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平成21年11月23日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(43)

明治神宮宝物殿
コンクリート造りの校倉風建築

井出昭一
  
  
所在地:(社務所)〒151-8557 東京都渋谷区代々木神園町1-1
  電 話: 03-3379-5511(代表)
  交 通: JR山手線「原宿」駅、「代々木」駅
       小田急線「参宮橋」駅
       東京メトロ千代田線「明治神宮前」駅
       都営地下鉄大江戸線「代々木」駅
       東京メトロ副都心線「北参道」駅
  URL:http://www.meijijingu.or.jp/homotsuden/index.html
                           

図はクリックすると拡大します
   
1.神宮の森は人工林
 明治神宮といって、まず思い浮かぶのは壮麗な社殿です。正月三が日の初詣者数が3百万人を超える日本一の神社です。今回、紹介するのはこのあまりにも知れ渡った社殿の陰に隠れている名建築の宝物殿です。
 宝物殿を紹介する前に、明治神宮の全体を復習してみます。明治神宮はいうまでもなく明治天皇と昭憲皇太后を祀る神社で大正9年に創建されました。内苑、外苑、明治記念館とから成っていて、内苑と外苑の森は、面積は70万平方メートルに及んでいます。都心とは思えない鬱蒼とした森は自然の林のように思われますが、驚くことに全国から献木された17万本、365種類の人工林で、現在では10万本、246種に減っているそうですが、自然の姿が残っているので、とても人が造った林とは想像もできません。
 創建当時の首相大隈重信は、杉を植えて伊勢神宮や日光東照宮のような荘厳な森を強く望んでいましたが、都会では杉は適さず椎や樫などの照葉樹のほうが良いことを研究者から説得されて主張を撤回したという話が伝わっています。もし杉が植えられていたら、杉花粉の発生源として現在では悪者扱いされていたでしょう。

2.宝物殿は内苑の北の端
 神宮球場、絵画館などがある神宮外苑や、結婚式場の明治記念館もそれなりの雰囲気とすばらしさを秘めていますが、明治神宮の中心は何といっても内苑です。“人工”の森に包まれた広大な内苑の中心には壮麗な社殿が位置しています。社殿の西北の方向には宝物殿と至誠館(武道場)があり、東南には宝物展示室のある明治神宮文化館と参集殿、南側の御苑内には隔雲亭など特色ある建物が森の中に点在しています。


 明治神宮の社殿は、大正9年11月に創建されましたが、昭和20年4月の空襲で焼失し、現在の建物は昭和33年11月復元されたものです。
 社殿に行くためには、3通りのルートがあります。最も代表的なものは、JR山手線の原宿駅か東京メトロ千代田線の明治神宮前駅を下車して神宮橋を渡って南参道から大鳥居(第二鳥居)を経て正参道から社殿にいたるルートです。2番目のルートは、JR山手線の代々木駅か東京メトロ副都心線の北参道駅を下車して北参道から大鳥居・正参道を経由するものです。3番目は小田急小田原線の参宮橋駅から西参道を通って社殿に至るルートです。
 宝物殿は広い内苑境内の最北端に位置していますから、駅から最短のものはこの3番目ルートで、参宮橋駅から西参道口を左に折れて道なりに進むと武道場の先の宝物館に着きます。
 しかし、宝物殿に行くためのお勧めの散策路は上記第1のルートで、南参道の鳥居を抜けたあと、大鳥居を左に参集殿を右に見ながらしばらく進み、表示に従って斜め左に行きます。神宮の森を楽しみながら行くと、北池がありその先に目指す宝物館に至ります。この道は神宮の内苑を南の端から北の端まで歩くことになって時間もかかりますが、車の騒音もなく“自然の森”を満喫することができます。


