平成19年6月6日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(9)
   
建物として見る国会議事堂
井出昭一



1.偶然知った国会議事堂の特別参観
 去る4月30日、早朝からすばらしく晴れわたった日でした。ジョサイア・コンドル門下生としては作品が少なく目立たない存在の建築家・佐立七次郎が設計した「日本水準原点標庫」を写真に収めようと、急に思い立って国会議事堂前の憲政記念館を訪ねました。憲政記念館では日本国憲法施行六十周年記念展示」(4/26〜5/20)が開催されていましたので、それを見終わって帰ろうとしたところ、受付の方から国会議事堂の特別参観のことを教えていただきました。
 帰宅後、インターネットで詳しく調べると、ことしは日本国憲法施行六十周年記念行事のひとつとして衆議院が5月3・4日に、参議院は開設60周年を迎えるため5月19・20日にそれぞれ特別参観を実施することがわかりました。両院の見学内容を比較したところ微妙に異なっていましたので、数少ない機会だと思って5月3日に衆議院、5月19日に参議院と2日間国会議事堂に通うことになった次第です。
 衆議院を参観した日は快晴無風だったのに対し、5月19日は朝から雨が降って荒れ模様でした。ところが参議院を見学している間に天気が急変して晴天になったので、国立公文書館で開かれていた「再建日本の出発…1947年5月日本国憲法の施行…」(5/3〜5/22)まで足を伸ばしてしまいました。
 結局、この20日間で、都心に集中している憲政記念館、国会議事堂(衆議院・参議院)、国立公文書館という国の貴重な施設をすべて無料で見学できたことになりました。以下、国会議事堂の見学記です。

2.構想から完成まで50年
 国会議事堂は、明治18年(1886年)に建築の構想が浮かび上がってから竣工まで、半世紀にわたる長い年月を費やしています。大正9年(1920年)1月に着工してからも16年5ヶ月をかけて、2・26事件の勃発した年昭和11年(193年)11月に完成しています。
 中央塔の高さは65.45mで当時日本では最も高く、広さは52,165u(15,807坪)で、当時最大の丸ビル(60,441u)についで第2位でした。南北の長さは206m、東西の奥行きは88mということで、東京における最も目立った名所だったようです。
 要した建築費は2574万円で、使用した鉄骨は9810トン、鉄筋は5522トン、花崗岩2万5500トン、大理石は2800トン、当時考えられる最高の技術と工芸の粋を集め、国の威信をかけて建てられた重厚壮大な建物でした。

3.中央玄関は開かずの扉?
 国会議事堂のシンボルというべきピラミッド型の下が正面で、そこには威圧されるような4本の花崗岩の大円柱が並んでいます。その先の中央玄関には、観音開きの扉が5対設けられています。緻密な彫刻が施されたブロンズ製の扉は1枚が1トン以上もあるという超ヘビー級の扉です。あまりに重過ぎるためでしょうか? ここが開かれるのは年数回とのことです。それは、天皇陛下が国会の開会式に臨席するとき、衆議院議員総選挙または参議院通常選挙後の国会召集日に議員が登院するとき、外国の元首などがご訪問の際にのみ開かれます。
 5月19日の参議院特別参観の際には、この中央玄関から入ることができるということであえて参観に出向いたわけです。この扉と中央広間との間には、ガラスのはめ込まれたブロンズ製の中扉がありますが、分厚いガラスは面取りがなされ、周囲のブロンズには精密な彫が施されていて、他には例を見ない重厚そのものでした。
 中央広間は、四層吹き抜けとなっていて、広さは267.65u(約81坪)、天井までの高さが32.62mで法隆寺はすっぽりと入る大きさと高さを持つといわれています。大理石の柱が並び、天井と壁には色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれ、四方の壁には春夏秋冬の四季の風景が描かれています。眺めていると時間の過ぎるのを忘れるほどで、まさに“日暮らしの広場”という言葉に最適の場所です。






4.国会議事堂は石の博物館
 国政の殿堂として国の総力を結集して建てられた国会議事堂は、昭和初期の代表建築であると同時に近代建築の最高傑作でもあります。また議事堂の石材は、ほとんどすべてが国産で、わが国石材の最も豊富なコレクションの展示場で、それゆえ「日本石材総合博物館」ともいえるところです。
特に中央広場は、日本全国から選びぬかれた銘石が集められていて、柱や壁、階段の手摺りの石材にはエビ、ハチノスサンゴなどの各種の化石を見出すことができます。床を見ると13種類の大理石で作られた巨大なモザイクタイルで見事な模様が描かれています。議長室など日本の床の間に当たる暖炉には、各種の大理石が用いられています。


 石材の種類があまりにも多種にわたるので、種別に岩石名、産地、色とか硬さなどの特色を表示したり、化石の場所を明示したらさらに判りやすいのではないかと思います。
 石材もさることながら、議事堂の金属彫刻(金工)もすばらしいものばかりです。中央玄関の正面ブロンズ扉を始め、左右の扉は細密な彫刻が施されていて、金属の重厚さと華やかさを併せ持っているものとしては他には例が見当たりません。エレベータの扉さらに内部の細密な装飾も見事です。各部屋のシャンデリアや、壁のブラケットもそれぞれ異なるデザインで、空調の排気口、扉のノブ周辺の細かいところにまで装飾がゆき届いて、目に止まるものすべてが美術品・工芸品といった感じです。

