平成21年9月15日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(41)

築地本願寺
      …動物が潜みパイプオルガンがある不思議な仏教寺院

井出昭一

カーソルを画面に置くと夜景に代わります
  
  
所在地: 〒104−8435 東京都中央区築地3−15−1
  電 話: 03−3541−1131
  交 通: 東京メトロ 日比谷線 築地駅下車 徒歩1分
       有楽町線 新富町駅下車 徒歩5分
       都営地下鉄 浅草線 東銀座駅下車 徒歩5分
       大江戸線 築地市場駅下車 徒歩5分
  URL : http://tsukijihongwanji.jp/
                           

1.インド風の仏教建築…築地本願寺…
 築地本願寺の正式名称は「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」といい、京都にある西本願寺の別院です。東京メトロ日比谷線の築地駅で下車すると目と鼻の先。有楽町線の新富町駅、都営地下鉄浅草線の東銀座駅、大江戸線の築地市場駅のいずれの駅からも徒歩5分で地下鉄が便利なところです。
 正門から本堂までは駐車スペースとなっているので、日本の仏教寺院とは思えないインド風の建物が目の前に広がっています。しかし、背後に高いビルが建てられて美しい左右対称の建物の景観が阻害されていることは残念なことです。
 築地本願寺は伊東忠太の設計した最大規模の建物でかつ代表作です。伊東忠太がアジア横断旅行の途中、中国で大谷探検隊と出逢ったのが縁で、西本願寺22世宗主の大谷光瑞から明治末に設計依頼を受け、実に依頼から25年後に竣工したのが築地本願寺です。
 「世界各地の建築様式を組み合わせ、今までにない建築を創造する」という伊東忠太の言葉どおり、中央の屋根はチャイティア窓、建物の両端の鐘楼はストゥーパをモチーフにするなど、インド建築の要素が多く採り入れられていて、他の仏教の寺とは全く様相を異にする建物です。


2.伊東忠太は建築史家・建築学者・建築家
 伊東忠太は慶応3年(1867年)山形県米沢で生まれました。この年にF.L.ライトや夏目漱石も生まれています。東京に移住して番町小学校から帝国大学工科造家学科に進み、辰野金吾に師事しました。大学院で法隆寺とギリシャ神殿を比較して論じた「法隆寺建築論」で一躍有名になり、建築史家として脚光を浴びることになりました。
 伊東忠太は「建築」という言葉の生み親でもあります。当時、「Architecture」は「造家」と訳され、建築関係の団体も造家学会(1886年創立)と呼称していましたが、伊東は「造家」では芸術的な意味が乏しいので「建築」と訳すべきだと提唱し、これを受けて造家学会が「建築学会」に(1897年)、東京帝国大学工科大学造家学科が建築学科に(1898年)改称されることになりました。
 学問のためには欧米へ留学するのが常識となっていた時代に、伊東は日本建築のルーツを訪ねるためアジアへの留学を選び、中国からインド、トルコを訪ね、中国では雲岡石窟を発見したことでも知られています。
 建築家としても活躍し、平安神宮、明治神宮を初めとする神宮建築のほか、築地本願寺の仏教建築、一橋大学兼松講堂、震災記念堂、大倉集古館、湯島聖堂、変わったところでは東大の正門など幅広い分野で数多くの作品を残しています。また伊東は、学士院会員、芸術院会員に選ばれ、建築界として初めて文化勲章を受賞しています。
 建築学者としての心構えとして伊東忠太は下記の言葉を残しています。
 「建築の本義、夫は永久の懸案である。我輩は今俄かに之が解決を望まない、ただいつまでも研究をつゞけて行き度い、世に建築てふ物の存在する限り、いつまでも論議をつゞけて行き度い。」『建築世界』(大正12年9月)


3.随所に登場する動物と独特のデザイン
 伊東忠太の設計した建物の一風変わった特徴は、建物の随所に得体の知れない妖怪や牛、馬、象、猿、獅子などの動物が登場することです。築地本願寺の入口には柱と一体化した獅子、階段の親柱には象、壁面には鳥、階段の途中には猿など、さまざまな動物の彫刻が施されています。
 本堂の丸柱の基部は鉄製の透かし彫りが施されていて、その中にはスチーム式暖房が備えられているというから驚きます。透かし彫りの上部には皿があってそこに水を入れて加湿器とするというのです。さらに、透かし彫りの文様は青龍、白虎、朱雀、玄武の四方の守り神があしらわれ、こんなところにも動物が潜んでいるのです。
 本堂の天井を見上げると、大きなシャンデリアが9基、回廊にも一回り小さいものが11基釣り下げられていて、真下から見上げるといずれも細かい装飾が施されていることが判ります。
 このほか建物内外を見まわすと、モザイクタイル、ステンドグラス、灯明形の窓枠など、動物以外でも伊東忠太の独特のデザインが随所にみられ、見飽きることがありません。
(注)一橋大学兼松講堂の妖怪については、平成19年11月の『大学の講堂建築(1)国立大学編…安田講堂と兼松講堂…』で紹介しています。

