平成20年2月8日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(21)
   
政治家の邸宅…旧鳩山一郎邸(鳩山会館)…
               
井出昭一

1.鳩山一郎の親友・岡田信一郎が設計
 護国寺から音羽通りを江戸川橋方面に進むと左側に「鳩山会館」と表示された門があって、そこから桜並木のある坂道を登ってゆくと、イギリス風の洋館が現れます。これが旧鳩山一郎邸です。
 鳩山家は、明治以降の日本の政治の世界にあって、四代にわたり指導的な政治家を生み育ててきた名家です。衆議院議長を務めた和夫(1856〜1911)を初め、総理大臣の一郎(1883〜1959)、外務大臣の威一郎(1918〜1993)、さらに現・衆議院議員(民主党幹事長)の由紀夫(1947生れ)、現・法務大臣(元文部・労働大臣)の邦夫(1948生れ)と多彩な顔ぶれです。
 この洋館は「音羽御殿」とも呼ばれ、建てたのは鳩山一郎です。この建物で戦後政治の中枢となった自由党(現・自民党)の創設が計画されたり、また首相として日ソ国交回復の下準備も行なわれたという戦後政治の華やかな舞台となったところでもあります。
設計したのは岡田信一郎で、岡田の住宅作品の中ではよく知られた建物です。岡田と鳩山は、同じ明治16年生れで高等師範附属中学校、第一高等学校、東大と同窓という文字通り“竹馬の友”で、岡田が鳩山夫人(寺田栄の長女 薫)の妹に思いを寄せていたという話も伝えられています。鳩山一郎が家を建て替えようと、ある建築家に依頼したところ、それを知った岡田は「親友の自分になぜ相談しないのか」と怒り、そこで一郎はその建築家を断って、改めて岡田に設計を依頼しました。
 岡田は設計から工事監督まで自ら行いましたが、報酬を受け取ろうとはしなかったそうです。こうして個人住宅としては珍しいコンクリート造の洋館が誕生したのは、関東大震災の翌年の大正13年でした。
 建築後70年を経て傷みもひどくなってきたため、6億円以上をかけて大改修が行われ、平成8年に往年の美しい姿を回復しました。改修後は「鳩山会館」として一般に公開されていますので現在では気軽に訪れることができます。

2.目を引くステンドグラス
 鳩山邸は玄関を入ると、驚くことにいきなり階段が現れます。階段を上がったところがホールで、左手が階段室、右手が応接間になっています。まず手前の第1応接間は落ち着いた少し渋い感じの部屋で、隣りの第2応接間は、壁・天井とも白を基調にした明るい部屋で隣の食堂とも続いていて、南側には庭に面した開放的なサンルームがあります。


 鳩山邸ほどステンドグラスが多用されている建物は他には見当たりません。最大のステンドグラスは階段室の踊り場にあります。寺の塔の上を鳩が舞っているデザインで小川三知(1867〜1927)の作になり、特に塔の部分のキメ細かい手法は実に見事です。小川三知は宇野澤辰雄とともに日本におけるステンドグラスの草分けの一人で、鳩山邸では小川三知の数多くの作品を目にすることができます。玄関の上部、第1応接間のマントルピースの両サイド、 第2応接間、食堂とサンルームの間にもデザインの異なるステンドグラスが嵌め込まれていて華やかな雰囲気を醸し出しています。







 鳩山という名にちなんで、鳥のデザインも随所に見受けられます。外壁の隅に付けられた鳩のレリーフ、庭園側の屋根に飾られたミミズクの彫刻、テラスの金具にある孔雀の模様、玄関ホールや階段室、応接間の窓などのステンドグラスにも鳩などの鳥が描かれています。芝生の広い庭との取り合わせや細かな装飾の付けられたインテリアなど注目すべきところが多すぎるほどです。


 修復前の2階の南面には寝室が並んでいましたが、現在は明るい広間に改装されています。広間のほかの3室は初代自由党総裁で首相を務めた鳩山一郎、妻で教育家(共立女子学園理事長)の薫、その長男で外務大臣を務めた威一郎の記念室になっていて、それぞれゆかりの品が展示されています。

 南に広がる庭園にはバラ園があって、花の咲く時期はまさにバラに包まれた西洋館となり、素晴らしい花園です。錦鯉が泳ぐ池のほとりには朝倉文夫作の和夫、春子夫妻像などもあって内外とも見るべきものが多く楽しい建物です。


