平成20年6月16日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(26)
   
立教大学池袋キャンパス
            …美しいレンガの学舎…
井出昭一

プロローグ
 前回の東京女子大学の善福寺キャンパスに引き続いて、今回はミッションスクールの立教大学池袋キャンパスを取り上げます。レンガ造りの美しい校舎としては“西の同志社、東の立教”として双璧となるものです。
 池袋の立教大学にはレンガの美しい建物があることを知って数年前に訪ねてみました。ところが、その日はあいにく入学試験日で一般の人は構内に立ち入ることができず、やむなくキャンパスを一周して帰ってきました。今年の連休明けのさわやかな五月晴れの日に、急に思い立って改めて訪れてみました。
 立教大学はそのキャンパス・マップに、一般の人が館内見学可能な建物が明示されていますので、気を使うことなく構内の建物内部を見歩くことができ、まるで学生時代に戻ったような清々しい一日でした。

1.シンボルゾーンの赤レンガ校舎群
 池袋駅の西口から、立教大学方面との指示に従って地下道を進むと10分足らずです。立教通りの商店街を通って行くと整然とした長いレンガ塀に囲まれた一角が現れ、そこが立教大学です。レンガ塀や正門は独特の風情があります。本郷の東大、学習院女子大、東京藝術大学と比べると、「フランス積み」(立教の各建物、藝大の門柱)や「イギリス積み」(立教の門柱)など、レンガの組積法それぞれ異なっていて、これらを比較するのも楽しみの一つです。正門の門柱に掲げられている「立教大学」の独特の書体は堅苦しくなく温かみのあるものです。



 正門を入ると左右の広場には1920年(大正9年)ごろ植えられたという30mほどのヒマラヤスギが高々とそびえています。正面のツタに覆われた赤レンガの建物が1号館(本館)で「モリス館」とも呼ばれ、立教大学のシンボルとなっています。米国聖公会の宣教師アーサー・ラザフォード・モリス氏の寄付によって1918年(大正7年)に建てられました。中央の時計台の左右の塔の高さが同じでないのは不思議です。


 本館モリス館の右側の建物がチャペル(礼拝堂)で、正式には「立教学院諸聖徒礼拝堂」といわれるものです。中にはドイツ製のパイプオルガンが備えられています。
 私が訪れた時は、立教中学に今春入学したばかりのクラスの礼拝の“授業中”でした。ドアをそっと開けたところ、先生の一人が「一般の人でも参加できますよ」と案内されたので、最後列の席に座って図らずも“授業”を受けることになりました。
 4月末に東京女子大の礼拝堂での礼拝以来、10日もしないうちに再びキリスト教の雰囲気を体験することになった次第です。これも仏教寺院の読経や法話とは全く異なる貴重な経験でした。“授業”の間に、チャペル内の祭壇、ステンドグラスなどをゆっくり観察できましたので有益なひとときでした。


 本館の右側の図書館本館-旧館(メーザーライブラリー)は、1918年(大正7年)、米国聖公会の資産家サムエル・リビングストン・メーザー氏の寄贈により建てられました。2階に当時の雰囲気を残す参考室が保存されているとのことですが、ここには残念ながら一般の人の立ち入りはできませんでした。
 正面の本館(モリス館)、左に礼拝堂、右に図書館とレンガの壁面を持つ建物が整然と配置されています。本館の中央の通路を通り抜けると、左に2号館、右に3号館と同じ雰囲気のレンガ棟が建っています。これらは当初は寄宿舎として使用されたといわれています。

 その突き当りのレンガ造りの建物は第1食堂です。入口の上部に刻まれたラテン語は哲学者キケロのことばで「食欲は理性にしたがうべし」ということだそうです。
ここは一般の人も利用できるので、懐かしい学生食堂の雰囲気に包まれながらボリュームたっぷりの“学生食”をいただきました。還暦を過ぎて古希に近い“前期”高齢者が一人でスパゲテイを食べているのは、周りの学生には異様な光景だったと思います。食事のあとレトロの雰囲気の内部の様子をデジカメに収めることができてここも大満足でした。


