平成20年3月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(24)
   
建物として見る国立西洋美術館
               
井出昭一
今回は上野の国立西洋美術館を美術館としてではなく建物に焦点を当てて紹介します。
1.ル・コルビュジエの美術館建築の最高傑作
 国立西洋美術館は19世紀から20世紀前半の印象派など絵画・彫刻を中心とする松方コレクションを基として1959年(昭和34年)に設立された話題も豊富な美術館ですが、昨年12月21日に重要文化財に指定され、世界遺産の候補にも挙げられるなど再び注目を浴びています。
 建築界の巨人、近代建築の始祖、20世紀最大の建築家などと呼ばれているル・コルビュジエが設計した日本で唯一の建物で、ル・コルビュジエが手がけた美術館建築の中でも最も完成度の高い作品だと評価されているものです。

 松方幸次郎の収集した作品は、第2次世界大戦後、フランス政府により敵国資産として凍結されていました。その松方コレクションのほとんどが日本に返還される際の条件として、現在の国立西洋美術館の本館が建設されることになりました。基本設計はル・コルビュジエが手がけ、その弟子である前川國男・坂倉準三・吉阪隆正が実施設計を担当し1959年(昭和34年)に完成しました。
2.ル・コルビュジエは画家・彫刻家
 ル・コルビュジエ(Le Corbusier 1887〜1965)はスイスで生まれ、主にフランスで活躍した建築家で、帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ(日本には作品がありません)と共に近代建築の三大巨匠と呼ばれています。代表作は1955年竣工のロンシャンの礼拝堂で、その特徴はうねった屋根の外部空間と、厚い壁から光が差し込む内部空間です。
 昨年、六本木ヒルズの森美術館で開かれたル・コルビュジエ展」では、ロンシャンの礼拝堂の模型が展示され、国立西洋美術館についてもル・コルビュジエの全体構想を示す模型が展示されていました。“100枚の写真は実物一見に如かず”ですが、立体的な模型でも写真よりははるかに建物の概要が把握できます。
 なお、ル・コルビュジエは建築家であると同時に多くの絵画や彫刻を生み出した画家の一人でもあり、この展覧会ではル・コルビュジエの建築、絵画、家具までの多彩な業績を約300点の作品が紹介されるという珍しい展覧会でした。
3.美術館で美術館を見る展覧会
 国立西洋美術館では、設立以来「ミロのヴィーナス」「バーンズ・コレクション」など印象深い展覧会が数多く開かれてきましたが、近年開かれた中で楽しくユニークな展覧会は、平成16年(2004年)6月29日から9月5日まで開かれた「建築探検・ぐるぐるめぐるル・コルビュジエの美術館 」です。
 美術館には展示してある絵画や彫刻などの美術品を見に行くのが通常の姿ですが、この企画は“美術館に美術館”を見に行くというもので、ル・コルビュジエの設計した国立西洋美術館の建築そのものを解説付きで見せるという“建築が主役”の展覧会でした。館内の常設展示室では建築探検のためチェックポイント16カ所が設定されていました。
 国立西洋美術館は、美術館としては珍しくフラッシュさえ使わなければどこでも撮影が可能です。最近のデジカメは高性能で、別にフラッシュを使わなくてもかなりきれいな写真を撮ることができましたので、チェックポイントをいくつか紹介することにします。
4.国立西洋美術館のチェックポイント
 この建物に入って1階正面の常設展示場入口を抜けると、天井部分にあけられた三角の明り取りの窓から自然光が差し込む明るい広場に出ます。このトップライトが最初のチェックポイントです。ここは「19世紀ホール」とコルビュジエ自身が名付けた天井の高い吹き抜けの空間で、そこにはロダンの彫刻作品が並んでいます。晴れた日にはこのトップライトからの自然光でホール全体が明るく見えますが、天井を見なければ気づかないで通り過ぎてしまいます。


 19世紀ホールと2階を結ぶのは階段ではなくスロープ(斜路)を経由します。この斜路が第2のチェックポイントです。コルビュジエの建築にはよく用いられる斜路で、階段とは異なり観客は空間の変化をゆっくりと楽しみながら2階に移動することができます。
 2階は吹き抜けのホールを回廊型の展示室が取り囲んでいる回遊空間で、1階の19世紀ホールに向けて2か所にバルコニーが設けられています。そこから1階を見下ろしたり、バルコニーの奥の展示室を見ることができ、建物の複雑な空間を感じることができます。
 ル・コルビュジエは建築の寸法を決める単位として「モデュロール」という身体のサイズを利用した特別の定規を提案しています。これは人間の身長を基に決めるもので、例えば人間が腕を上にあげると226cmとなり(ヨーロッパの男性を基準)、これを天井の高さとする尺度として採用しています。
 この国立西洋美術館でも内部、外壁、前庭の石畳の大きさ、柱間の幅などモデュロールに基づいていることが解りました。例えば2階の天井は、高い部分と低い部分が組み合わされています。その高さは低い天井は226cm、高い天井はその倍の高さとなっていて歩くにつれて空間の広がりや変化を楽しむことを狙っています。

