平成19年7月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(12)
   
修学院離宮と仙洞御所
        
井出昭一
 京都には、皇室用財産(国有財産)として宮内庁が管理している京都御所、京都大宮御所、桂離宮、修学院離宮、仙洞御所があります。昨年の夏に桂離宮を参観したのに続き、今年は6月下旬に修学院離宮と仙洞御所を拝観してきました。
 参観するには事前に手続きが必要で、申込み人数は4名以内とか、1ヶ所1通の申込みが必要など多少手数を要しますが、手入れの行き届いた名園と建物を丁寧な解説付きで、しかも無料で参観できることはありがたいことです。
1.修学院離宮 (しゅうがくいんりきゅう) 
 修学院離宮は17世紀中頃(万治2年、1659年)、後水尾上皇により造営された上・中・下(かみ・なか・しも)の3つの離宮(御茶屋)からなる雄大な山荘です。京都の東北部、比叡山の麓に位置し、西南部の桂川沿いに造営された桂離宮とは京都御所を中心に相対しています。後水尾上皇は、詩歌、連句、俳諧のほか芸術も好んだ文化人で、51年という長期にわたって院政を行ったといわれています。総面積54万5千u、上と下の離宮の標高差は40mの日本を代表する借景を取り入れた庭園です。
1)下離宮(しもりきゅう)
 修学院離宮には、まず御幸門から下離宮に入ります。柿葺き(こけらぶき)の屋根を持ち花菱紋の透かし彫が施された板戸のある清楚な門です。
 左手の緩やかな石段の先には玄関に当たる御輿寄せが見えます。下離宮の寿月観には、後水尾上皇の宸筆の扁額がかけられていて、柿葺き入母屋数奇屋風造りのきわめて端整な感じの建物です。
 一の間は十五畳で三畳の上段が設けられ、一間半の床、琵琶床、飾り棚があり、随所に後水尾上皇好みの菱形が使われています。苑路には珍しい形の袖形灯籠、朝鮮灯籠がさりげなく置かれていて、形の異なるこれらの灯籠を見るのも楽しみのひとつです。
東門を出ると、比叡山、東山、北山の山並みが一望できますが、人工の工作物が一切見えない自然のままの姿であることがすばらしいことです。手入れの行き届いた松並木を左に進むと中離宮です。



2)中離宮(なかりきゅう)
 中離宮の楽只軒(らくしけん)は朱宮御所(あけのみやごしょ)の最初の建物で一の間と二の間からなる簡素な造りで、客殿の方は木賊(とくさ)葺きの深い屋根を持つ入母屋造りの気品ある宮殿建築です。前庭には遣水が流れ、植え込みの中には苔むしたキリシタン燈籠が置かれているのも珍しい光景といえます。
 飾り棚に大小5枚の欅板が配されていて霞がたなびく様に似ている事から名付けられた霞棚は桂離宮の桂棚、三宝院の醍醐棚とともに「天下の三棚」と評されています。襖の七宝の引手、釘隠し、飾り金具、網干の欄干など細かい所にまで贅を尽くした意匠が施されていて雅を感じるところです。
松並木に戻って、段形の見事な大刈り込みを左に眺めながら御馬車道(おばしゃみち)を進むと上離宮に至ります。



3)上離宮(かみりきゅう)
 高い刈り込みの間の石段を登ってゆくと、一番高い場所に隣雲亭があり、床も棚もない簡素な建物で三方開け放すことができます。庭園内で最も見晴らしの良いところで、眼下に浴龍池が広がり、池の彼方には西山の峰々が一望できます。眼を足元に向けると、深い軒下のたたきには赤と黒の鴨川の小石を一二三と散らして埋め込まれている「一二三石」(ひふみいし)が独特の文様の美しさを表しています。
 隣雲亭を下って行くと、楓橋を過ぎて三保ヶ島に建つ窮邃亭(きゅうすいてい)に至ります。これは宝形造りの茶屋で、軒下には後水尾上皇の宸筆の「窮邃」の扁額が掛けられています。浴龍池には風情の異なる三つの橋が掛けられていますが、珍しいのは橋脚に宝形造りと寄棟造りの四阿風のものを建てるという特異な形の千歳橋です。楓橋と土橋は渡ることができますが、千歳橋は遠くから望むだけです。



 修学院離宮は3ヶ所の御茶屋を巡り、起伏にある約3キロの道のりのため、参観に要する時間は80分ほどです。すばらしい庭園と建物に魅入っているうちに参観時間が終了し、立ち去りがたい気分になりました。

2.仙洞御所 (せんとうごしょ)      
 修学院離宮の感銘が冷めきらない翌日、仙洞御所を訪れました。仙洞御所とは皇位を退かれた天皇(上皇、院)の御所をさす一般名詞で固有名詞ではないことを今回初めて知りました。
 17世紀初め(寛永7年、1630年)、後水尾天皇が上皇となられた際に造営して以来、5代の上皇の仙洞御所として使われたとされています。
 御殿は嘉永7年(1854年)に焼失し、現在建物として残っているのは2棟の茶室のみですが、京都の中心とは思えない雄大な庭園が往時の面影を伝えています。小堀遠州が作事奉行として造ったのは池泉舟遊・回遊式庭園でしたが、その後、折々に改修拡張等により、遠州当時の遺構は南池東岸の一部にわずか認められるに過ぎないようです。
 仙洞御所参観のために出入りする門は大宮御所の正門です。大宮御所とは皇太后の御所で、現在築地塀内の北西にあるのは、正式には「京都大宮御所」といい、天皇皇后両陛下や外国元首等が入洛された際の御宿舎で大正年間に内部を様式に改修されましたが内部は非公開です。
 ただ風格のある唐破風屋根をいただく御車寄や御常御殿(おつねごてん)の外観のみ拝観することができます。


