍋島を経て、板谷波山にいたる近代におよぶ日本陶磁の名品が一堂に展示されます。


2.「懐石のうつわ…向付と鉢を中心に…」
会 期:2010.1.233.22
会 場:白金台 畠山記念館
入場料:一般 500
電 話:0334475787
休館日:月曜日(3/22は開館)、2/19
http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/

 畠山記念館の創設者・畠山即翁は懐石を大切にした数寄者のひとりで、自身が催した茶会記には懐石料理とうつわを詳しく記していました。その即翁の懐石コレクションから向付と鉢に焦点を当てた展覧会です。


3.「吉祥のうつわ展…中国陶磁に見る祝い寿ぐ文様の世界…」
会 期:2010.1.54.18
会 場:白金台 松岡美術館
入場料:一般 800円(65歳以上 700円)
電 話:0354490251
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
http://www.matsuoka-museum.jp/

  松岡美術館の創立者松岡清次郎が蒐集した中国陶磁コレクションは、中国陶磁史をほぼ網羅できるほどです。今回は日本の陶磁に影響を与えた中国の吉祥文様に焦点をあて、宋から清までの中国陶磁器を選んで紹介しています。 
以上

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