3.設計者・岡田信一郎のエピソード
 設計を手掛けた岡田信一郎(1883〜1932)は、東京帝国大学建築学科を首席で卒業し恩賜の銀時計を授与されました。大正から昭和初期に活躍した代表的建築家として知られ、大阪の中央公会堂コンペでは先輩の建築家を抑えて最年少の岡田が29歳の若さで1等に当選して華やかなデビューを飾りました。
 以後、“様式建築の鬼才”といわれ、歌舞伎座(1925年)、日本赤十字社(1925年)などの作品を次々に手掛けましたが、和洋どちらの様式も見事にこなす表現力は当時の建築家の中でも群を抜いていたといわれ、1932年(昭和7年)4月、代表作である明治生命館(1934年)の完成を見ることなく惜しまれながら50歳の若さでこの世を去りました。
 丸の内の明治生命館は、明治10年以来、西欧の建築を追い続けてきた日本における様式建築の到達点を示すものであり、同時に半世紀にわたる様式建築の歴史に終止符を打った建築だと高く評価されています。東大での恩師・塚本靖や東京美術学校の正木直彦校長の推薦でロンドン日英博覧会の委員として渡欧する機会があったにもかかわらず、病弱であったために一度も海外へ出かけることができなかった“鬼才”岡田が、西欧の本物を一度も見ることなしに様式建築の最高傑作を残したわけです。
 岡田は建築ばかりではなく銅像の台座も数多く手がけています。東京で見られるものは、上野の東京藝術大学構内の橋本雅邦(銅像制作:白井雨山)と川端玉章(銅像制作:武石弘三郎)の台座ですが、規模が大きく堂々たる風格あるのは、上野動物園入り口の左側にある小松宮彰仁親王の銅像(銅像制作:大熊氏廣)の台座です。
 また、岡田信一郎が所蔵していた絵画11点が東京国立博物館に寄贈されていることを知って驚きました。岡田の逝去後の昭和7年12月に寄贈されたものは、明時代の絵画(山水図、猫図、白菊図)をはじめ、鎌倉時代の「愛染明王像」、桃山時代の土佐光則「雑画帖」、江戸時代の伝岩佐膳以「三十六歌仙図帖」、明治時代の「漢武帝・西王母・林和靖図」(狩野探幽)、「山水図」(谷文晁)、「雨後」(横山大観)、「高峰残雪」(川合玉堂)、「双鳩」(平福百穂)というように和漢古今の多岐にわたり、近代建築とは直接関係ないものばかりで、岡田の趣味の広さは驚くばかりです。
 なお、岡田信一郎の墓は、10歳年下の弟の捷五郎が設計したといわれ、鳩山邸に近い護国寺にあって父母と妻・静(美人で有名な芸妓:萬龍)とともに眠っています。護国寺の本堂は重要文化財指定の都内随一の木造大建造物で、高橋箒庵によって集められた有名茶室も点在しているところで、コンドル、益田鈍翁、山県有朋、大隈重信などの墓もありますので、鳩山会館を訪れた時にはこちらへも足を向けることをお勧めします。

IDE・トピックス 2008.2.7 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.特集陳列「甦る天平の宝…正倉院宝物模造」
 会 期:2008.1.2〜2.24
 会 場:上野公園 東京国立博物館
     本館14室

 平常展観覧料:一般600円
     (満70歳以上 無料)

 休 館:月曜日
     (祝日、休日の場合は翌日)

 問合せ:03・3822・1111(代表)
 http://www.tnm.jp/

 世界的至宝とも称えられる正倉院宝物は、年1回の正倉院展以外ではほとんど公開されることがありません。東京国立博物館にはその正倉院宝物を代表する華やかな作品の模造がまとまって保管され、これが今回一堂に展示されています。奈良に行かずして復元された正倉院の至宝を目にすることができる絶好の機会です。


2.「ルーヴル美術館展…フランス宮廷の美…」
 会 期:2008.1.24〜4.6
 会 場:上野公園 東京都美術館
 入場料:一般1500円(65歳以上 800円)
     2/20(水)、3/19(水)は
     シルバーディ(65歳以上 無料)

 休 室:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ:03・5777・8600
     (ハローダイヤル)

 http://www.tobikan.jp/

 18世紀のフランス宮廷では、最も洗練された文化が花開き、ロココや新古典主義などの芸術様式が展開し、美術工芸は頂点を極めたといわれます。華麗な宮廷美術の粋を集めた名品約140点が展示されています。


3.特別公開 岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」
 会 期:2007.4.27〜2008.4.13
 会 場:江東区三好 東京都現代美術館 3階常設展示室
 入場料:一般500円(65歳以上 無料)
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ:03・5245・4111
 http://www.mot-art-museum.jp

 大壁画「明日の神話」は、岡本太郎がメキシコ人の実業家の依頼を受け、メキシコシティのホテルのために1968〜69年に制作されましたが、依頼者の財政悪化により設置されないまま永い間行方不明となっていました。2003年9月に発見され、日本に里帰りしました。この「明日の神話」とあわせて、昨年秋に岡本太郎記念館のアトリエで白塗りの状態で発見された「明日の神話」の下絵(第0号)も展示されています。壁画の恒久設置先として、岡本太郎と深い関わりを持つ渋谷区、吹田市、広島市が名乗りを挙げていて審議中だそうですが、移される前に一度見ておきたいものです。


4.「鍋島…至宝の磁器・創出された美…」
 会 期:2008.1.5〜3.23
 会 場:松濤 戸栗美術館 
 入場料:一般1000円
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ:03・3465.0070
 
 鍋島は、将軍家に献上することを目的に優秀な陶工が集められ、極秘の製法を基に創り出された日本磁器の中で最高と位置付けられているものです。古陶磁専門の戸栗美術館が収蔵する鍋島の優品が数多く展示されます。


http://www.toguri-museum.or.jp/home.html

以上

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