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平成21年2月15日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(34)
   
“旧岩崎久彌邸”(撞球室・和館の部)
      …コンドル設計の撞球室と名棟梁“念仏喜十”の和館
井出昭一
  
  所在地:〒110-0008 東京都台東区池之端1-3-45
  問合先:旧岩崎庭園サービスセンター 03-3823-8340
  交 通: 東京メトロ千代田線「湯島」(C13出口)下車 徒歩3分
  URL: http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index035.html
                           

プロローグ
 前回に引き続き旧岩崎久彌邸の撞球室と和館を紹介します。前述の通り旧岩崎久彌邸は、昭和36年(1961年)に洋館と撞球室が重要文化財に指定されたのに続き、 昭和44年(1969年)に和館大広間と洋館東脇の袖塀とが、更に平成11年(1999年)には宅地・ 煉瓦塀を含めた屋敷全体と実測図 が重要文化財に指定されています。
1.洋館とは対照的な撞球室
 撞球室を設計したのは洋館と同じジョサイア・コンドルで、完成したのは洋館のできた数年後だといわれています。撞球とはビリヤードのことです。当時の上流階級の社交には欠かせない遊技だったようで、コンドルが設計した鹿鳴館の1階にも設けられていました。洋館がイギリスのジャコビアン様式に対して、撞球室は木造平屋のゴシック建築でスイスの山小屋風の建物です。
スレートで葺かれた切妻屋根は一見素朴なようですが、妻壁にはうろこ状の板が貼られ、外壁は校倉造り、ベランダの立つ柱にも刻みが入っているなど随所に細かい配慮がなされている建物です。内部には入れませんが、扉が開かれているので室内の様子を窺うとトラスにも装飾が施されていることは判ります。洋館とは地下通路でつながっているようですがこの部分は非公開です。



2.厳選した建材が使われた和館
 書院造りを基調とする和館を設計したのは岩崎家の営繕関係の最高責任者であった岡本春道で、洋館と同じ明治29年(1896年)に大河喜十郎を棟梁として建てられといわれています。大河喜十郎は常に念仏を唱えながら大工仕事をしていたので“念仏喜十”との別名で呼ばれる名棟梁で、田中光顕邸(蕉雨園:非公開)をはじめ当時の政財界の大邸宅を数多く手掛けています。完成当時の和館は建坪550坪に及び洋館を遥かにしのぐ規模で、居室だけでも14部屋を有する豪壮な邸宅でしたが、現存するのは書院造りの大広間を中心とする3屋のみです。
 この広間の床の壁絵、襖絵、板絵のほとんどは、横山大観や川合玉堂の師匠で近代日本画の親といわれる橋本雅邦が描いた四季の障壁画が残されていますが、退色が激しいため目を凝らして見ないと形が分かりにくいのは残念です。


 岩崎家が所有していた深川の清澄庭園や駒込の六義園が対外的な社交の場として使われたのに対し、ここは岩崎家の日常生活の場で、長男の結婚式や3人の娘の雛祭りなど身内の会合や行事に使われました。
 入側(畳廊下)の天井、鴨居、長押には単材が使われていてどこにも継ぎ目や節目は見当たりませんので、いかに杉や檜などの巨木が厳選されたかがうかがえます。欄間、書院の組格子、釘隠し、襖の引き手、和館と洋館をつなぐ廊下の舟底天井などいたるところに岩崎家の家紋の三階菱を基調にしたデザインが配されていて細部にまで入念な意匠が凝らされています。


3.和式と洋式の庭園が併存
 岩崎久彌邸は1万5000坪の敷地に20棟の建物が建っていましたが現存するのは洋館、撞球室、和館のみです。これらはそれぞれ雰囲気の異なる建物ですが、見落としてならないのは和式と洋式の庭園が併存していることです。大正12年(1923年)に東京を襲った関東大震災の際には、本邸と庭園が開放されて1万人の地元住民が避難したといわれています。その広さもさることながら、自宅を開放したということは驚くべきことです。
 芝生を張った西洋風の庭園は今では珍しいことではありませんが、明治時代は極めて斬新だったと思われます。岩崎邸の和風庭園は、大名庭園の形式を一部残しながら本邸建築時に池を埋めて芝を張り、庭石 ・灯篭 ・築山が設けられました。往時を偲ぶ庭の様子は、石碑、 庭石、モッコクの大木などに見ることができます。大広間の南側には、沓脱石、手水鉢、灯籠などが配されていますがいずれも小さな茶室のものとは異なり、すべてが巨石でその大きさに圧倒されるほどです。
 三菱家の家紋「三階菱」が彫り込まれている洋館東脇の袖壁や、正門から無縁坂をぐるりと取り囲む煉瓦塀も重要文化財に指定されています。