2.教育者・建築家J.M.ガーディナーが基本設計
シンボルゾーンの赤レンガ校舎群は、J.M.ガーディナー(1857−1925)の基本設計のもとに、マフィー&ダナ設計事務所が担当しています。
 ガーディナーは敬虔なキリスト教信者で、米国聖公会によって23歳という若さで日本に派遣され、赴任先は東京・築地の居留地にあった私塾の立教学校でした。当時は聖書と英学を学ぶ場所で、ガーディナーはここで教師を務め、明治13年には立教学校の第3代目校長に就任しています。
 立教学校は1883年(明治16年)に立教大学校(St.Paul's College)というアメリカのカレッジスタイルの学校を設立し、これが立教大学の前身です。当時、授業は全て原書で行われていたといわれ、ガーディナーは初代校長に就任します。
 1891年(明治24年)には、建築家として本格的に活動するため立教の校長を退任しますが、1894年(明治27年)に襲った東京大地震で築地にあった立教大学校の校舎は倒壊・焼失し、新しい校舎の建設準備が進められ、ガーディナーの基本設計によって池袋キャンパスのシンボルとなっている本館(モリス館)、礼拝堂、図書館旧館、2号館、3号館、第一食堂が1918年(大正7年)までに次々に建造されました。これらは現在、東京都歴史建造物に指定されています。
 ガーディナーはミッション・アーキテクチャーとして、小浜聖路加教会(現・小浜聖ルカ教会)、重文・京都五条教会(聖ヨハネ協会…明治村に移築)、弘前昇天教会など日本聖公会の教会を多く設計する一方、学校建築では立教大学のほか函館の重文・遺愛学院の本館と旧宣教師館など、個人住宅としては村井吉兵衛京都別邸(長楽館)、重文・内田定槌邸(横浜・外交官の家)等を設計しています。

 ガーディナーは日本が気に入っていて数多くの建物を手掛けているようですが、1894年(明治27年)の東京地震と1923年(大正12年)の関東大震災という2度の大きな地震に見舞われているため、ガーディナーが手がけた日本での作品約40棟でのうち、現存している建物は立教大学関係を除くと10棟程度です。したがって、ガーディナーの建築作品まとめて見学できるのはこの立教の池袋キャンパスのみです。1918年(大正7年)に建てられた6棟のレンガ建築が関東大震災と東京大空襲にも耐えて建設当時の状況で残っていることは奇跡に近いことだといえます。
 このほか構内で歴史を感じさせる建物としては、レンガ造り診療所とライフスナイダー館などがありますが、立教大学の建物群の素晴らしい点は、創立時の歴史的建物とその後建築された7号館(メディアライブラリー)、タッカーホール(入学センター)、8号館(メディアセンター)、太刀川記念館(国際センター)などがレンガ調の建物で調和が図られていることです。
 キャンパス内で目につく新しい感覚の建物は図書館本館-新館です。これは東京都庁、代々木体育館などを手掛けた丹下健三が設計したもので1960年(昭和35年)に建てられました。


3.キャンパスの一角にある江戸川乱歩邸
 また、立教大学の構内で珍しい建物は、6号館の北側に建っているタイル張りの洋館・江戸川乱歩邸です。「怪人二十面相」で有名な推理小説家の江戸川乱歩は、昭和9年に池袋に移り住み生涯をこの地で送りました。乱歩が池袋に移ってきたのは40歳を迎えようという年ですが、それまでは転居を繰り返し、東京での住まいは、なんと26ヶ所に及んだ転居魔でした。この邸に移り住んで以後1965年(昭和40年)に亡くなるまでここを動くことはなかったそうです。洋館の1階は応接間、2階は10帖間の和室からなる木造総2階建てです。
 その邸宅と書庫として使われていた裏手の「幻影城」と呼ばれる土蔵は、乱歩(本名:平井太郎)の一人息子の平井隆太郎立教大学名誉教授(元社会学部教授)から2002年(平成14年)に立教大学に寄贈されました。表札が本名の「平井太郎」となっていたため、近隣の人でも江戸川乱歩邸だとは気付かなかったといわれています。こちらは、毎週金曜日のみ見学が可能です。土蔵は2003年豊島区の指定有形文化財に指定されています。

エピローグ…「鈴懸の径」の歌碑
 多彩な建物が建ち並ぶキャンパスの中央を東西に貫く並木道にはスズカケ(プラタナス)が植えられ、灰田勝彦(立教大学経済学部卒業)が歌ってヒットした「鈴懸の径」(作詞:佐伯孝夫 作曲:灰田有紀彦:勝彦の兄)の歌碑があります。

