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平成21年7月16日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(39)
   
東京藝術大学とその周辺の建物(その2)
      …江戸から近代・現代までの建築博物館…

井出昭一
             
 前回の続編として芸大周辺の話題になる建築を紹介します。この界隈は江戸時代から近代・現代に至るさまざまな様式の建物が集中する“建築博物館”です。その中で近代建築のみを取り上げます。
3.芸大周辺の建物
(1)旧東京音楽学校奏楽堂…今なお現役のコンサートホール
 旧東京音楽学校奏楽堂は明治23年、東京音楽学校の構内に建てられた木造2階建ての日本最初の西洋式コンサートホールです。設計したのは文部省営繕の山田半六と久留正道で、音響設計は上原六四郎が担当したといわれています。音響計画に基づいて設計されたわが国はじめてのコンサートホールとして、建築学上極めて貴重な建物であることから、昭和63年1月、重要文化財に指定されました。
 ホールの舞台正面のパイプオルガンは大正9年に徳川頼貞侯爵がイギリスから購入し、昭和3年に東京音楽学校に寄贈されたもので、日本最古のコンサート用オルガンです。滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕作が歌曲を歌い、三浦環が日本人初のオペラ公演でデビューした由緒あるところで、中山晋平など多くの音楽家を育てた記念碑的建物でもあります。
 ここで日本初演された曲はベートーベンの交響曲「運命」「田園」「合唱」を始め、ビゼーの「アルルの女」、グリークの「ペールギュント組曲」など数知れないといわれています。

 老朽化が進んだため昭和56年に使用が中止となり撤去されることになりましたが、保存運動が起こり昭和58年に東京藝術大学から台東区が譲り受け、昭和62年現在地に移築復元工事が完了しました。階段室の手摺り、ホール内のシャンデリアなど室内装飾にも細かい配慮がなされています。その上、音響効果の素晴らしさにも定評があり、現在でも年間百回以上の演奏会が開かれている現役のコンサートホールです。


(2)京成電鉄の「旧博物館・動物園駅」…味のある小建築
 東京国立博物館正門から西に向ってフェンス沿いに歩き、最初の信号の角で見過ごしてしまうほど小さな建物が、京成電鉄旧博物館・動物園駅の地下駅への入口として使われていたところです。良く見るとギリシャ風の方形の小建築で、屋根は国会議事堂の屋根を思わせるような階段状の形になっていて、入口の両側にはドーリア式の円柱まで備えています。
 昭和8年(1933年)、京成電鉄の「博物館・動物園駅」として開業して以来、博物館・動物園への行き帰りとか、近くにある東京藝術大学や上野高校の学生が便利に利用していたようですが、平成9年4月閉鎖されました。中川俊二の設計で、内部は古代ローマのパンテオン神殿風のドームだとされていますが、現在は封鎖されていて中に入ることができません。


(3)黒田記念館…無料で見られる名画と名建築
 この旧博物館・動物園駅の信号を渡った先が黒田記念館です。日本近代洋画の父・黒田清輝の遺言により、その遺産で昭和3年に美術研究所(現在の東京文化財研究所の前身)として竣工しました。岡田信一郎の設計によるルネサンス様式のコンクリート造り2階建のこの建物は、昭和初期の貴重な美術館建築として、平成13年に国の登録文化財となり復元整備されました。外壁は茶色のスクラッチタイル仕上げで、正面にはイオニア式の列柱を配したルネサンス様式の装飾豊かな建物です。列柱に曲面スクラッチタイルを貼りめぐらしてるのは極めて珍しいケースだといわれています。
 篆書体の「黒田記念館」のレリーフのある入口から入り、アールヌーヴォ−風の鋳物の手摺りを見ながら2階に上がり、右に進むと展示室の手前で黒田清輝が迎えてくれます。この恰幅の良いブロンズの胸像は高村光太郎の制作になるものです。
 記念館は黒田清輝の代表作「湖畔」、「智・感・情」(いずれも重文)を含む油彩画126点、デッサン170点のほか、写生帳、書簡、写真などを所蔵し、週2日、木曜と土曜の午後のみ公開しています。入場無料で黒田清輝の名画を、岡田信一郎の名建築の中で鑑賞できるのは素晴らしいことです。展覧会見学を木曜か土曜にして、その帰りに立ち寄れば効率的です。