エピローグ…三菱史料館とコンドルの建物…   
 岩崎庭園を訪れた際には、三菱史料館まで足を伸ばしてください。正門を出たら左に折れて煉瓦塀に沿って無縁坂を進み、登ったところを左に折れて高い塀に沿って行くと三菱史料館に着きます。三菱創業以来の本社・各社の史料が展示されていて無料で見学できます。
 ところで、ジョサイア・コンドルが設計し、明治27年(1894年)丸の内に完成した日本で初めてのオフィスビルが三菱一号館です。
 私が入社した当時、明治生命館(ここは三菱二号館の跡地です)のすぐ近くに建っていた古めかしい一号館の前を何度も通りました。昭和41年に惜しまれながら解体され丸の内からレンガのオフィスビルはすべて姿を消してしました。今考えると写真に撮っておけば良かったと残念に思っています。幸いなことに、同じ地に三菱一号館が美術館として復活することになり、高層ビルが林立する丸の内の一角に懐かしい赤レンガの建物が再び姿を現わし始めました。開館するのは来年(2010年)4月で、開館記念展は「マネとモダン・パリ」が予定されていますが、今からその日を待ち望んでいるところです。
 なお、東京に現存するコンドルが設計した建物は、三菱関係の岩崎彌之助高輪本邸(現:開東閣)、岩崎彌之助家霊廟(静嘉堂文庫敷地内)のほか、旧三井別邸(現:三井倶楽部)、古河虎之助邸(現:古河庭園内洋館)、島津忠重公爵邸(現:清泉女子大学本館)などです。いずれも独特の風格を備えていて何度訪れても見あきない建物ばかりです。


 展覧会トピックス 2009.02.15 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「加山又造展…日本画・陶・着物・ジュエリー…」
 http://www.kayamaten.jp/
 会 場:六本木 国立新美術館
 会 期:2009.1.21~3.2
 入場料:一般 1300円
 休 館:火曜日(祝日の場合は翌日)
 現代日本画を代表する画家の一人である加山又造の60年にわたる画業の回顧展です。初期の動物画、装飾的な屏風、琳派などに繋がる作品、線描美しい裸婦像、水墨画などの絵画ばかりでなく、絵付けをした陶器、着物、デザインによる装飾品など工芸品を含む約100点が展示されています。
2.「源氏千年と物語絵…最高の源氏学者・細川幽斎…」
 http://www.eiseibunko.com/
 会 場:永青文庫
 会 期:2009.1.10~3.15
 入場料:一般600円
 休 館:月曜日(祝日の場合は開館)
 『源氏物語』や『伊勢物語』『平家物語』『太平記』の名場面に取材した絵画や工芸作品に加え、重要文化財「長谷雄草紙(はせおぞうし)」や「秋夜長物語絵巻」「北野天神縁起絵巻」などの絵巻を展示しています。特に「長谷雄草紙」は修復後初公開で展示は5年ぶりとのことです。
 永青文庫敷地内の細川家17代護貞邸が別館として一般公開され、永青文庫理事長で元首相の細川護熙氏の陶芸、書、水墨、漆芸の作品が展示されています。



3.特別公開「重要文化財 横山大観《生々流転》」
  http://www.momat.go.jp/Honkan/honkan.html
 会 場:東京国立近代美術館・本館 
 会 期:2009.1.20~3.8
 入場料:一般 420円(65歳以上無料)
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 長さが40mにも及ぶ横山大観の畢生の大作で、2年ぶりに全巻が展示されます。大気中の水蒸気からできた一粒の水滴が川となって大海に注ぎ、やがて龍となって天に昇る水の一生を墨一色で描いたものです。

以上

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