  友と語らん 鈴懸の径(みち)
  通いなれたる 学舎(まなびや)の街
  やさしの小鈴 葉陰に鳴れば
  夢はかえるよ 鈴懸の径

 この歌詞を読んでいるうちに灰田勝彦のあの甘い歌い方が蘇ってきました。歌碑の近くのベンチに腰掛けて、さわやかな風に吹かれて学生時代に戻った気分に浸っていると、今度は鈴木章治とリズムエースのクラリネットの軽快な演奏が思い出され、鈴懸の径から立ち去り難くなってしまいました。


 展覧会トピックス 2008.6.16 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「東大寺御宝・昭和大納経展」
 会 期:2008.5.24〜7.21
 会 場:虎ノ門 大倉集古館
 入場料:一般 1000円(65歳以上 800円)
 休 館:月曜日
 問合せ:03-3583-0781
 
 昭和55年、東大寺大仏殿昭和大修理を記念して「大方廣佛華厳経六十巻」を写経奉納されました。この奉納事業は書道界が総力を挙げて取り組んだ大事業であり、更には美術・工芸・染織など各方面の協力を得て、当時の伝統芸術の粋を結集した見返し絵や経篋、組紐、経篋の仕覆、唐櫃が制作されました。この昭和の文化財を公開するものです。


  http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/shukokan/todaiji.html
2.東京藝術大学大学美術館の2つの展覧会
@「バウハウス・デッサウ展…モダン・デザインの源流」
 会 期:2008.4.26〜7.21
 会 場:上野公園 東京藝術大学大学美術館
 入場料:一般 1400円
 休 館:月曜日(7/21は開館)
 問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.geidai.ac.jp/museum/
 1919年にドイツ、ヴァイマールに誕生した造形芸術学校バウハウスは、ヴァイマール、デッサウ、ベルリンと拠点を変え活動し75年経った今も世界中のデザインや建築に大きな影響を与え続けています。この展覧会は、バウハウスの創設者ヴァルター・グロピウスの理想がより具体化されたデッサウ期に焦点を当てるもので、基礎教育の成果を示す学生作品から、工房製品、舞台工房の上演作品資料、絵画、写真まで、バウハウスの豊かな活動を紹介します。
A「芸大コレクション展」
 会 期:2008.4.10〜7.21
 会 場:上野公園 東京藝術大学大学美術館
 入場料:一般 300円
 休 館:月曜日(7/21は開館)
 問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.geidai.ac.jp/museum/
 東京美術学校開学以来120年にわたる収集活動により、古美術から絵画、彫刻、工芸、さらには歴代教員・学生による作品など内容は多種多様であり、総件数は重要文化財22件を含む2万9000件を越えています。今年度のコレクション展では、古美術・日本画・西洋画・彫刻・工芸・図案の各分野のコレクションの名品とともに、近年展示される機会の乏しかった作品群から厳選して展示されています

3.「コロー…光と追憶の変奏曲」
 会 期:2008.6.14〜8.31
 会 場:上野公園 国立西洋美術館
 入場料:一般 1500円
 休 館:月曜日、7/22(7/21、8/11は開館)
 問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
  http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/current.html

  ルーヴル美術館所蔵の19世紀フランスの画家カミーユ・コローの詩情あふれる風景画や人物画コローの代表作群を中心に、印象派からキュビストまで、コローの芸術に深い影響を受けた画家たちルノワールやシスレー、ブラックなどの作品もまじえ、油彩画・版画110余点が一堂に会する貴重な機会です。
                   
4.「没後50年…ルオー大回顧展」
 会 期:2008.6.14〜8.17
 会 場:丸の内 出光美術館
 入場料:一般 1000円
 休 館:月曜日
 問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

  出光美術館のルオー・コレクションは、400点以上を収蔵する質・量とも世界最大規模を誇るコレクションです。没後50年を記念して開催される回顧展では、代表作の連作油彩画「受難(パッション)」、銅版画集「ミセレーレ」をはじめ、初公開を含めた約230点を展示し、ルオーの画業の全貌が紹介されます。
  http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html

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  (了)

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