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平成21年5月17日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(37)
   
学習院大学の建物
      …目白キャンパスの7棟の登録有形文化財を訪ねて
井出昭一
  
  
所在地 : 〒171-8588 東京都豊島区目白1-5-1
  電 話 : 03-3986-0221(代表)
  交 通 : JR山手線「目白駅」下車 改札口から30秒
  URL : http://www.gakushuin.ac.jp/univ/

                           

1.目白駅前の由緒ある大学   
 今回も“大学建築”を続けます。取り上げるのは学習院大学です。
 学習院大学は、JR山手線の目白駅の改札口を出て右側の信号を渡ったところにあります。目白駅は改札口が1ヵ所のみですから決して迷うことはありません。大学のキャンパスマップのチラシには「改札口から徒歩30秒」となっていますが、「徒歩30秒」などという表現は初めてお目にかかりました。とにかく都内の大学でJRの駅前に位置するのは学習院大学だけです。
 学習院の歴史は古く、明治10年(1877年)、華族の子女教育を目的として神田錦町に創設され、その後何回か移転を経た後、現在の目白の地に落ち着きました。昨年は「目白キャンパスの100年」という節目の年で各種のイベントが開催されました。
 毎年4月第2日曜日は「オール学習院の集い」として目白キャンパスを一般に開放し、10月末から11月上旬に開催される大学祭のときも自由に構内を見学できます。
2.構内に点在する登録有形文化財の建物
 山手線のなかの20万u(約6.2万坪)にわたる広大な大学構内は、緑に囲まれ、池あり谷ありで起伏に富んでいるところです。新旧様々な建物が建っている目白キャンパスには国の登録有形文化財の建物が7棟も点在していますのでそれらを順次紹介します。
(1)正門…時代を感じる篆書体の「学習院」の門標
 目白駅の改札を出た向かいの門は西門で交通至便ですが、正門は目白通りを千歳橋方面に進んだ所にあります。この正門の門柱は明治42年(1908年)目白キャンパスが開設当時のもので、右の門柱の「学習院」の大きな篆書体の文字は歴史の長さを感じさせます。古い写真を見ると門柱の上に外灯が付いていますが現在はありません。左側の「学習院大学」の力強い門標は戦後の教育界に多大な功績を残した安部能成院長が昭和35年(1960年)に揮毫したとされています。
(2)北別館(旧図書館)…古き良き時代の名残り

 正門を入って学習院創立百周年記念会館を右手に見ながら進むと、木立のなかに木造の北別館の姿が見えてきます。これは明治42年に今の位置より80メートル南側に図書館として建てられました。設計は東京音楽学校奏楽堂(重要文化財)や帝室図書館(現国際こども図書館)を手がけた久留正道です。当初は比翼型の建物でしたが、昭和54年に片翼が切り離されてL字型となり現在地に移動し、大学史料館として使われています。上野公園の東京音楽学校奏楽堂と似ていて、どことなく古き良き時代の香が漂うような建物です。



(3)東別館(旧皇族寮)…大正初期の寄宿舎として貴重な遺産

 北別館の東側の木造2階建ての建物は大正2年4月に皇族学生の寄宿舎(別寮)として建てられ、昭和10年代後半まで皇族寮として使われたものです。全寮制だった当時の皇族寮では山階宮武彦王、秩父宮雍仁親王などもここで過ごされたとのことです。設計したのは宮内省内匠寮で、車寄せの庇が高く設けられているのは、馬車で登校される皇族に配慮したもので、庇の正面や柱頭部には学習院の校章の桜の花がデザインされています。明治から大正期にかけての建てられた寄宿舎で現存するものは極めて少なく貴重な遺産となっています。


(4)南1号館(旧理科特別教場)…ネオ・ゴシック様式の建物

 中央教室のあった南側に建つ風格ある南1号館は関東大震災後の昭和2年(1927年)に耐震性を考慮してコンクリートで建てられた理科特別教場で、設計は東別館(旧皇族寮)と同じ宮内省内匠寮です。外壁はスクラッチタイル張りで、東大の本郷キャンパスの建物と似た雰囲気をもっていて、現在は理学部の教室として使用されています。

