.
平成20年5月15日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(25)
   
東京女子大学キャンパス
            …武蔵野に残る美しい学舎…
井出昭一

. プロローグ
 大学の建物には美しいものが数多くあります。その中で、ひとりの建築家あるいは特定のコンセプトによる建物群でキャンパスを構成している例は、東京大学の本郷と駒場、同志社大学の今出川、東京女子大学の善福寺、立教大学の池袋の各キャンパスが挙げられます。(注)
 このうち東京女子大学は、キャンパス内に女子学生の寮を抱えているという理由なのか、ガードが堅く見学する機会がなく残念に思い続けてきました。ところが、知人から大学の園遊会の開催日には一般の人でもキャンパスに入れるということを教えていただき、去る4月29日、ようやく念願が適って美しい建物を堪能したり、心行くまでキャンパス内を散策することができました。
(注) 東京大学の本郷キャンパスと同志社大学の今出川キャンパスについては、「古今建物集」の下記で紹介しています。
2007.6.20「東京大学本郷キャンパスの建物群…内田ゴシック建築の展示場…」
2007.7. 6「同志社大学の赤煉瓦建築…重要文化財5棟と登録有形文化財3棟が集中…」

1.ライトの弟子のアントニン・レーモンドが設計
 この東京女子大学の主要の建物を設計したのはアントニン・レーモンド(Antonin Raymond、1888〜1976)でチェコ出身の建築家です。レーモンドは帝国ホテルや自由学園明日館を設計したアメリカの近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテルの建設に際して来日し、その後日本に滞在しモダニズム建築の作品を多く残し、“現代建築の父”とも呼ばれています。また前川國男、吉村順三を育て日本の建築界にも大きな影響を与えています。代表作としては、横浜のエリスマン邸(1926年)、星薬科大学本館(1924年)、軽井沢夏の家(1932年)などが有名です。
 しかし、何といってもレーモンドの最高傑作は東京女子大学のキャンパスに建てた9棟の建物群です。創立者の方針のもとに、1920〜30年代にかけて計画的に建てられたため、武蔵野の面影を残す林の中に整然とした美しさを保ち続けています。
2.礼拝堂がキャンパスのシンボル
 大学のシンボルとなっているのは白い尖塔をもつ礼拝堂です。これまで、部外者は高い木立の間から外壁の片鱗だけしか見ることができませんでした。園遊会の日は、午前11時からここでパイプオルガン演奏会が開かれると聞き、建物の中に入って内部を観察できる絶好の機会だと考え、何はさておき礼拝堂に向かいました。
 祭壇奥の正面の壁には十字架の模様が浮かび上がり、淡い色ガラスは一般のステンドグラスとは異なる雰囲気を醸し出し、とても90年以上も前に建てられたとは思えないほど斬新的でした。このように、打ち放しコンクリートの柱梁の間に色ガラスを挟んだ穴のあいたコンクリート・ブロックを積み上げるという工法は、フランスの建築家オーギュスト・ペレの影響によるものといわれています。
 コンクリート打ち放しの円柱に支えられた空間に42色の色ガラスを通った光が綾なし、そのなかをパイプオルガンの荘重な音色が響き渡るのは格別でした。演奏された曲が私の大好きなバッハの曲ばかりで、そのうえ「主よ、人の望みの喜びよ」(BWV147より)は私がバッハにのめり込むきっかけとなった曲(注)でしたので感激もひとしおでした。演奏会は30分間でしたが、念願の礼拝堂の中に入ってバッハまで聴くことができたので、私にとっては満足度120%の30分間でした。
(注) バッハの残した数多くの教会カンタータの中でも、「心と口と行いと生活をもって」(BWV147)は「キリストは死の絆につきたまえり」(BWV4)、「われら喜びて十字架を担わん」(BWV56)、「目覚めよと呼ぶ声あり」(BWV140)と並ぶ名曲です。この日演奏された「主よ、人の望みの喜びよ」は、BWV147の第1部と第2部の終曲として2回登場するコラール合唱をパイプオルガン用に編曲したものです。なお、パイプオルガンで心が洗われるようなこの美しい曲を演奏されたのは、東京女子大学教授で大学オルガニストの中内潔氏でした。