(4)国際子ども図書館…華麗なルネサンス様式の明治の洋風建築
 黒田記念館の近くの大きな建物が、明治39年に「帝国図書館」として建造されたわが国最初の国立図書館です。当初、東洋最大の図書館を目指して建設が進められましたが、工事期間中に日露戦争が勃発して資金が不足したため工事に8年を要し、全体の四分の一しか完成しませんでした。
 それでも東洋最大の規模を誇っていたといわれています。鉄骨レンガ造地下1階、地上3階の建物の設計は文部省営繕の久留正道、真水英夫でした。現在道路に対している面は、当初計画では側面であったため装飾は決して多くはありませんが、それでも縦長の大きな窓と柱、柱の上部に取り付けられたメダリオン(円形装飾)は、華麗なルネサンス様式の明治期の洋風建築を彷彿させるものがあります。
 昭和4年に正面左側の三分の一が増築されました。一見すると、左右対称のようですが、“右の明治”と“左の昭和”比較するのも楽しいものです。その後、国立国会図書館支部上野図書館として利用されてきましたが、平成8年から安藤忠雄の改修設計によって工事が進められ、平成14年5月5日、国立国会図書館国際子ども図書館として新しい姿で全面開館しました。
 入口は大きなガラスのボックスが斜めに貫通するようになっていて、裏側には大きなガラスに覆われた明るく開放的な廊下が設けられています。1階の「世界を知る部屋」(旧貴賓室)、2階の「第2資料室」(旧特別閲覧室)、3階の「本のミュージアム」(旧普通閲覧室)、大階段とそれに続く廊下部分の天井や壁の漆喰装飾は明治の帝国図書館創建時の姿に復元されています。


(5)東京都美術館…前川国男の上野公園内建物三部作の一つ
 大正15年(1926年)に開館した旧東京府美術館(東京都美術館、設計:岡田信一郎)は、建物の老朽化が進む一方、利用団体・出品作品・入場者の増大により狭まくなったことから建て直すことになりました。現在の建物の設計は、東京文化会館、国立西洋美術館新館と同じ前川国男によるもので、昭和50年3月完成し、同年9月開館しました。「日展」「院展」「二科展」「一水会展」などの公募展のほか企画展も活発に開催されてきましたが「日展」は一昨年から会場を国立新美術館に移しました。


(6)護国院の庫裏…岡田信一郎の和風作品
 芸大に隣接して建つ護国院は上野の寛永寺の子院で、正式には「東叡山護国院大黒天」といい、谷中七福神の巡礼札所となっています。本堂は旧寛永寺の釈迦堂で、享保7年(1722年)に再建されたもので文化財には指定はされていませんが、寛永寺の遺構として貴重な建物です。本堂は昭和2年に現在地に移築されましたが、その工事は岡田信一郎が担当し、新たに庫裡や通用門も岡田の設計で新築されました。この庫裏は保存状況も良く、格式の高い和風建築だと評価されています。


4.エピローグ
 黒田記念館、国際子ども図書館の前の道を鶯谷駅に向かえば、右側は東京国立博物館の法隆寺宝物館、平成館、東京文化財研究所などの現代建築が並び、左側には四代将軍徳川家綱の厳有院殿霊廟勅額門、五代将軍綱吉の常憲院殿霊廟勅額門(いずれも重文)、寛永寺本堂(根本中堂:川越の喜多院の本地堂を明治12年に移築)など徳川家ゆかりの江戸期の建築が続いています。
 したがって、芸大から鶯谷駅まで歩くだけで、江戸時代から近代・現代にいたる多種多様のたてものに巡り会うことができる“建築博物館”なのです。