(5)西1号館(旧中等科教場)…内部はアール・デコ様式

 南1号館(旧理科特別教場
の近くには、昭和5年(1930年)に中等科教場が宮内省内匠寮の設計で建てられました。基本設計は、朝香宮邸(現在の東京都庭園美術館)を手掛けた権藤要吉です。1学級20名を想定し普通教室15室を有し、現在は外国語関係の教室として使われています。一部の教室にはステンドグラスの窓や大理石を暖炉風に模したストーブ置場が設けられていたといわれています。
(6)乃木館(旧総寮部)…乃木院長が学生と生活を共にした建物

 
学習院が目白の地に移転した際、現在の野球場のところに6棟の寄宿舎が軒を連ね、寄宿事務室であった総寮部は正門を入って左側の現在の幼稚園と東別館の間に建てられていました。この総寮部内の1室に第10代院長乃木希典が4年間生徒と寝食を共にし、その建物の一部が乃木館として西1号館(旧中等科教場)の南側の木立のなかに移築されています。なお、乃木院長時代には院長官舎は皇族学生寮に転用され、現在は博物館「明治村」に移築保存されています。

 寄宿舎で楽しきことを数ふれば
        撃剣音読朝めしの味
               乃木院長の歌


(7)厩舎…山手線の中にある馬場と厩舎

 登録有形文化財の最後は厩舎です。明治41年(1908年)赤坂の憲兵分隊から移転したといわれ、キャンパス内で最も古い建物です。かつて馬場と厩舎は目白通りの北側、現在の目白小学校の場所にあったそうですが、昭和2年(1927年)に現在地に移転しました。

 乃木館から林のなかを通り、細い坂道を下ってゆくと厩舎に辿り着き、その前に馬場が広がっています。山手線の中に厩舎と馬場があるとは驚くばかりです。学習院の馬術部は120年以上の歴史を有する名門で私が訪ねた時も粛々と練習が行われていました。
 以上は、登録有形文化財を中心に紹介しましたが、「目白キャンパス散策マップ」によると、学習院の清浄の境域とされる「御榊壇(おさかきだん)」、堀部安兵衛が血刀を洗ったと言い伝えのある「血洗の池」、乃木院長の愛馬の「乃木号の碑」をはじめ「出陣の碑」、「芭蕉の句碑」などが点在し、とても半日では周り切れないほど見どころの多い都心のキャンパスです。
3.惜しまれて消えた「ピラミッド校舎」
 学習院の目白キャンパスには日本を代表する建築家前川國男が設計した名物校舎がありました。それは「中央教室」で、昭和35年(1960年)学習院創立85周年記念事業として建築されました。高さ25m、一辺の長さ30mで、700名を収容できる講義室で、ピラミッドのような独特の外形をしていたことから「ピラミッド校舎」「ピラ校」とも呼ばれて話題を提供してきた建物です。
 前川國男はこの中央教室を取り囲むように本部棟、北1号館、南2号館の設計を手がけ、「複数の建物と広場から構成される校舎群全体をデザイン」(「旧中央教室前噴水御影石」の解説表示板)したとされていますが、本部棟が平成3年(1991年)に取り壊され、平成20年(2008年)1月にはキャンパスのランドマークともなっていた中央教室も解体され、この前川構想の中核となる二つの建物が消え去ってしまいました。
 中央教室が解体される直前に見学会が2日間開かれ一般公開されました。これに参加できなかったのでしばらくして訪ねたところすでに解体が終わり、ピラミッドは消えて更地になっていました。平成16年(2004年)6月、私の所属しているグループで豊島区の散策をした際に写した写真が私の手元にある数少ないピラミッド校舎の貴重な写真です。
 中央教室は長い歴史を有する学習院大学にあって記念碑的建物であり、しかも現在キャンパス内の建物の名称が「北1号館」「西5号館」のように、この中央教室を基準にして方向を表すという“キャンパスの原点”ともなっていた建物でした。こうした建物が突然消滅したことは本当に残念なことです。跡地では2009年度中の竣工を目指して、地上11階、地下1階の中央教育研究棟の建築工事が着々と進められ、ピラミッド校舎の頂上とも思われる部分が置かれていました。



