平成20年2月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(22)
   
彫刻家・朝倉文夫のアトリエと自宅…朝倉彫塑館…
               
井出昭一

 今回は彫刻家・朝倉文夫が自ら設計したアトリエと自宅を取り上げます。現在の台東区立朝倉彫塑館となっている建物です。


1.朝倉文夫の最大の作品“朝倉彫塑館”
 台東区は芸術・文化施設が集約している地です。特にJR上野駅から鶯谷駅、日暮里駅の西側の台地は見所の多いところで、朝倉彫塑館は日暮里駅から徒歩3分の至近距離のところにあります。日暮里駅の北口を出て御殿坂を左に進み、最初の角を左の折れるとほどなく朝倉彫塑館に着きます。日本の彫刻界の最高峰といわれた朝倉文夫が自ら設計したアトリエと自宅が遺族から台東区に寄贈され、現在は台東区立朝倉彫塑館として公開されています。
 朝倉文夫は、明治16年(1883年)渡辺要蔵の三男として大分県で生まれ、8歳で朝倉家の養子となりました。実兄で彫刻家の渡辺長男(おさお)を頼って上京し、明治36年(1903年)東京美術学校彫刻選科に入学しました。在校時代から頭角を現していた朝倉は明治40年(1907年)に卒業後、谷中天王寺町(現在地)にアトリエを築きました。
 卒業1年後の第2回文部省美術展覧会(文展)に出品した「闇」で二等賞(第一席)となって一躍脚光を浴び、続いて明治43年(1910年)の第4回文展に出品した「墓守」も二等賞を受賞し確固たる地位を築きあげ、大正5年には33歳の若さで文展の審査委員となりました。大正10年には母校の東京美術学校の教授に就任し、昭和19年に退官するまで24年間の長きにわたって後進の指導にあたりました。学校で彫刻を指導するかたわら、自宅のアトリエ(現在の朝倉彫塑館)でも「朝倉彫塑塾」を開くなど彫刻の教育にも心血を注ぎました。
 日本の近代彫塑の基礎を確立し多くの彫刻作品を生み出した朝倉文夫は昭和23年に文化勲章を受章し、昭和39年に81歳でこの世を去り、朝倉彫塑館に程近い谷中霊園の天王寺墓地の一角に眠っています。

2.代表作品が常設展示
 朝倉文夫は、生涯に肖像彫刻だけでも500を超えるという精力的な制作を続け、数々の名作を世に残しましたが、約50点の作品がこの館に常時展示されています。
玄関ホールから天井の高いアトリエに入ってまず目につくのは、大きな「大隈重信侯像」(1932年)です。早稲田大学の創立者で初代総長をつとめた大隈重信(1838〜1922)の銅像で、早稲田大学創立50周年を記念して制作され、像高は2.89mで、角帽にガウンを着た早稲田大学総長の姿をした晩年の大隈重信を見事に表現しているといわれています。
 なお、朝倉は3体の大隈重信像を製作していますが、この像は2回目にあたるもので、3回目の像は国会議事堂内中央広場に置かれているフロックコートの像(昭和13年)です。なお、最初の像は衣冠束帯の姿で大正5年に芝公園に置かれましたが現存していません。
 「墓守」は、明治43年(1910年)第4回文展に出品して二等賞を受賞し、朝倉文夫の代表作といえる作品です。このモデルは、当時自宅近くの天王寺墓地で墓守をしていた老人で、朝倉の弟子たちが将棋をさすのを笑って見ている姿を写したものといわれています。なお「墓守」の石膏原型は重要文化財に指定されています。
 このほか、明治時代を代表する歌舞伎役者で”劇聖”と呼ばれた「九代目團十郎像」(1936年)や、しなやかで美しい女性裸像の初期の代表作「時の流れ」(1917年)と戦後の代表作「三相」(1950年)も展示されています。
 彫刻家・教育家としての朝倉文夫のもう一つの側面は工芸品のコレクターです。特に力を入れて収集したのは竹とガラスの工芸品で、竹工芸では朝倉と同郷の大分県人で人間国宝でもあった生野祥雲斎の作品「白竹投入華籃」を所蔵しています。
 朝倉が収集したガラス工芸品は、その大半がサントリー美術館に寄贈され『朝倉文夫ガラス・コレクション』として保存されています。朝倉彫塑館に残っているガラス・コレクションの中でも質・量ともに優れているのは、「鼻煙壺」(びえんこ)です。これは嗅ぎタバコを入れておく小さな壷で、その繊細な細工に惹かれて収集したといわれています。

