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平成21年6月15日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(38)
   
東京藝術大学とその周辺の建物(その1)
      …近代建築の博物館
井出昭一
  
  
所在地 : 〒110-8714 東京都台東区上野公園12−8
  電 話 : 050−5525−2013
  交 通 : JR「上野駅」・「鶯谷駅」下車 いずれも徒歩約10分
  URL : http://www.geidai.ac.jp/

                           


プロローグ 
 今回もまた大学の建物で、取り上げるのは東京藝術大学です。
上野の杜は名建築が集中している近代建築博物館ですが、その中でも東京藝術大学の構内とその周辺は話題になる近代建築が林立しているところでもあります。建物の数が多いので今回は東京藝術大学の構内の建物に絞り、近隣周辺の建物は次回に紹介します。



1.東京藝術大学の構内の建物

 明治20年に創立された東京美術学校と東京音楽学校が、昭和24年に統合されて日本で唯一の国立芸術大学として誕生したのが「東京藝術大学」です。
(正式には旧字を使うようですが、以下「芸大」と略称します。)東京国立博物館の正門前の道を北西に進み、最初の信号を越えた道路の両側が芸大で、左側が美術学部、右側が音楽学部となっています。
A.美術学部の建物
(1)陳列館…岡田信一郎“ギャラリー三部作”のひとつ 
 美術学部の門を入ってすぐ左側の建物が陳列館です。昭和4年に竣工した西洋風の展示館で、美術品を展示する近代建築の嚆矢ともいうべきものです。設計したのは岡田信一郎で、スクラッチタイル、トスカナ式の飾り柱、天窓があります。黒田記念館(登録有形文化財)、東京府立美術館(いまは東京都美術館に建て替えられました)とともに、上野の杜に建つ岡田信一郎の“ギャラリー三部作”のひとつといわれた建物です。
 岡田信一郎は、大阪中之島中央公会堂(大正7年)、鳩山一郎邸(鳩山会館、大正12年)、歌舞伎座(大正13年)、明治生命館(重文:昭和9年)などを設計しました。これらは用途が全く異なっているにもかかわらず、それぞれの分野で高く評価され“様式建築の鬼才”とも呼ばれています。
建物の設計のほか岡田信一郎はニコライ堂(重文)の補修をしたり、銅像の台座設計も数多く手がけています。


 芸大構内には、ここで学んだ彫刻家が制作した先輩・恩師の胸像(藤島武二、寺崎廣業、安井曽太郎、高村光雲、香取真秀など)が、建物の周辺や木立の中に多数置かれています。このうち橋本雅邦、川端玉章、フェノロサの台座を岡田信一郎が設計しています。
参考までに、岡田信一郎の設計した台座のうち上野公園内で最も大規模なものは「小松宮彰仁親王銅像」(銅像制作は大熊氏廣)の台座で、上野動物園入口の左側にあります。これは台座そのものが一つのモニュメントともいえるほど手の込んだ堂々としたものです。
(2)正木記念館…正木校長の功績を顕彰 
 正木記念館は、東京美術学校の校長を32年間の長期にわたって在任した第5代校長正木直彦の功績を顕彰するため昭和10年に建てられました。設計は岡田信一郎門下の金沢庸治で、白の漆喰壁、入母屋の瓦屋根は日本の伝統美術を評価してきた美術学校の姿勢を反映しています。2階には正木校長の希望により、日本画を展示するための書院造りの和室の展示室が設けられでいるようです。
 正木記念館と陳列館の間には鬼瓦屋根をいただく旧東京美術学校の玄関があります。その左側には沼田一雅が昭和11年に製作した陶造の「正木直彦先生像」が置かれています。なお、岡倉天心像(平櫛田中作)が安置されている寄せ棟屋根の瀟洒な六角堂(昭和6年)も同じ金沢庸治が設計したもので、通称「奥の細道」と称される木立の中に建っています。



(3)東京藝術大学大学美術館…ユニークな自画像コレクション
 東京美術学校が明治20年に設立されて以来、研究のために収集してきた貴重な収蔵品をまとめて展示する美術館として平成11年4月に誕生したのが東京藝術大学大学美術館です。設計は六角鬼丈で、地上4階、地下4階のうち展示室は地下2階と3階の2フロアーで、地下2階は常設展示を主として、様々な展示に対応できるよう白い箱型展示室に設計されています。
 その収蔵品は国宝・重要文化財32点を含む28,000点という有数のコレクションです。有名な収蔵品としては、国宝の「絵因果経」のほか浅井忠の「収穫」、高橋由一の「鮭」、上村松園の「序の舞」、狩野芳崖の「悲母観音」(いずれも重文)など学校の教科書で馴染み深いものが数多いのが特徴です。ユニークなのは東京美術学校の開校以来集めてきた油画(西洋画科)学生の自画像の一群です。後に巨匠と呼ばれる小磯良平、荻須高徳などの若き日の自画像が残されています。
(4)絵画棟内の「大石膏室」…石膏の大コレクション
 大学美術館の奥に建つ絵画棟の1階には大石膏室があります。昭和10年にボストン美術館から寄贈されたミケランジェロ(メディチ家の墓碑)、ドナテルロ、ヴェロッキオ(レオナルド・ダ・ヴィンチの師)などのルネサンス巨匠の石膏像34件と、日本における西洋彫刻の基盤を築いたヴィンセンゾ・ラグーザの遺品16点がその中核となっています。
 ミロのビーナス、サモトラケのニケを初め、ロダンの「バルザック像」、「青銅時代」など国内では質量ともに最も優れているといわれる石膏像が所狭ましと置かれているところです。この部屋には関係者以外は立ち入ることはできません。しかし1階ですから外からガラス越しにどんな状態かを垣間見ることはできます。(ロダンの「バルザック像」、「青銅時代」のブロンズは芸大の屋外にも置かれています。)

