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平成21年4月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(36)
   
明治学院大学の建物
      …美しい3棟の洋風建物
井出昭一

  
  
所在地:〒108-8636 東京都港区白金台1-2-37
  交 通:東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線の「白金台駅」と「白金高輪駅」から
         いずれも徒歩約7分
      都営地鉄下浅草線「高輪台駅」からも徒歩約7分
  URL:
http://www.meijigakuin.ac.jp/
                           

1.プロローグ
 前回の早稲田大学キャンパスの後を受けて“大学建築”を続けます。今回取り上げるのは明治20年にヘボン博士によって創設され、その生涯を貫く信念"Do for Others"を教育理念として今に受け継ぐ明治学院大学です。

2.3棟の洋風建物…記念館・インブリー館・礼拝堂…
 明治学院の白金台キャンパスは、桜田通りと目黒通りに挟まれていて、東京メトロ南北線と都営地下鉄三田線の「白金台駅」と「白金高輪駅」、都営地鉄下浅草線「高輪台駅」の地下鉄3駅いずれからも徒歩で約7分のところに位置しています。
 正門を入るとなだらかな坂があり、桜田通り側は芝生の広場が広がっています。広場の先は記念館、向かいには礼拝堂、記念館の奥にはインブリー館と、美しいレンガや木造の西洋風の建物が並んでいるので突然別世界へ入ったような感じになります。高輪台駅の方向からキャンパスに行く場合、桜田通りに架かる横断陸橋を渡りますが、ここからの眺めは格別でキャンパスの洋風建物3棟が一望できます。


 最初に目に入る「記念館」は1890年(明治23年)に神学部校舎兼図書館として建てられたネオゴシック様式の銅板葺きの建物です。設計はアメリカ人で当時明治学院大学の教授であったランディスといわれ、当初は1・2階ともレンガ造でしたが、明治27年の大地震で被害を受け2階だけ木造に改められました。レンガを使った素朴で自由な感覚のデザインが特色です。入口の尖塔アーチの部分には[1890]と明治23年の竣工年が刻まれています。

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 並んで建つ木造2階建て銅板葺きの「インブリー館」は、下見板張りペンキ塗りで素朴な感じのアメリカンコロニアル様式の建物です。アメリカの宣教師ウィリアム・インブリーの住居として明治22年(1889年)頃建てられました。明治期に来日した外国人宣教師用として構内には3棟の洋風住宅が建てられましたが、唯一現存する貴重な遺構として歴史的価値が認められ重要文化財に指定されています。

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その向かいの礼拝堂は、1916年(大正5年)竣工のレンガ造り2階建てで、明治学院のシンボル的存在の建物です。アメリカ生まれのキリスト教徒伝道者で、日本各地に数多くの教会・学校の名建築を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズの初期の作品です。
 急こう配のスレート葺きの屋根と縦桟の多い窓のデザインと落ち着いたレンガの外壁に添えられている石の控え壁が特徴です。内部は広々とした空間が広がり、1919年(大正8年)ヴォーリズは一柳子爵令嬢の満喜子との結婚式をこの礼拝堂で挙げています。
「記念館」と「礼拝堂」はともに港区の有形文化財に指定されています。

3.『桜の実の熟する時』に登場する明治学院
 明治学院がこの白金の地に開校したのは明治20年(1887年)9月のことですが、開校までに普通学部校舎、サンダム館(講堂)およびヘボン館(寄宿舎)が建てられていて、引き続いて神学部校舎兼図書館(現在の記念館)や当時学院で教えていた宣教師の住宅などの西洋館が相次いで建てられたといわれています。現在でも目立つ建物ですから、往時はさぞかし壮観だったと思われます。
 島崎藤村の自伝体の長編小説『桜の実の熟する時』は、藤村が明治学院に在学中の時期を若い読者向けに書いたものですが、この中には、当時のキャンパス内の状況がありありと書かれているところが何カ所もあります。
 「彼(岸本捨吉:主人公)は風呂敷包だけを抱えて岡の上に立つ一群の建築物に別れを告げた。一番高いところにある寄宿舎の塔、食堂の廊下の柱、よく行った図書館の窓、教会堂の様式と学校風の意匠とを按排(あんばい)してそれを外部に直立した赤煉瓦の煙筒に結びつけたかのような灰色な木造の校堂の側面、あだかも植民地の村落のように三棟並んだ亜米利加人の教授の住宅、その魚鱗形(うろこがた)の板壁の見える一人の教授の家の前から緩慢(なだらか)な岡の地勢に添うて学校の表門の方へ弧線を描いている一筋の径(こみち)なぞが最後に捨吉の眼に映った。」
 現在の記念館については「捨吉にはもう一つ足の向く窓がある。新しく構内に出来た赤煉瓦の建物は、一部は神学部の教室で、一部は学校の図書館に成っていた。まだペンキの香のする階段を上って行って二階の部屋へ出ると、そこに沢山並べた書架がある。」と記しています。
 「向うの講堂の前から敷地つづきの庭へかけて三棟並んだ西洋館はいずれも捨吉(岸本)が教えを受ける亜米利加人の教授達の住居だ。」ここに記された三棟の建物は構内の西南の隅(現高校校舎の敷地)に建っていましたが現在は残っていません。
 これらの建物とは別に構内東北隅にあった宣教師住宅でただ一つ現存するのが「インブリー館」です。昭和39年(1964年)に現在の地に曳屋され、平成9年(1997年)保存修復工事を終えています。
なお、明治学院の第1回卒業生である藤村は校歌を作詞し、その自筆の碑が礼拝堂の西側に建てられています。