3.宝物殿の建物は校倉風高床造り
 宝物殿には明治天皇と昭憲皇太后が日常使用された机、文房具、箪笥、ご着用の装束、ご乗車の馬車などが陳列されています。建物は明治神宮の社殿が創建された翌年の大正10年(1921年)10月に竣工しました。
 重々しい正門を通り抜けると、正面が宝物殿の中蔵です。この中蔵を中心に東西蔵、東西廊、東西橋廊が左右対称に配置されていて、寝殿造りの形状です。校倉風の壁面と高床造りの様式が取り入れられているため、外観は正倉院を思わせる建物となっています。
 正倉院は木造であるのに対し、宝物館は純然たる花崗石張りの鉄筋コンクリート造です。鬼瓦をいただく屋根の反りや斗供(建物の柱上にあって軒を支える部分)を模した柱頭などは日本の伝統的な建物の美しさを鉄筋コンクリートで随所に表現しています。わが国初期の鉄筋コンクリート建築の代表的な建物で、現在でも竣工当時の姿をほぼ完全に留めていることから、平成15年7月には東京都の歴史的建造物に選定されています。
 中蔵の中央の階段は使用されておらず、建物に入るには、右側の東廊の階段を上り東橋廊から展示室に入ります。建物は正倉院のように高床式になっていますので、展示室のある階は1階です。床も高く軒も高いのですが、この建物は“平屋建て”なのです。
 展示室内の撮影は禁止ですが、高い床の回廊をくぐりぬけて中蔵を一周することにより、さまざまな角度から建物の外観を詳細に観察することができて、列柱、柱頭の装飾など見どころが多く楽しめる建物です。下から見上げるとそれほど大きくは見えませんが、中蔵の鬼瓦は鬼面の幅が1.15メートル、高さ1.1メートル、鬼瓦全体の高さは2.4メートルというので驚くばかりです。
スライドショー「宝物殿の建物」


 宝物殿の建築に当たって、1915年(大正4年)に設計競技が行われ、応募点数110点のなかから入選作6案、選外佳作5案が選ばれましたが、そのまま実施されることなく、応募図案を参考に審査委員長の伊東忠太(築地本願寺、一橋大学兼松講堂の設計者)と審査員の佐野利器(構造設計の権威)の指導のもとに、明治神宮造営局技師の大江新太郎の設計によって造られました。
 大江新太郎(1876~1935)は京都府生まれの建築家で、東京帝国大学工科大学を卒業後、日光東照宮の修復や明治神宮の造営に関わりました。代表作はこの明治神宮宝物殿のほか、高野山霊宝館、神田明神(佐藤功一と共同設計)、厳島神社宝物館などです。子息の大江宏(1913~1989)は法政大学建築科の礎を築き、建築家としても平櫛田中彫刻美術館、国立能楽堂などを設計しています。

4.宝物展示室では特別展を開催
 数年前、初めて宝物館を訪れた時は、あいにく閉館中で正門は閉ざされていました。今回、11月3日の文化の日に伺った時は、宝物殿前の広場では東京都農業祭が開催中で溢れんばかりの人の波でした。なぜか宝物殿の入館者は少なく、展示されている品々をゆっくり拝観でき、見終わって正門を退出しようとしたところ、流鏑馬の装束の列に出会うこともできて幸いでした。
 この日は明治神宮文化館の2階にある宝物展示室で開催中の特別展「菱田春草」も鑑賞し、秋の半日を明治神宮内苑で有意義なひとときを過ごすことができました。(下記のトピックスを参照下さい)
 なお、宝物殿と宝物展示室が開館されるのは、土曜日、日曜日、祝日のほか、
 新年(1月1日~1月7日)、春秋大祭期間(4月29日~5月5日、11月1日~11月3日)、昭憲皇太后祭(4月11日)で拝観料は500円ですが、明治天皇祭(7月30日)の当日は特別に無料で拝観できます。


 展覧会トピックス 2009.10.23 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.特別展「菱田春草」
 会 期:前期2009.10.310.29
     後期2009.10.3111.29
 会 場:明治神宮文化館 宝物展示室
 休館日:1030
 入場料:一般 500
 電 話:0333795875
 http://www.meijijingu.or.jp/