4.学習院女子大学の鉄門と周辺の建物散策
 目白キャンパスからは少しはなれていますが、重要文化財に指定されている学習院女子大学の鉄門を紹介します。
 明治通りに沿って新しくできた東京メトロの副都心線の西早稲田駅近くに赤く塗られてひときわ眼を惹く校門があります。それが学習院女子大学のシンボルともなっている正門です。
 この門は神田錦町に設立された学習院の正門として建てられましたが、1886年(明治19年)の火災で校舎が焼失し、学習院が移転した後各所を転々とし、1928年(昭和3年)に目白の学習院本院に戻り、1949年(昭和24年)に現在地へ移されという経緯を辿っています。現在は学習院女子大学と学習院女子中・高等科の正門になっていますが、日本最古の鋳鉄製の門として国の重要文化財に指定されています。鋳物で有名な埼玉県川口で作られたとのことです。この学習院女子大学の敷地は近衛騎兵連隊の跡地で、裏門、長く続くレンガ塀、当時からのレンガ棟などは風情があります。


 ところで、学習院の目白キャンパス周辺は、日本女子大学「成瀬記念講堂」、旧細川侯爵邸(和敬塾)、永青文庫、蕉雨園(旧田中光顕邸:非公開)、芭蕉庵、椿山荘、東京カテドラル聖マリア大聖堂、野間記念館など古今の名建築や美術館が集中していて建物散策をするのに申し分ないコースです。足と時間に余裕があって早稲田キャンパスまで足を延ばせば、重要文化財に指定された大隈講堂をはじめ坪内博士記念演劇博物館、會津八一記念博物館なども愉しむことができます。

 展覧会トピックス 2009.5.17 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「板谷波山をめぐる近代陶芸」

会 期:2009.4.186.14
会 場:六本木 泉屋博古館分館
入場料:一般520
休 館: 月曜日
電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/

 板谷波山のトレードマークは、「葆光釉」と呼ばれるやわらかな質感の釉薬です。展示中の「葆光彩磁珍果文花瓶」は、近代の陶磁器として平成14年に初めて重要文化財に指定された作品です。このほか「彩磁」「白磁」「青磁」など様々な技法および中国やインドネシアの模様を取り入れたデザインなど、大正期に制作された波山の作品が多数展示されています。波山を含め三代清風与平、初代伊東陶山、初代宮川香山、初代諏訪蘇山の5人が陶芸家として帝室技芸員に任命されましたが、これらの作品も一同に展示されています。


2.「三井家伝来 茶の湯の名品」

会 期:2009.4.156.28
会 場:日本橋室町 三井記念美術館
    (三井本館7階)

入場料:一般1000円(70歳以上 800円)
休 館: 月曜日
電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition_01.html

 茶の湯にかかわる美術品は三井11家のうち北三井家、新町三井家、室町三井家のものが中心となり、ことに茶道具は初代の高利以来、長い間に収集されたために内容は極めて多様で、国宝の志野茶碗「卯花墻」をはじめ質の高さにおいても定評があります。日本橋に移転してから館蔵茶道具の名品を一堂に公開するのは初めてのことです。


3.「芸大コレクション展…春の名品選…」

会 期:2009.4.146.14
会 場:上野公園 東京藝術大学大学美術館
入場料:一般300
休 館: 月曜日
電 話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.geidai.ac.jp/museum/

 開館10周年を記念し、明治22年の開校以来120年余り収集されてきたコレクションを春季、夏季の二期に分けて展示します。重文の「小野雪見御幸絵巻」、原田直次郎「靴屋の親爺」などが公開されるほか、二つの特集陳列も楽しめます。

特集陳列1「工芸下図の世界」
 収蔵している工芸図案・意匠の写しや下図類のなかから、「正倉院文様図巻」(岸光景作)、狩野芳崖の図案類、柴田是真の明治宮殿天井綴織下図などを展示。
特集陳列2「平櫛田中コレクションより−昭和初期の彫刻を中心に」
 近代彫刻史に多大な役割を果たした平櫛田中が長年にわたり収集し、大学に寄贈した作品の中から昭和初期の作品を紹介。

以 上

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