4.多才な建築家ヴォーリズ
 礼拝堂を設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズは実に多才な人です。アメリカで生まれ、英語を教えるために来日しました。来日後は日本の各地で数多くの西洋建築を手がけ、学校、教会、病院、デパート、個人住宅など種類も様式も多彩な建築を数多く残しています。ヴォーリズ合名会社[後の近江兄弟社]の創業者としてメンソレータム(現:メンターム)を広め、YMCA活動を通じてプロテスタントの伝道も熱心に務めたほか音楽の面でも賛美歌の作詞作曲を手掛けたり、ハモンドオルガンを日本に紹介したのもヴォーリズです。
 学校建築では同志社大学今出川キャンパスの啓明館(図書館)、アーモスト館、致遠館、関西学院大学の建築群が有名です(注)。
  東京で身近に見られるヴォーリズ建築は神田駿河台の高台に建つ「山の上ホテル」です。中央の塔や玄関上部のジグザグ状のデザインが特徴的な6階建の建物で、昭和12年(1937年)「佐藤新興生活館」として建てられました。戦後昭和29年(1954年)にホテルとして誕生し、池波正太郎、山口瞳、高見順、三島由紀夫など作家や文化人が常宿としたホテルとしても知られています。
 神田駿河台の「主婦の友本社ビル」もヴォーリズが設計した建物でしたが、こちらは磯崎新の設計で「お茶の水スクエア」として高層ビルに建て替えられました。ヴォーリズが当初設計した古典様式のファサードはそのまま再現され、往時の面影を偲ぶことはできます。現在、お茶の水スクエアは日本大学お茶の水キャンパスとなっています。

  
(注) 同志社大学の建物については『同志社キャンパスの赤煉瓦建築…重要文化財5棟と登録有形文化財3棟が集中…』(平成19年7月)で紹介しています。

5.エピローグ … 周辺の建物散策
 明治学院のある白金台や高輪界隈には見どころの多い建物が集中していますので周辺を散策するのも楽しいものです。
明治学院と地続きの八芳園の土地は明治時代、渋沢栄一の従兄弟・渋沢喜作の住まいでしたが、大正時代には日立製作所の創設者・久原房之助の屋敷となりました。堂々とした門構えの長屋門を入った正面は「壺中庵」で久原氏の私邸だったところです。山あり谷あり池もある変化に富んだ回遊式の日本庭園のなかには茶室「霞峰庵」「夢庵」などが点在し風情があります。

 八芳園の桑原坂の向かい側が瑞聖寺です。本堂の大雄宝殿は堂々としていて都心にこのような建物があったのかと驚くほどです。これは中国の明時代の様式を伝える唯一現存の建物として国の重要文化財に指定されています。瑞聖寺は江戸時代に黄檗宗を開いた隠元の弟子に当たる木庵が、寛文10年(1670年)に徳川家綱の命を受けて創建した寺で、境内には本堂のほか入母屋造りの鐘楼、冠木門も残っています。



 明治学院前の広い桜田通りの横断陸橋を渡って行くと高輪警察署前の交差点の角にそびえる高輪消防署二本榎出張所が見えてきます。東京で唯一の望楼のある戦前からの消防署で海抜25メートルの位置にあり、昭和8年12月に竣工したころは東京湾を眼下に見下ろしたため「岸壁上の灯台」とか「海原を行く軍艦」などと呼ばれたようです。

 このように新旧様々な建物に出会えるのが白金台・高輪界隈です。

展覧会トピックス 2009.04.20 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ…恵の居場所をつくる…」
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 会 期:2009.4.4〜6.21
 会 場:東新橋 汐留ミュージアム(パナソニック電工ビル4階)
 入場料:一般 500円(65歳以上 400円)
 休 館: 月曜日(5/40は開館)
 http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/
 ヴォーリズ建築の魅力を、貴重なオリジナル図面、写真、映像など多数を紹介しています。軽井沢の旧ヴォーリズ山荘(現:浮田克躬山荘)を原寸大模型で復元し、彼が目指した「理想の住空間」を体感できます。
2.「人間国宝…鹿児島寿蔵展」
 企 画:東京ステーションギャラリー
 会 期:2009.4.7〜7.20
 会 場:東新橋 旧新橋停車場
     鉄道歴史展示室

 入場料:無料
 休 館:月曜日
    (
5/47/20は開館、5/7は休館)
 http://www.ejrcf.or.jp/shinbashi/
 「紙塑人形」という名称は、鹿児島寿蔵が「こわれない、色の落ちない人形を」を追求し昭和8年に創始して命名したものです。鹿児島寿蔵の代表的作品35点のほか、紙塑人形を詠んだ歌「おほかたは吾が手はなれて目にふれず のこるは創りし日のこころのみ」などの自筆の書も展示されています。寿蔵は宮中歌会始めの選者を8回も務めたアララギ派の歌人としても知られています。

3.「水墨画・古筆と陶芸…館蔵 春の優品展」
 会 期:2009.4.4〜5.10
 会 場:上野毛 五島美術館
 入場料:一般700円
 休 館:月曜日(5/4は開館)
 http://www.gotoh-museum.or.jp/
 絵画(室町時代の水墨画・近代日本画)、書跡(平安・鎌倉時代の古筆)と陶芸(桃山・江戸時代のやきもの)など館蔵品の中から名品約60点を選び展観しています。国宝「源氏物語絵巻」は4月29日から5月10日までの期間のみ特別展示されます。
                  
  以上

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