 平成9年、明治天皇の御即位130年を記念して建造された明治神宮文化館の中に、宝物殿の別館として宝物展示室が開館しました。宝物展示室では春と秋には特別展が開催され貴重な資料が公開されます。この秋の特別展では、36歳の短い生涯に優品を残した菱田春草の作品がまとまって展示されている展覧会です。前期には「落葉(未完本)」、後期には明治天皇御遺愛の「雀に鴉」が展示されます。

2.「安井曽太郎の肖像画」

 会 期:2009.10.302010.1.17
 会 場:京橋 ブリヂストン美術館
 入場料:一般 800円(65歳以上 600円)
 電 話:0357778600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)12/291/1
 http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

 静物、風景画に名作を生みだした安井曾太郎は肖像画の分野でも名手といわれています。その肖像画に加えて習作素描や関連作あわせて約60点を紹介する展覧会で、描いた人物は、日銀総裁、東北帝国大学総長、衆議院議員、実業家など著名人が多数含まれています。


3.「冷泉家…王朝の和歌守(うたもり)展…」

 会 期:2009.10.2412.20
 会 場:上野公園 東京都美術館
 入場料:一般 1400円(65歳以上 700円)
 電 話:0357778600(ハローダイヤル)
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.tobikan.jp/

 冷泉家は、三代つづけて勅撰撰者となった藤原俊成、定家、為家を祖に持ち歌道師範をつとめてきた家柄です。冷泉家は、800年の間に集積されてきた勅撰集、私家集、歌学書、古記録などを多数所蔵しています。冷泉家の貴重な典籍や古文書類ののうち、俊成筆『古来風躰抄』、定家筆『古今和歌集 嘉禄二年本』『後撰和歌集天福二年本』『拾遺愚草』『明月記』の国宝5点をはじめ、展示替を交え約400点もの国宝・重要文化財が一挙に公開される初めての機会です。
4.「観世家のアーカイブ…世阿弥直筆本と能楽テクストの世界…」
   (東京大学教養学部60周年記念)

 会 期:2009.10.1011.29
 会 場:駒場 東京大学駒場博物館
 入場料:無料
 電 話:0354546139
 休館日:火曜日
 http://museum.c.u-tokyo.ac.jp/

 観阿弥、世阿弥を祖とする観世家に伝わってきた能楽に関する膨大な資料がインターネットで公開されることになりました。それを機会に重要文化財に指定されている世阿弥の直筆の能本5点や「花伝」などをはじめ歴代当主が残した貴重な資料が展示され、能の好きな人にとってはたまらない展覧会です。

5.「戦国武将と茶の湯…信長・秀吉ゆかりの品々…」
   (平成21年秋季展)

 会 期:2009.10.1012.20
 会 場:白金台 畠山記念館
 入場料:一般500
 電 話:0334475787
 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/

 室町後期に誕生した侘び茶は、戦国の世では武将の間でも盛んに行われました。重要文化財の唐物肩衝茶入銘「油屋」、重要美術品の井戸茶碗銘「信長」など織田信長、豊臣秀吉ゆかりの品々が展示されます。なお、国宝「煙寺晩鐘図」伝牧谿筆の公開は11月21日~12月6日に限られています。

 
6.「原三溪と美術…蒐集家 三溪の旧蔵品…」
   (横浜開港150周年記念特別展)

 会 期:2009.10.3111.30
 会 場:横浜中区本牧三之谷(三溪園内) 三溪記念館
 入場料:〔入園料とのセット料金〕一般1000
 電 話:045621-0634
 休園日:無休
 http://www.sankeien.or.jp/ 

 原三溪の没後、三溪園を離れていた名品の数々がふたたび三溪園に集められています。国宝の「孔雀明王像」、「地獄草紙」、「古今和歌集巻第五(高野切)」をはじめ重文の「焔摩天像」、「愛染明王像」、伝雪舟「四季山水図」など三溪の旧蔵品の白眉をまとめて鑑賞できるまたとない機会です。
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以 上

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