 この建物はたくさんの円柱で支えられ、柱の直径は当初、1階は53p、2階は43pでしたが、耐震補強で1階は60p、2階は55pと太くなっています。松の木の型枠にコンクリートを流し込んだ木目が美しい打ち放しとなっています。
 このほかのチェックポイントとしては、雨樋、律動ルーバー、ピロティ、柱と柱の間隔、石畳・外壁などです。
 これら探検のための項目は分かりやすく解説したパネルや丁寧なパンフレットも用意されていて、これを一巡するとル・コルビュジエ建築の特徴である「近代建築の5原則 」@ピロティ、A屋上庭園、B自由な平面、C横長の大きな窓、D自由なファサードが国立西洋美術館の建物に反映されているということを実際に検分することができるすばらしい企画でした。
 しかし、チェックポイントとされていながら、19世紀ホールの床に設けられた床照明や自然光を取り入れる照明ギャラリーは現在使われておらず、楕円形にカーブしていて「自由な平面」作っているという旧館長室トイレ、ル・コルビュジエが重要な一部と考えていました屋上庭園、小品を展示する中3階の展示室(3か所)などは立ち入り禁止となっていて見学できず残念でした。
5.第2・第4土曜日は無料見学日
 博物館や美術館など大規模の建物が集中している上野公園の中にあって、この国立西洋美術館の建物は決して大きくもなく、外壁に緑色系の石が貼られている大きな四角い箱が広い前庭に浮いているといった感じです。
 の前庭にはロダンの大作「地獄の門」、「考える人」、「カレーの市民」、「アダム」、「エヴァ」のほか、ブールデルの「弓をひくヘラクレス」など彫刻の代表的名作が屋外展示されていて、博物館・美術館の往復に楽しめるスポットでもあります。
 国立西洋美術館は“ウェル.com 美術館”を目指して、毎月第2と第4土曜日は常設展示を無料で見学できます。“美術館”と印象派の絵画や近代彫刻の名品を同時に無料で拝見できますから活用したいところです。
(現在は、常設展のほか下記の特別展「ウルビーノのヴィーナス」が開催中です。)
 展覧会トピックス 2008.3.20 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
.
1.「ウルビーノのヴィーナス…古代からルネサンス、美の女神の系譜…」(再掲出)
 会 期:2008.3.45.18
 会 場:上野公園 国立西洋美術館
 入場料:一般 1400
 休 館:月曜日
    (毎週金曜日は午後
8時まで開館)
 問合せ:0357778600
    (ハローダイヤル)

 http://www.nmwa.go.jp/
 ウフィツィ美術館の至宝「ウルビーノのヴィーナス」が日本で初めて公開されます。ルネサンスのヴェネツィア派を代表する画家ティツィアーノのこの名作をはじめ、イタリア各地の美術館・博物館からヴィーナスをテーマとした絵画・彫刻など約70点が出品されます。
2.「国宝 薬師寺展」…平城遷都1300年記念…
 会 期:2008.3.25〜6.8
 会 場:上野 東京国立博物館 平成館
 入場料:一般1500円 
 休 館:月曜日
    (4/28、5/5は開館、5/7は
休館)
 問合せ:03・5777・8600
    (ハローダイヤル)

 http://yakushiji2008.jp/
 この展覧会は、平城遷都1300年を記念して開催するもので、日本仏教彫刻の最高傑作のひとつとして知られる薬師寺金堂の日光・月光菩薩立像(国宝)がそろって寺外ではじめて公開されます。また、聖観音菩薩立像(国宝)、慈恩大師像(国宝)、吉祥天像(国宝)などの仏像、絵画の至宝に加えて、神像の名品として名高い八幡三神坐像(国宝)や草創期の寺の姿をたどる考古遺物など薬師寺の貴重な文化財も一堂に会します。
3.「…生誕100年…東山魁夷展」
 会 期:2008.3.29〜5.18
   前期:3/29〜4/20
   後期:4/22〜5/18
 会 場:竹橋 東京国立近代美術館
 入場料:一般 1300円 
 休 館:4/7、4/14、4/21、5/12
 問合せ:03・5777・8600
    (ハローダイヤル)

 http://www.momat.go.jp/
 東山魁夷は没後10年近くなりますが、最も親しまれる日本画家で人気は衰えていません。その生誕100年を記念して開催する展覧会で、代表作「道」「花明り」「残照」そして唐招提寺御影堂の障壁画「濤声」(一部を展示)「揚州薫風」を含む約100点のほかスケッチ・習作約50点が展示される過去最大の回顧展です。
4.「モディリアーニ展」 
 会 期:2008.3.26〜6.9
 会 場:六本木 国立新美術館 
 入場料:一般 1500円
 休 館:火曜日(4/29、5/6は開館、翌水曜日は休館)
 問合せ:03・5777・8600(ハローダイヤル)
 http://modi2008.jp/
 アメディオ・モディリアーニは、20世紀初頭、パリのモンパルナスで活躍したエコール・ド・パリを代表する画家です。近年の研究で、モディリアーニは原始美術と西洋美術の結合を試みた最初の画家であると評価されています。この展覧会は、原始美術の影響の色濃い作品から独自の様式を確立した肖像画に至るまでの油彩・素描150点が公開されます。
(了)

感想、ご意見などありましたらここをクリックしてください。⇒筆者へメール
『古今建物集』目次へ戻る