  スライドショー 築地本願寺の動物たち




4.仏教寺院でパイプオルガン・コンサート
 キリスト教の教会ならともかく、仏教寺院とパイプオルガンという“奇妙な”取り合わせが築地本願寺で見られます。本堂の後方に設置されているパイプオルガンは旧西ドイツのワルカー社製で、3メートルの大きいものから1センチ未満のものまで合計約2000本のパイプで構成され、演奏台には2段の手鍵盤と30本の足踏み鍵盤があります。
 このパイプオルガンを使って定期的にコンサートが開かれていることを知人から教えていただき6月と8月に参加してみました。パイプオルガンが2000本のパイプでできていることから“2000の風”という洒落た名前が付けられた「パイプオルガン・ランチタイム・コンサート」は、4年近くも続けられ常連客も多くなってきているようです。
 毎月最終水曜日12時20分から30分間。入場無料で自由席、出入り自由ということですが、参加者のマナーが良く、荘厳な本堂に鳴り渡るパイプオルガンの調べに優雅なひとときを過ごすことができます。
 8月28日には、J.S.バッハの「トッカータとフーガ・ニ短調」、ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」、「アルビノーニのアダージョ」といったポピュラーな曲でした。「アルビノーニのアダージョ」は、当然アルビノーニが作曲したとものと思ってきましたが、出演者による曲目の簡単な解説で、ジャゾットの補筆であるという“新事実“ を知ることができました。


5.周辺の建物や旧跡の散策
 意外に知られていませんが、築地本願寺の境内には酒井抱一の墓があります。姫路藩主の次男として生まれ、尾形光琳の画風を引き継いで江戸琳派を完成させた人物の墓としては小さく、本堂前の駐車場広場の片隅にひっそりと立っています。
 築地本願寺の周辺の建物で目立つものは聖路加国際病院です。その中の聖ルカ礼拝堂は入院、外来患者、家族、病院職員の祈りの場として使われているところです。病院の庭園内に建つトイスラー記念館は昭和8年(1933年)聖路加国際病院の宣教師館として建設されたものです。
 すぐ近くにあるカトリック築地教会の聖堂は、関東大震災で前の建物が焼失した4年後の昭和2年(1927年)フランスの聖マグダレナ天主堂を参考に、当時のレイ大司教の意向でギリシャのパルテノンに見られるドリア式の列柱を有する形で再建されたものです。一見すると、石かコンクリートでできているようですが、木造だと聞いて驚きました。
 築地界隈は明治における西洋文化の発祥の地であるため旧跡が密集しているところで、ちょっと歩いただけでも赤穂藩浅野内匠頭邸跡、芥川龍之介生誕の地、蘭学事始の地・慶應義塾発祥の地碑、明治学院発祥の地、立教学院発祥の地、女子学院発祥の地、ガス街灯柱などいたるところに旧跡とその案内表示板が立っています。
 また、聖路加ガーデンの無料の展望室は47階にあってそこからは隅田川、東京湾方面が一望できます。

[写真ide410501〜0505]


 展覧会トピックス 2009.9.15 
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 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「三菱一号館竣工記念…一丁倫敦と丸の内スタイル展」
会 期:2009.9.3〜2010.1.11
会 場:丸の内 三菱一号館
入場料:一般 500円
休 館:月曜日、10/13、11/24、1/11
(9/21、10/12、11/23、1/11は開館)
電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.mimt.jp/japanese.html
 丸の内に赤レンガの三菱一号館が復元工事を終えて竣工しました。美術館としてのオープンは来年4月の「マネとモダン・パリ」展からですが、建物を公開披露するため、丸の内の歴史やオフィス文化を紹介する竣工記念展が開かれています。三菱一号館はジョサイア・コンドルが設計して明治27年に完成した丸の内で最初のオフィスビルですが、昭和43年に惜しまれて解体されましたが、中国で焼かれた230万個にのぼるレンガを使って忠実に復元され、丸の内に新名所が誕生しました。


2.「第1部 新・根津美術館展…国宝那智瀧図と自然造形…」
会 期:2009.10.7〜11.8
会 場:南青山 根津美術館
入場料:一般 1200円
休 館:月曜日(10/12は開館,翌10/13は休館,11/2は開館)
電 話:03-3400-2536
 http://www.nezu-muse.or.jp/
 3年半にわたって休館していた根津美術館が10月7日にいよいよ開館します。開館を記念する展覧会がこれから来年9月まで8回開催され、館蔵の古筆、茶道具、青銅器など名品が続々と展示されますので楽しみです。その第1弾として、国宝「那智瀧図」を中心に自然をモチーフにした絵画や工芸が勢ぞろいします。なお、新美術館の設計は隈研吾です。


3.開館記念特別展「速水御舟…日本画への挑戦…」
会 期:2009.10.1〜11.29
会 場:広尾 山種美術館
入場料:一般 1000円
休 館:月曜日(10/12、11/23は開館、翌火曜日は休館)
電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.yamatane-museum.or.jp/
 山種美術館は、千鳥が淵から広尾に移転しました。速水御舟の名品「炎舞」「名樹散椿」(重要文化財)をはじめ、山種美術館所蔵の御舟作品をすべてが展示されます。加えて初公開の未完の大作「婦女群像」(個人蔵)および1930年の渡欧日記(個人蔵)など合わせて120点の御舟作品が並びます。


以 上

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