 展覧会トピックス 2009.7.16
 暑い夏になると、涼感を呼ぶ青磁や染付の陶磁に関する展覧会が開かれ、それらを巡り歩くのが私の恒例行事になっています。ことしは下記の通り都内だけでも8ヵ所で陶磁展が開催中です。
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「向付…茶の湯を彩る食の器…」

 会 期:2009.6.277.26
 会 場:上野毛 五島美術館
 入場料:一般1000
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.gotoh-museum.or.jp/

 
懐石に用いる器「向付」に焦点を合わせた展覧会です。和物の黄瀬戸、志野、織部、唐津、京焼のほか、中国の古染付・祥瑞などユニークなデザイン約100件もの名品が集められていて向付の素晴らしさを再認識できます。


2.「唐三彩と古代のやきもの
    …華麗なる貴族文化の遺宝…」

 会 期:2009.5.307.26
 会 場:岡本 静嘉堂文庫美術館
 入場料:一般800
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.seikado.or.jp/

 岩崎小彌太が蒐集した唐三彩の名品を中心に、黒陶や加彩灰陶、漢時代の緑釉陶器などが展示されています。



3.「染付…藍が彩るアジアの器…」

 会 期:2009.7.149.6
 会 場:上野公園 東京国立博物館
              平成館

 入場料:一般1000
 休 館:月曜日(7/208/10は開館)、
     
7/21
 http://www.tnm.go.jp/

 東博では久しぶりの陶磁特別展で、日本中の染付の名品が一堂に集められている豪華版です。中国、朝鮮、日本、ベトナム(安南)の染付が判り易く展示されています。清涼感が溢れていてこれを見れば暑さを忘れます。


4.「青磁と染付展」

 会 期:2009.4.269.23
 会 場:白金台 松岡美術館
 入場料:一般800円(65歳以上 700円)
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)、
     
9/212223開館
 http://www.matsuoka-museum.jp/

 松岡美術館の中核をなすのは中国陶磁ですが、特に染付の名品を数多く所蔵していることで知られています。その中でも一級の「青花龍唐草文天球瓶」(明時代・永楽期)も展示されています。


5.「古伊万里 小皿・向付展
        …愛しき掌の世界…」


 会 期:2009.7.59.27
 会 場:松濤 戸栗美術館
 入場料:一般1000
 休 館:月曜日(7/209/21は開館)、
     
7/219/24
 http://www.toguri-museum.or.jp/

 戸栗美術館は東洋陶磁を専門に展示し、肥前磁器が充実している美術館です。今回は小皿や向付など小さな器に焦点を当てた展覧会です。


6.「朝鮮の陶磁器展」

 会 期:2009.5.312.20
 会 場:千住橋戸町
     石洞(せきどう)美術館

 入場料:一般500円(65歳以上 無料)
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)、
       8/1116
 http://sekido-museum.jp/

 石洞美術館は2006年4月開館した陶磁を中核とする新しい美術館です。千住大橋のたもとの煉瓦タイル平面六角形の眼を惹く千住金属工業株式会社本社ビル内にあります。
高麗青磁、粉青、白磁など朝鮮の陶磁器の流れを概観できる展示です。

7.「中国陶磁…仰韶期から清代まで…」

 会 期:2009.7.58.3
 会 場:早稲田大学會津八一記念博物館
 入場料:無料
 休 館:日曜日、祝日
 http://www.waseda.jp/aizu/

 以前、大森にあった旧富岡美術館の
富岡重憲氏の蒐集品早稲田大学が引き継ぎ、會津八一記念博物館のなかに常設展示室が設けられました。大きな柱をなす中国陶磁のほぼ全時代の作品を総覧できます。

8.「黒田正博の色絵
    …赤・黒・金・銀・緑・青…」


 会 期:2009.6.279.23
 会 場:虎ノ門 菊池寛実記念 智美術館
 入場料:一般1000
 休 館:月曜日(7/209/21は開館)、
     
7/21
 http://www.musee-tomo.or.jp/

 虎の門のホテルオークラの近くに
2003年に開館した菊池智氏が収集した現代陶芸を展示する美術館です。現代建築の中で伝統的な色絵磁器と一味異なる現代色絵を鑑賞できます。

以 上

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