3.キャンパスの中心に配置された図書館(本館)
 キャンパスの中心に講堂とか事務棟などを配置するのが日本では一般的ですが、ここでは中央に図書館を据え左右に東校舎と西校舎を配することを基本にしています。これは大学の創立者の新渡戸稲造と現在地への移転の責任者のカール・ライシャワー(後述)の発想ではないかといわれています。
 正面の外壁には、「QUAECUNQUE SUNT VERA」(すべて真実なこと)の標語が刻まれ、日本語で「東京女子大學 創立 千九百十八年」と右から刻まれているのも歴史を感じさせます。1階のロビーの柱の上部に取り付けられたブラケット、正面階段踊り場の壁面飾りとその上のステンドグラス、2階の広場に面した側のステンドグラスなどは、武蔵野を象徴する松かさやススキという日本的なデザインで統一され端正な感じです。





4.ライシャワー館はライシャワー家の個人住宅
 創立初期の建物として本館の東の林の中にライシャワー館(17号館)があります。大学移転に関し資金調達から土地の選定、建物の配置を決めるまで中心的役割を果たしたオーガスト・カール・ライシャワーが自ら率先してキャンパス内に移住した時の住居です。ライシャワーは、宣教師であり学者でありながら、大学の教壇に立つことなく、常務理事として大学の創立から移転に際して有形無形の貢献をされたといわれています。
 ライシャワー一家は1926年から1941年までここに住み、その息子として生まれ育ったのがケネディ大統領時代の駐日アメリカ大使として日米間の掛け橋となって多大な功績を残したエドウィン・O・ライシャワーです。1970年駐日大使のライシャワー氏の私有財産であったこの建物は大学に寄贈され、外観内装ともほとんど当時のまま残されています。

 キャンパス内で登録文化財となっているのは、以上のほか外国人教師館(16号館)、安井記念館(14号館)などがあります。外国人教師館は内部の見学はできませんでしたが、入口の柱の上の花鉢や外壁などは師匠のライトの影響を受けているようです。


5.女子寮から始まった美しい学舎
 このキャンパスの特徴は、寮(寄宿舎)を重視して大きなスペースを割いていることです。「寮から始まった学校」と評されるように、大正12年、キャンパスで最初に建てられた旧東寮(5号館)は、鉄筋コンクリート造で機能的につくられ、居室が当時としては珍しく3畳の個室として設計されていたそうです。これは「一日一度は瞑想し、内省し、祈ること」という初代学長 新渡戸稲造の教育理念を顕わしたものとされています。
 日本では初めての女子個室寮であること、関東大震災前の建造でありながら震災のダメージはほとんど受けなかったということから建築史貴重な建物であるといわれてきましたが、この旧東寮は2007年8月に、寮の中心に建っていた塔は同7年9月に惜しまれながら解体され現在では見ることはできなくなりました。
 ライトの影響を残す旧体育館(13号館)も、近く解体される運命にあるといわれ、また一つ記念碑的建物が消滅して寂しくなります。


 「東京の女子大でいちばん美しい学校」(東大教授 藤森照信氏)と評される東京女子大学のキャンパスは、1920〜30年代のアントニン・レーモンドによって設計された建築群によって美しく構成されていますが、決してレ−モンドただひとりの成果ではなく、創立者の新渡戸稲造、2代学長の安井てつ、設立代表理事のカール・ライシャワー、建築家アントニン・レーモンドの4人のコラボレーションではないかと思います。
武蔵野の面影を残す善福寺の自然豊かなキャンパスにあって、これらの学舎がこれからも丁寧に使用されいつまでも美しい姿を保っていてほしいものです。

