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平成21年1月19日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(33)
   
“旧岩崎久彌邸”(洋館の部)
      …コンドルが設計した洋風邸宅の傑作
井出昭一
 所在地:〒110-0008 東京都台東区池之端1-3-45
 問合先:旧岩崎庭園サービスセンター 03-3823-8340
 交 通: 東京メトロ千代田線「湯島」(C13)下車 徒歩3分
 URL: http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index035.html                             

プロローグ

 不忍池に近い旧岩崎庭園は、かつて岩崎家の茅町本邸の建っていたところで現在は洋館・撞球室・和館が残されています。今回訪ねるのは洋館の旧岩崎久彌邸で、隣接の撞球室と和館は次回紹介します。

1.岩崎家の残した邸宅

 『都立庭園案内…東京のオアシス発見…』いうチラシに掲載されている東京都管理下の9庭園のうち4庭園(旧岩崎庭園、六義園、清澄庭園、殿ヶ谷戸庭園)が、財閥の岩崎家一族の所有だったということは、いかに岩崎家の資産が莫大であったかを示すもので驚くばかりです。

(参考までに、岩崎家以外の5庭園は浜離宮恩賜庭園、旧芝離宮恩賜庭園、小石川後楽園、向島百花園、旧古河庭園です。)
江戸時代から300年の歴史を有する三井財閥の三井家が総領家の北家をはじめ新町家、室町家、南家など十一家の連携のよって継続されてきたのに対し、明治3年に創立された三菱財閥は岩崎家の本家と分家の両家が交互に主導してきましたので極めて対象的です。すなわち岩崎家の当主は初代が彌太郎、2代は彌太郎の弟の彌之助、3代は彌太郎の長男・久彌、4代は彌之助の長男・小彌太によって引き継がれてきました。
 この4代の岩崎家の当主・社長(三菱合資会社→株式会社三菱社→株式会社三菱本社)が本邸とした建物は、駿河台本邸、茅町本邸、高輪本邸、鳥居坂本邸の4ヵ所です。駿河台本邸と鳥居坂本邸はそれぞれ関東大震災と第二次世界大戦で焼失しましたので、現存するのは茅町本邸(旧岩崎久彌邸)と高輪本邸(岩崎彌之助邸<開東閣>)のみです。(注)
注)岩崎家の当主と本邸の関係
 初代 彌太郎(1835〜1885 50歳) 
    駿河台本邸(明治10年〜明治15年) 
    茅町本邸(明治15年〜明治18年逝去)
 2代 彌之助(1851〜1908 57歳) 
    駿河台本邸(明治15年〜明治18年社長就任〜明治40年) 
    高輪本邸(明治40年〜明治41年3月逝去)
 3代 久彌(1865〜1955 90歳)
    駒込別邸(明治27年社長就任〜明治29年)
    茅町本邸(明治29年8月〜大正5年社長退任〜昭和24年末広農場別邸に
         隠棲〜昭和30年逝去)
 4代 小彌太(1879〜1945 66歳) 
    駿河台本邸(明治40年〜大正5年社長就任〜大正12年関東大震災で焼失) 
    鳥居坂本邸(昭和4年〜昭和20年5月空襲で焼失)
    熱海別邸「陽和洞」(昭和20年12月逝去)