1)又新亭(ゆうしんてい)
 門を入ってすぐ右側には、又新亭が建っています。明治17年(1884年)近衛家から献上されたもので、茅葺きと柿葺きの屋根を有し、大きな丸窓を備えた草庵風の四畳半の茶室です。門外には外腰掛と茅葺の中門があります。


2)醒花亭(せいかてい)
 醒花亭の「醒花」とは李白の詩から命名されたもので、柿葺き紅殻の色壁の数奇屋造りで、酒店、飯店、茶店いずれの場合でも利用できる三店式の建物といわれています。北池には阿古瀬淵がありますが、これは紀貫之の幼名「阿古久曽」によるものといわれています。
 南池には雄滝と小野小町と大伴黒主のエピソードで知られている「草紙洗い石」と藤棚を掛けた石橋の八ッ橋が架けられています。見事なのは州浜です。「一升石」と呼ばれ石1個米1升と交換したという11万1千個もの玉石が敷き詰められているからです。
 このほか庭園内には、上屋はなくなっていますが「御冷し」といわれる氷を貯蔵した氷室や、柿本人麻呂を祀るミニ社の「柿本社」なども残されています。

 仙洞御所は修学院離宮とは異なり平坦なため歩きやすく、約1kmの道程を60分かけて歩きます。旅行案内やチラシなどでは、紅葉の美しい季節のものばかりでが、今回のように梅雨時で樹木や苔の青々とした眺めも格別です。いずれにせよ、四季を通じて山々の趣も変り、樹木の移り変わりの景観を楽しめるところです。

 IDE・トピックス 2007.7.20 
 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「水と生きる」…サントリー美術館会館記念展U…
 会 期:2007.6.16〜8.19
 会 場:赤坂 サントリー美術館 
 入場料:一般 1000円 
 休 館:火曜日   開館時間は〔日・月・祝日〕10:00〜18:00〔水〜土〕10:00〜20:00
 問合せ:03-3479-8600
 http://www.suntory.co.jp/sma/
 サントリー美術館の開館記念展として、日本美術に表現されてきた「水」をテーマに、<潤 水と生きる><流 水の表現><涼 水の感覚><滴 水をよむ>の4部門に分けて館蔵品約180件を展示しています。水そのものを表現した作品、水を抽象的に表現した作品、伝統の意匠や素材や色合いから水を連想させる作品など展示品、展示空間全体から水を感じ取るという珍しい趣向の展覧会です。


2.「白磁と染付」

 会 期:2007.7.3〜9.24
 会 場:駒場 日本民藝館 
 入場料:一般 1000円 
 休 館:月曜日
 問合せ:03-3467-4527
 http://www.mingeikan.or.jp/home.html
 暑い夏になると、毎年涼を求めて青磁、白磁、染付の陶磁展が各美術館で開かれますが、この展覧会もそのひとつです。朝鮮王朝(李朝)の白磁と染付、伊万里の染付、中国明末の古染付など館蔵品の中から優品150点を展示します。日本民藝館と道路を挟んで向かい側にある旧柳宗悦邸も会期中の第2と第3の水・土曜日は公開されますのでお勧めです。
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3.「パルマ…イタリア美術、もう一つの都…」 

 会 期:2007.5.29〜8.26
 会 場:上野公園 国立西洋美術館 
 入場料:一般 1400円
 休 館:月曜日
 問合せ:03−5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.nmwa.go.jp/index-j.html
  16〜17世紀にイタリア北中部の都市パルマに花開いた美術を日本ではじめて紹介する展覧会です。コレッジョやパルミジャニーノといった優れた芸術家が活躍したルネサンス期から、独自の文化がファルネーゼ家の庇護のもと栄えた17世紀バロック期までのパルマの絵画、素描約100点で構成されています。
4.「第13回秘蔵の名品アートコレクション展」 
 会 期:2007.8.1〜8.24
 会 場:虎ノ門 ホテルオークラ東京 別館
 入場料:一般 1200円
 休 館:会期中無休
 問合せ:03−3582-0111
 一般の目に触れる機会の少ない企業が秘蔵する名品 100余点を展示します。19世紀フランスのバルビゾン派、ピサロ、ルノワールなどの印象派、ヴラマンクらの野獣派、モディリアーニ、藤田嗣治らエコール・ド・パリの画家たちなど、幅広い分野の名品を鑑賞できます。この展覧会は恵まれないこども達へのチャリティーを目的とした展覧会という社会貢献活動でもあります。
 なお、本展のチケットで向かいの大倉集古館で開催中の「大倉コレクション アジアへの憧憬」〔8/1〜9/30)とすぐ近くの泉屋博古館分館の「花鳥礼賛…日本・中国のかたちと心展」(8/4〜9/24)も観覧できます。

(了) 

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