.  展覧会トピックス 2008.5.15 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「岡鹿之助展」
 会 期:2008.4.267.6
 会 場:京橋 ブリヂストン美術館
 入場料:一般 1000円(65歳以上 800円)
 休 館:月曜日
 問合せ:0357778600(ハローダイヤル)
 http://www.bridgestone-museum.gr.jp/
 岡鹿之助の作品は音のない静謐な世界ばかりを描いて、いつ見ても心が休まる絵ばかりです。初期から晩年にいたる作品70点を「海」「掘割」「献花」「雪」「燈台」「発電所」「部落と廃墟」「城館と礼拝堂」「融合」と題材別に9章に分けて展示しています。

2.春季展「細川井戸と名物茶道具」…天下三井戸と呼ばれた茶碗…
 会 期:2008.4.1〜6.15
 会 場:白金台 畠山記念館
 入場料:一般 500円
 休 館:月曜日
 問合せ:03-3447-5787
 室町時代以降、「一井戸、二楽、三唐津」などと茶人の中で最も珍重されてきた茶碗が井戸茶碗で、大井戸、古井戸(小井戸)、青井戸、小貫入、井戸脇などがありますが、その井戸茶碗の中の最高位が大井戸茶碗です。畠山記念館が所蔵する大井戸茶碗「細川」は、「喜左衛門」「加賀」ともに“天下三井戸”と呼ばれた名碗です。かつて細川三斎が所持したことから「細川井戸」と呼ばれ、その後、仙台の伊達家、江戸の豪商冬木家、松江藩主で大茶人の松平不昧の手を経て畠山即翁の所有となったものです。この「細川井戸」に焦点を当てた展覧会です。
http://www.ebara.co.jp/socialactivity/hatakeyama/

3.「芸術都市パリの100年展」
  …ルノワール、セザンヌ、ユトリロの生きた街 1830−1930年…
 会 期:2008.4.25〜7.6
 会 場:上野公園 東京都美術館
 入場料:一般 1400円(65歳以上700円)
   (5/21と6/18はシルバーデーで、
    65歳以上の方は無料です)

 休 館:月曜日
 問合せ:0570-060-060(展覧会ダイヤル)
 http://www.tobikan.jp/
 1858年(安政5年)に日仏修好条約が締結されて以来、日本とフランスは文化的、 経済的にも親密な関係を保っており、今年は150年目にあたります。この展覧会は それを記念し、パリをテーマとした近代フランス約100年の優れた油彩画、彫刻、素描、版画、写真など約150点を、ルーヴル、オルセー、ポンピドゥー、プティ・パレ、カルナヴァレ、マルモッタン、ロダンなどフランスの美術館から出品されたもので展示構成されています。

4.「モーリス・ド・ヴラマンク展…没後50年…」
 会 期:2008.4.19〜6.29
 会 場:西新宿
   損保ジャパン東郷青児美術館
  (損保ジャパン本社ビル42階)

 入場料:一般 1000円(65歳以上800円)
 休 館:月曜日
 問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.sompo-japan.co.jp/museum/
 モーリス・ド・ヴラマンク(1876〜1958年)は独学で絵を学び、画家としては1900年頃から活動を始めました。ゴッホなどの影響を受けて、鮮やかな色彩と自由な筆致を使った大胆な作品を手がけて、マティスやドランらと並んでフォーヴの中心画家物として評価されていました。その後、セザンヌの影響を受けて堅固な構図と渋い色合いを用いた作品を描くようになり、さらに1920年代頃からは重厚な色彩を用いて渦巻くような激しい動きのある筆致で力強い独自の画風を確立しました。
 この展覧会では最初期から晩年まで、ヴラマンクの作品を一堂に展示して画業の変遷をたどることができます。                  
(了)

感想、ご意見などありましたらここをクリックしてください。⇒筆者へメール
『古今建物集』目次へ戻る