2.岩崎久彌邸の経緯 

 現在の旧岩崎庭園は、越後高田藩榊原家の江戸中屋敷約8千坪のあったところで、明治初期に旧舞鶴藩知事・牧野弼成の所有を経て、明治11年岩崎彌太郎が買い取りました。彌太郎は周辺を買い増して最終的には1万5千坪あまりの敷地とし、明治15年に広大な和風邸宅を建設し岩崎家の本邸としました。
 彌太郎の没後、この屋敷を引き継いだのは長男の久彌で、明治29年(1896年)、イギリス人の建築家で“わが国近代建築の父”ジョサイア・コンドルに設計を依頼して洋館と撞球室を建てました。隣接する和館の設計は岡本春道で、施工は名大工で通称“念仏喜十”と呼ばれた大河内喜十郎の手になるもので、部屋数14を有し建坪は550坪の豪壮なものでした。
 広大な屋敷には、このほか倉庫7棟、禽舎、温室、茶室、東屋、門衛所、厩舎などが次々に建てられて20棟に及ぶ家屋が建ち並び、大正初期の邸内の使用人は住み込み女中16人を含めて55人に及んだともいわれています。
 第二次大戦後は財閥解体の波にさらされ、邸宅は岩崎家の手を離れて国有財産となりました。平成13年(2001年)からは東京都の管理下に置かれて「旧岩崎庭園」として公開されています。
岩崎久彌邸は、洋館と和館を併設する明治期の大邸宅としては最初の建物で貴重な遺産であることから、昭和36年(1961年)に洋館と撞球室が、昭和44年(1969年)には和館大広間と洋館東脇の袖塀が、さらに平成11年(1999年)には宅地、煉瓦塀を含めた屋敷全体と実測図が重要文化財に指定されました。

3.洋館の見どころ

岩崎久彌邸の洋館は、コンドルの設計した邸宅の中では現存する最も古いもので、建築面積は約160坪、木造2階地下1階建です。木造としたのは久彌の考えといわれ、1階は主に接客用で、玄関、客室、食堂、書斎、厨房など、2階には客室、集会場、地下には倉庫、機械室が設けられていました。


 建物はコンドルの祖国イギリスで17世紀初頭に流行したクラシックとゴシックの中間にあたるジャコビアン様式を基調としてルネサンスやイスラム風の複数の様式が折衷したデザインとなっています。ジャコビアン様式のデザインは端がツルを巻くような形をしているのが特徴です。

 建物の細工や装飾などを注意深く見て行くといたるところに細やかな配慮がなされ、決して見飽きることのない建物です。
 1階の正面玄関で靴を脱ごうとして床を見ると、イスラム風のデザインのモザイクタイルが目にとまり、見上げれば玄関扉の上部にはステンドグラスがあって淡い色の組み合わせで落ち着いた雰囲気を漂わせています。


 ホ−ルに1歩足を踏み入れると誰でも圧倒されます。黒い大理石とイスラム風のデザインのタイルの暖炉、暖炉の上の大きな鏡、ジャコビアン様式のデザインが施された飾り柱、階段の側面の装飾、天井の装飾など、目に入るものすべてが贅を尽くしているといった感じだからです。




 庭園に面した南側の1階、2階は大規模な2層のベランダとなっていますが、1階の列柱はトスカナ式、2階の列柱は刻みをいれたバンド飾りを付して頭柱(キャピタル)は渦巻き模様のイオニア式となっていて異なる様式を巧みに取り入れています。
 玄関床のタイルはイギリスから輸入したミントン社製といわれタイルの色合いもきれいですが、1階南側のベランダに隙間なく敷き詰められている草花をモチーフにしたイスラム風のタイルはさらに見栄えがします。“金太郎飴”と同様の方法で作られたそうですが、異国的な色調で輪郭がわずかに滲んでいるところがなんとも言えない味わいがあります。[写真13]


 1階の書斎の壁や天井の装飾や、イスラム風の模様の刺繍が施され絹の布を張った客室の天井、色の異なる木材を組み合わせた寄せ木の床、金唐紙の華やかな壁紙など目にするものすべてのデザイン、材料、工法など独特のものばかりでため息が出るほどです。




 都市ガスを熱源としたスチームで暖房し、トイレは水洗式で、洗面台と便器はイギリスのドルトン社製(現在のロイヤル・ドルトン)などと当時としては最先端の設備を備えていたことが窺がえます。西側の家族用玄関で小川三知が制作したステンドグラスに出会えたり、玄関のライトや廊下のペンダントライトなどを見ていると古き良き時代が偲ばれます。