B.音楽学部の建物
(1)赤レンガ1号館(旧上野教育博物館書籍閲覧所書籍庫)
 美術学部と道路を隔てて対峙する音楽学部側の門を入って左に折れたところに赤レンガの建物が2棟建っています。
 赤レンガ1号館(旧上野教育博物館書籍閲覧所書籍庫)は、明治13年(1880年)に建てられた東京で最古の赤レンガの建物です。文部省が明治9年にこの地に上野教育博物館を建設し、その付属図書館の書庫として造られました。設計は林忠恕で、旧新橋駅(汐留駅)を設計したアメリカの建築家ブリジンスの弟子にあたります。古めかしい外観ですが、明治初期の様式建築の特徴を有する建築として貴重な存在です

(2)赤レンガ2号館(旧東京図書館書庫)
 赤レンガ2号館(旧東京図書館書庫)は、明治17年に設立された旧東京図書館の書庫で、明治2年東洋人として初めてアメリカのコーネル大学に留学した小島憲之の設計により明治19年(1884年)に竣工したものです。孤高の建築家であるといわれた小島憲之の唯一の遺作だといわれています。円形の窓、変形のアーチなど個性的な建物です。なお小島憲之は英語教育にも定評があり夏目漱石もその薫陶を受けたとのことです。

(3)東京藝術大学奏楽堂…音響特性重視のコンサートホール
 音楽学部のなかで大きく目立つ建物は奏楽堂です。設計したのは最高裁判所を手がけた岡田新一(岡田信一郎ではありません)で1140席を有するシューボックスタイプのコンサートホールです。管弦楽、弦楽合奏、オペラ、合唱、邦楽、声楽ソロ、パイプオルガン演奏等の用途に対応でき、それぞれの使用目的にかなった最適な音響特性を変えられるよう客席の天井全体を可動式にして変化させる方法を取り入れていて、奏楽堂という古風な名前と対照的に設備は極めて近代的です。ここでは定期演奏会や無料のモーニングコンサートが開かれていますので、そうした機会に内部をゆっくり見学することができます。

 次回は、芸大の近隣・周辺の建物をいくつか紹介します。
 展覧会トピックス 2009.6.15 
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
[写真ide380801-02]

1.「富岡重憲が蒐めたもの…開室記念展示…」
会 期:2009.5.126.29
会 場:早稲田大学會津八一記念博物館(早稲田大学キャンパス内)
入場料:無料
休 館: 日曜日、祝日
電 話:03-5286-3835
http://www.waseda.jp/aizu/index-j.html
 平成に閉鎖した富岡美術館(大田区山王)の所蔵品が早稲田大学に寄贈され、これらを通年公開するための常設展示室が會津八一記念館の1階に創設されてその最初の展覧会です。
 ここでは日本重化学工業株式会社の創業者・富岡重憲氏が蒐集した重要文化財、重要美術品を含む禅画と東洋陶磁が順次展示されることになっています。なお1階には、早稲田大学の創立者の大隈重信の事績を辿ることができる大隈記念室が設けられ、2階には早稲田大学美術史学の生み親である會津八一が集めた東洋古代美術のコレクション、歌人・書家としても評価の高い會津八一の書も常時展示されています。入館料が無料とはいえ、展示品が充実していていつでも楽しめる博物館です。


2.「日本の美術館名品展…美協連25周年記念…」
会 期:2009.4.257.5
会 場:上野公園 東京都美術館
入場料:一般1400円(65歳以上 800円)
休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
電 話:0357778600(ハローダイヤル)
http://www.tobikan.jp/museum/japan.html
 美術館連絡協議会の創立25周年を記念して、全国の公立美術館100館が参加して各館の所蔵品の中から選りすぐりの名品を集めて公開するという初めての展覧会です。西洋絵画50点、日本近代・現代絵画70点、日本画50点、版画・彫刻50点の合計220点の名品が一堂に会していますので、一見に値する展覧会です。

3.「ル・コルビュジエと国立西洋美術館」
会 期:2009.6.48.30
会 場:上野公園 国立西洋美術館
入場料:一般420
休 館: 月曜日(7/208/10は開館)、7/21
電 話:035777-8600(ハローダイヤル)
  国立西洋美術館は今年の6月で開館50周年を迎えました。それを記念してル・コルビュジエが設計した本館に焦点を当てた小展覧会です。本館は、ル・コルビュジエに師事した坂倉準三、前川國男、吉阪隆正の3人の建築家が現場管理を担当して完成させた日本で唯一のル・コルビュジエ作品です。本館の歴史を写真や資料によって辿り、ル・コルビュジエが作製した12点の設計図面やスケッチ、模型なども展示されます。
  http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/corbusier200906.html

                               以 上

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