平成19年8月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(13)
   
信州・佐久の重文建築   
            …旧中込学校と新海三社神社…        
井出昭一


 私が高校時代まで過ごした郷里の信州・佐久には、重要文化財に指定されている建造物が7件(注)あります。そのうち、この夏、帰省した機会に久しぶりに訪ねた旧中込学校と新海三社神社を紹介します。
(注)佐久市の重要文化財建造物
  1)六地蔵幢(旧臼田町) 室町時代 (2m強の六角形の石塔)
  2)八幡社境内神社高良社本殿(旧浅科村) 室町時代
  3)新海三社神社三重塔(旧臼田町)室町時代
  4)新海三社神社東本社(旧臼田町)室町時代
  5)駒形神社本殿 室町時代
  6)真山家住宅(旧望月町) 江戸時代 (中山道望月宿の旅籠)
  7)旧中込学校  明治時代

1.旧中込学校…日本で最古の洋風建築の校舎
 旧中込学校は、その前の道路を定期バスが通っていましたので、かつては上田や小諸への行き帰りにバスの窓から風変わりな建物だと思いながら眺めたものですが、今でも遠くからすぐわかるほど目立つ建物です。 
 明治の洋風建築として広く知られている松本の開智学校の完成は明治9年ですが、旧中込学校はその前年の明治8年(1875年)12月に竣工した国内で現存する最古の洋風学校建築です。壮大な松本城を擁する松本平の中心に西洋風の堂々とした開智学校ができたことは理解できますが、海から最も離れていて海外情報も乏しかった佐久の地に、明治初期に“超”近代的な小学校が全国に先駆けて建てられたということは驚くばかりです。
 当時としては珍しい窓にガラスを使ったことから地元では“ギヤマン学校”と愛称され、見学者があとを絶たなかったといわれています。中央の八角塔の上に風見鶏があるのかと思って良く見るとそれは鶏ではなくて、「東西南北」と漢字で方位を示しています。この塔の中には天井から太鼓が吊るされていて、時間を知らせていたため太鼓楼と呼ばれていたそうですが、鐘ではなく太鼓というところに、いかにも明治初期の和様折衷様式が偲ばれます。 
 現在では危険防止のため塔の部分は閉鎖されていて登ることはできません。屋根の鬼瓦や瓦の先端には「中込」と漢字が記されています。開智学校の玄関回りは凝った彫刻があちらこちらに施されているのに比べると、旧中込学校のほうがシンプルですっきりしています。
 設計したのは地元の下中込出身の市川代治郎で、岩倉渡米使節団に随行してアメリカに渡って建築学を学んできたことが生かされているようです。寒村で財政事情が厳しかったため、総工費6098円51銭のほとんどは全村民の寄付によって賄われたといわれ、教育に対する地元の情熱を伺い知ることができます。
 昭和44年3月、明治初期の木造洋風建築の様式を知る上で重要な建物であるとして、残されていた学校新築請負書、新築入費勘定帳、学校新築諸入費帳など付帯文書とともに重要文化財に指定されました。
 建物は、玄関、バルコニーなどの柱には彫刻が施されていますが、これは西洋のルネサンスの石造建築を木造建築に生かしたもので、2階の中廊下の突き当りには赤青黄緑の色鮮やかなステンドグラスの丸窓が設けられています。
 大正8年に中込に新校舎が建築されるまで40年余りの間に多くの子供がこの校舎から育っていきましたが、評論家の丸岡秀子(元官房長官井出一太郎の実姉)はこの学校の在校生だったという資料も展示されていました。
 真夏の午後、木の床のきしむ教室にただひとりいると古びたオルガンから小学唱歌が流れてくるようなレトロの雰囲気を感じるひとときでした。


2.新海三社神社…神社境内にある美しい三重塔
 佐久市の田口というところは主要街道から離れた山間にありますが、そこには屋根の反りが美しい三重塔を擁する新海三社神社があります。
 新海三社神社は古くから佐久の3庄36郷の総社といわれ、佐久平では最も規模の大きな神社です。古くから武将の崇敬が厚いといわれ源氏、足利氏、武田氏、徳川氏、大給氏らが社領を寄進し、神殿の修理再建なども行っています。武田信玄は永禄8年(1565年)上州箕輪城攻略の際に戦勝祈願文を奉納し、その願文が残されているそうです。 
 大鳥居を経て境内に入り、杉の大木に囲まれている急な砂利道を登って行くと開けたところに東本社、中本社、西本社と三社が並んでいます。このことから新海三社神社と呼ばれています。佐久地方開拓の祖神・興波岐命(おきはぎのみこと)が主神として東本社に祀られ、その父神の健御名方命(たけみなかたのみこと)が中本社に、事代主命(ことしろぬしのみこと)と誉田別命(ほむだわけのみこと)が西本社に祀られています。
 国の重要文化財に指定されている東本社は、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)といって、柱と柱に間が四方各々1間で造られていて、屋根の前方はゆるやかな曲線を描いて長く伸び後の流れは短い、檜皮葺きの屋根を有する簡素で清楚な感じの建物です。





 東本社の奥には1515年の建立の三重塔が建っています。一般に三重塔は釈迦の骨や舎利塔を安置する仏教のものですから、神社に塔があるのは全国でも珍しい例です。この三重塔は、神社と寺がいっしょに建てられていた時代の建物で、明治政府の「神仏分離令」により神宮寺は隣の地籍へ移されました。本来、三重塔も寺の建物ですが、神社の宝庫という名目で取り壊しや移設を免れたとされています。
 塔の一番下の屋根を支える垂木には、扇状に木をはる「禅宗様」(唐様)の建築様式が用いられています。また、二段目、三段目の屋根の垂木はまっすぐに木を張った「和様」の様式です。このように二つの建築様式が同じ建物に混在する建物は、全国でも珍しいとされ、こちらも重要文化財に指定されています。