3.西洋建築と和風建築が見事に調和した建物
 朝倉彫塑館は、前述の通り彫塑家・朝倉文夫がアトリエ兼住居として自ら設計・監督をして増改築を何回も重ね、昭和10年に現在の形となりました。
 鉄筋コンクリート造りのアトリエ棟と、竹をモチーフとした数奇屋造りの住居棟で構成されています。全く異質の西洋建築と和風建築が見事に調和して違和感がありません。朝倉彫塑館の木造部分は耐震診断の結果、地震の際に危険だということから立入を制限することになり、見学できるのは鉄筋コンクリート部分のアトリエ棟のみとなりました。したがって、彫刻作品はともかく建物を見学するという観点からは楽しみが半減しています。
 建物の中心となっているアトリエは、3階部分まで吹き抜けになっていて天井の高さは8.5mと高く、床面積は175u(約53坪)です。また、驚くことに床下(7.3m)には電動の昇降制作台が格納されているとのことです。ここには「墓守」「時の流れ」「大隈重信侯像」「仔猫の群」などの代表作が常時展示されています。アトリエに続く南側の書斎は、天井までの高さが約4mもありますが、三方の壁には天井まで和洋の書籍がぎっしりと並んでいて、朝倉の遺品やコレクションも展示されています。
 アトリエと和室に囲まれた中庭は「五典の水庭」と呼ばれ、儒教の五常の教えを造形化した「仁」「義」「礼「智」「信」と名付けた五つの巨石が巧みに配されています。ここは朝倉文夫が自己反省の場として構成したといわれ、自然の湧水を利用した日本的で潤いある空間です。
 以前は、洋風の応接間から中庭に面した渡り廊下、居間、茶室、寝室を巡って中庭を四方から楽しめたのですが、現在ではアトリエからの眺めるだけになってしまいました。この茶室や寝室の2階には朝倉が趣味の書画と茶道を楽しむために設計した座敷「素心の間」があって、ここから眺める五典の水庭は、一階からとはまた違った趣がありましたが、これも今では見ることができなくなって残念なことです。




 玄関ホールの2階部分には「蘭の間」という東洋蘭の温室として使用していた部屋がありますが、ここには無類の愛猫家であった朝倉の猫を題材とした作品が数多く展示されています。
 アトリエ部分の3階の「朝陽の間」は、来訪者の応接間として使用されていた日本間で、室内は「円(まるみ)」をモチーフに設計されています。この部屋の素晴らしい点は貴重な建材が用いられることです。例えば、瑪瑙(めのう)の壁、松の一枚板の床、屋久杉の根の床柱、神代杉の天井と障子の腰板、落とし掛けの真竹、面皮仕上げの障子の桟というように、一見しただけでは判らないところまで朝倉の配慮が盛り込まれている部屋です。

4.国の名勝に指定された中庭と屋上庭園 
 アトリエ棟には屋上もあります。屋上は朝倉が彫塑塾を開いていたとき、園芸の授業のため野菜を栽培していたようですが、現在は、花壇となっています。朝倉が白い花を好んだことから、1月の白梅から12月の山茶花まで、四季を通じて折々に白い花を咲かせる木が選んで植えられています。太い幹のオリーブも根付いていて、とても屋上とは思えない光景に出合えます。
 朝倉彫塑館の建物は登録有形文化財ですが、昨年11月、中庭と屋上庭園が「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定されました。四方を建物に囲まれた中庭は、狭い空間の大半を水面が占めていて、水面の随所に配された多彩な景石が創り上げる密度の濃い水景が圧巻であること、また屋上庭園は昭和初期の鉄筋コンクリート建築の屋上庭園の事例として貴重であることが高く評価されて、東京都内では旧浜離宮庭園、小石川後楽園、六義園、旧古河庭園、旧芝離宮庭園、向島百花園、小金井(サクラ)などと並んで8番目の指定となりました。

IDE・トピックス 2008.2.20 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「茶碗の美…国宝 曜変天目と名物茶碗…」
 会 期:2008.2.9〜3.23
 会 場:岡本 静嘉堂文庫美術館
 入場料:一般 800円
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ:03・3700・0007
 http://www.seikado.or.jp/

 現在、世界にただ三碗のみが伝えられる曜変天目茶碗のうちで最も華やかな国宝「稲葉天目」と重文の油滴天目のほか、重文・井戸茶碗 「越後」、重美・ 御所丸茶碗(黒刷毛)、御本雲鶴茶碗銘「玉鬘」の高麗茶碗、和物茶碗では長次郎の黒楽茶碗「紙屋黒」、黒楽茶碗 銘「風折」などの館蔵の名物茶碗が一堂に展示されます。

2.「館蔵 中国の陶芸展」
 会 期:2008.2.16〜3.30
 会 場:上野毛 五島美術館
 入場料:一般 700円
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ:03・5777・8600(ハローダイヤル)
 http://www.gotoh-museum.or.jp/
 漢時代から明・清時代にわたる館蔵の中国陶磁コレクションの約60点が展示されます。戦国時代の計量道具から、唐三彩の壺、宋時代の砧青磁、明時代の青花・五彩まで時代順に展示し、2000年にわたる中国のやきものの歴史を展望できます。重文の青磁鳳凰耳瓶(砧青磁)、五彩透彫水注(金襴手)、重美では白釉黒花牡丹文梅瓶、五彩人物文水注(金襴手)などが展示されます。

3.「ロートレック展…パリ、美しきしき時代を生きて…」
 会 期:2008.1.26〜3.9
 会 場:赤坂 サントリー美術館
 (東京ミッドタウン ガーデンサイド ガレリア3階)
 入場料:一般 1300円
 休 館:火曜日
 問合せ:03・3479・8600
 http://www.suntory.co.jp/sma/
 オルセー美術館にはロートレック作品が多数所蔵されています。その中から7点の油彩画と16点の素描が出品されます。「女道化師シャ・ユ・カオ」、「黒いボアの女」など日本初公開の作品含め、まとまった形でロートレックの作品が展示されるのは今回が初めてです。油彩画、素描、ポスター、版画を中心に約250点の関連資料により、19世紀末パリで活躍したロートレックの多彩な芸術活動が紹介されます。
以 上

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