 昨年末、訪れた日は雲ひとつない快晴で、復元されたという2階ベランダの手摺りの細やかな唐草模様が床に美しいシルエットを落としていました。また1階の東側に張り出したサンルームは、コンドルの設計ではなく増築されたとのことですが、冬の明るい日差しを受けて素晴らしい空間を演出していて、“明治の洋館”から立ち去りがたい雰囲気でした。



次回は、旧岩崎久彌邸の撞球室と和館などを紹介します。

展覧会トピックス 2009.01.19
 今回は上野公園の東京国立博物館に焦点を絞って紹介します。
 本館、東洋館、法隆寺宝物館、平成館(考古展示室)の平常展を一度ゆっくり鑑賞することをお勧めします。平常展といっても国宝、重要文化財などの“本物”に数多く出会える日本一贅沢な博物館です。

 事前にホームページ http://www.tnm.go.jp/ をご覧いただければ、より深く東京国立博物館を堪能することができます。
(東京国立博物館の写真はすべて今年の12日に撮ったもので、各建物は被写体としても最適です。)
A.新春特別展示・特集陳列・平常展
 入場料:一般 600円(満70歳以上は無料)
 休 館:月曜日

1.新春特別展示
 「豊かな実りを祈る
      …美術のなかの牛とひと…」
 会 期:2009.1.21.25
 会 場:本館2階 特別第1室
 新年1月2日から始まっている恒例の干支の「うし」にちなんだ特別展示です。「牛」の図柄は五穀豊穣とも結びつき、日本や東洋では古くから好まれてきました。美術品に描かれたいろいろな形の牛に出会うことができます。

2.特集陳列「吉祥…歳寒三友…」
 会 期:2009.1.22.1
 会 場:東洋館 第8
 これも新年恒例の展示です。中国では花鳥画に描かれる蓮・水鳥・魚は豊かさ、牡丹は富貴、桃は長寿、葡萄・瓢箪・石榴は子孫繁栄、鳳凰は天下泰平、蝙蝠は福を象徴する吉祥図として親しまれてきました。新年を寿ぎ、この歳寒三友(松・竹・梅)を中心に中国の吉祥図が展示されます。

3.法隆寺宝物館
 明治11(1878)に法隆寺から皇室に献納され、戦後、国に移管された宝物300件あまりを収蔵・展示しています。国宝、重要文化財が多数展示され、正倉院宝物と双璧をなす古代美術のコレクションとして高い評価されています。

B.特別展
1.慶應義塾創立150年記念 特別展「未来をひらく福澤諭吉展」
 会 期:2009.1.103.8
 会 場:表慶館・本館特別2
 入場料:一般 1200
 休 館:月曜日
 慶應義塾創立150年を記念して開催するもので、幕末明治の激動の時代を生きた思想家福澤諭吉の遺品、遺墨、書簡、自筆草稿、著書などを通して福澤諭吉の先導的な思想と活動を紹介するとともに、慶應義塾ゆかりの品などが展示され、福沢諭吉の偉大な活動を再認識する機会です。
 本館特別2室では、福沢門下生による美術コレクションが展示されます。そこでは諭吉に薫陶を受けた松永耳庵旧蔵の国宝「釈迦金棺出現図」が1/1025に限り展示されます。こちらは平常展の料金で見学できます。

2.開山無相大師650年遠諱記念特別展「妙心寺」
 会 期:2009.1.203.1
 会 場:平成館 2
 入場料:一般 1500
 休 館:月曜日
 妙心寺は建武4(1337)、花園法皇が自らの離宮を禅寺としたことに始まり、開山を無相大師関山慧玄(かんざんえげん)とする禅宗の名刹です。妙心寺を支援した細川家など諸大名に関する作品、寺に伝わる唐物・唐絵、華麗な屏風や襖絵、墨蹟・禅画など妙心寺の文化財は、わが国の歴史や文化を物語るうえで重要な位置を占めています。無相大師の650年遠諱を記念して開催されるこの展覧会では、国宝4件、重要文化財約40件など、妙心寺本山ならびに塔頭の蔵品が紹介されます。

以上

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