 中本社と西本社の間には御霊代石(みたましろいし)<市指定有形文化財>があり、左右対称の龍のような動物が彫られ、延文3年(1358年)戌3月12日と刻まれています。耳を当てると諏訪湖の水音が聞こえると伝えられているようです。


 8月中旬の朝、この神社の神職を務める高校時代の友人に拝観を願ったところ、突然の申し出にもかかわらず快諾し、私ひとりのために時間をかけて境内すべてを案内していただきました。真夏の至福のときでした。

 “ふるさとの 友に向かいて 言うことなし ふるさとの友は ありがたきかな”


3.龍岡城…もうひとつあった五稜
 五稜郭といえば函館の五稜郭が有名ですが、日本で五稜郭と呼ばれる城郭は函館のほかに信州の佐久にもあります。それが龍岡城で、新海三社神社とはわずか数百mしか離れていないところにあります。龍岡城は函館五稜郭の約5分の1規模で、星型の各稜角間の長さは147mで、石垣の高さは濠の底から約4m、濠の幅は最大9m、石垣の縁には敵の侵入を防ぐ武者返しが設けられていて、上空からの写真で見ると星の形がはっきりと見えます。フランスのリール市にある星型の堀を持つボーバン城がモデルとなって築城されたといわれています。

 築城したのは、三河の奥殿藩(岡崎市)と信州田野口藩(1万6千石)の藩主の松平乗謨(のりかた,1839〜1910)で、幕末、参勤交代廃止令を契機に江戸の家族や家臣を賄うため地理的条件から考えて潤沢な石高を持つ田野口藩に本拠を移し龍岡城を築城しました。元治元年(1864年)3月着工し、慶応3年(1867年)竣工しましたがすぐに明治維新となったため最後の城郭となりました。松平乗謨は青年時代にフランスに関する知識や文化を吸収し、これが基盤となって五稜郭の築城に知識が発揮されたといわれています。
 明治になると松平乗謨は大給恒(おぎゅう・ゆずる)と改名し、貴族院議員、賞勲局総裁、枢密院顧問官などの要職を歴任し、佐賀藩の佐野常民とともに博愛社(日本赤十字社の前身)の創設に努めました。爵位は当初は子爵でしたが、日露戦争時の功績により伯爵に昇格しています。

 現在は城址には田口小学校が建てられ、当時を偲ぶ建物としては校庭の隅の御台所が現存するのみです。
 私が訪れたのは旧盆のさなか、龍岡城址内の小学校の校庭では地元の方が土ほこりにまみれて炎天下の盆野球を楽しんでいました。


. IDE・トピックス 2007.8.20 
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.「没後50年 川合玉堂展」

 会 期:2007.9.8〜11.11

 会 場:三番町 山種美術館 
 入場料:一般 800円 
 休 館:月曜日   
 問合せ:03-3239-5911
 http://www.yamatane-museum.or.jp/

 日本の自然や風物を詩情豊かに表現した川合玉堂の没後50年記念展です。玉堂の「鵜飼」、「雨後」、「春風春水」「山雨一過」など、橋本雅邦に師事した初期の作品から晩年に至るまで約50点を展観します。また、師の望月玉泉、橋本雅邦、弟子の児玉希望、孫弟子の奥田元宋、佐藤太清ら、ゆかりの作家たちの作品も展示します。


2.「美の求道者…安宅英一の眼…安宅コレクション」

 会 期:2007.10.13〜12.16

 会 場:日本橋室町 三井記念美術館 
 入場料:一般 1000円 (70歳以上 800円)
 休 館:月曜日
 問合せ:03−5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.mitsui-museum.jp/

 東洋陶磁のコレクションとして質・量ともトップクラスとして評価の高い安宅コレクションが東京では28年ぶりで公開されます。安宅産業の元会長の安宅英一氏が収集した約1000点の中から油滴天目、飛青磁花生の国宝2点、重文11点を含む126点が展示されます。


3.「平山郁夫 祈りの旅路」展 

 会 期:2007.9.4〜10.21

 会 場:北の丸公園 東京国立近代美術館 
 入場料:一般 1300円
 休 館:月曜日
 問合せ:03−5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.momat.go.jp/

 平山郁夫の喜寿記念企画で、代表作約80点が展示されます。「仏教伝来」など仏教に関する伝説や逸話に基づく作品で注目を浴びた後、玄奘三蔵の道を追体験してシルクロードを旅し、その光景を題材に歴史画ともいうべき独特の世界を築き上げ、薬師寺の玄奘三蔵院の大壁画となって実を結びました。全体を「仏陀への憧憬」「玄奘三蔵の道と仏教東漸」「シルクロード」「平和への祈り」の4章で構成し、平山郁夫の芸術の軌跡を辿ります。


4.「生誕120年…バーナード・リーチ
               …生活をつくる眼と手」
 

 会 期:2007.9.1〜11.25
 会 場:東新橋 松下電工ミュージアム
             (松下電工ビル4階)

 入場料:一般 500円(65歳以上 400円)
 休 館:月曜日
 問合せ:03−5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.mew.co.jp/corp/museum/

 バーナード・リーチ(1887〜1979)は、20世紀のイギリスを代表する陶芸家です。この展覧会では、単にリーチを陶芸家としてではなく、生活との関わりの中で造形を考え制作に励んだ芸術家としての創作活動を振り返り、リ−チの陶磁器、エッチング、素描、家具など約130点の作品が展示されます。


.
(了)

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