 石材、金工につづいて、木材の彫刻も見過ごせません。衆参両院の本会議場の、議長席、演壇周辺、壁面、扉の木彫も見ごたえあるものばかりです。
 さらに、ステンドグラス。衆参両院の本会議場の天井、中央広場の壁面、御休所前広間の天井のステンドグラスも圧倒されるほどです。



 このように手の込んだ造りの多い国会議事堂の中でも、その頂点に位するのが御休所です。御休所は天皇陛下の控え室というべき部屋で、かつては「便殿(びんでん)」と呼ばれていました。折上げ格天井の錦織、暖炉の前や長押しの縁を留める金色の透かし彫り、手の込んだ螺鈿の扉、カーペット、カーテンなどいずれも日本工芸の粋がすべて集約されているといっても過言ではありません。

5.中央広間の銅像の謎
 衆議院議員が登院する玄関ホールには、衆議院名誉議員の称号を贈られた尾崎行雄と三木武夫の二人の胸像が置かれています。また中央広間には、議会政治に功労のあったとされる伊藤博文(1841-1909)、板垣退助(1837-1919)、大隈重信(1838-1922)の銅像が三方に立っています。彫塑の制作者は、伊藤博文像が建畠大夢、板垣退助像が北村西望、大隈重信像が朝倉文夫といずれも日本を代表する彫刻家によるものです。
玄関ホールの二人が胸像で、中央広間の三人がなぜ全身の銅像なのか。残るコーナーに立てられるのは誰か、永久欠番なのか。どんな基準で三人が選ばれたのか判りません。
参考までに、内閣総理大臣に選出された回数をみますと、吉田茂が5回で最高、4回は伊藤博文ひとり、3回は桂太郎、近衞文麿、鳩山一郎、池田勇人、佐藤榮作、中曽根康弘、小泉純一郎の7人です。また三人のうち伊藤博文と大隈重信は総理大臣歴任者ですが、板垣退助は総理を経験してません。
国会議事堂の建物の話が、いつの間にかわき道に入ってしまいましたので、終了することにします。
ところで、“ミニ国会議事堂”をご存知でしょうか。国会議事堂を建てる前に試験的皇居内に建てた建物が「枢密院」だそうです。現在、枢密院は廃止され、建物も非公開のため伺い知ることはできませんが、国会議事堂と比較するうえからも、一度見学して見たい建物です。

 IDE・トピックス 2007.6.5 
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「じっと見る…印象派から現代まで…」
 会 期:2007.4.10〜7.16
 会 場:京橋 ブリヂストン美術館
 入場料:一般 800円 (65歳以上 600円)
 休 館:月曜日
 問合せ:03・5777・8600(ハローダイヤル)
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/
モネ、ルノワールら印象派の画家をはじめ、ローランサン、藤田嗣治、モディリアーニなどのエコール・ド・パリの画家から、ピカソ、ポロックらの20世紀美術まで、ブリヂストン美術館の所蔵作品を中心に約150点が展示されていて、近代絵画の東西の名作を“じっと見る”ことができます。

2.「日本の幟旗(のぼりばた)
 会 期:2007.4.3〜6.24
 会 場:駒場 日本民藝館
 入場料:一般 1000円
 休 館:月曜日
 問合せ:03・3467・4527
http://www.mingeikan.or.jp/

逆L字型の竿に文字や絵を描いた細長い布を結びつけて掲げる幟旗(のぼりばた)は、日本の独特の文化です。この幟旗に焦点を当て、日本で唯一の北村コレクションを公開するという珍しい展覧会です。毎月第3水・土曜日には、西館(旧柳宗悦邸)も公開されます。

.「モーリス・ユトリロ展…モンマルトルの詩情…
 会 期:2007.4.28〜7.8
 会 場:三鷹駅南口駅前 三鷹市美術ギャラリー
 入場料:一般 800円 (65歳以上 無料)
 休 館:月曜日
 問合せ:0422・79・0033
http://mitaka.jpn.org/gallery/
三鷹市美術ギャラリーは、市の文化ネットワークの一環として、三鷹駅南口のCORAL5階に平成5年10月に開館しました。午後8時まで開館しています。1883年パリに生まれたモーリス・ユトリロの「白の時代」を中心に、後期の作品まで含めてその全貌をご紹介しています。

4.「茶道具…付属品とともにたのしむ…」
 会 期:2007.4.28〜7.1
 会 場:六本木 泉屋博古館分館
 入場料:一般 520円 
 休 館:月曜日
 問合せ:03・5777・8600(ハローダイヤル)
http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/
茶道具そのものほか仕覆・箱・添状などいわゆる付属品にも注目して展示する展覧会です。さらに、江戸時代の京焼を代表する野々村仁清の館蔵品の5件を全て展示しています。

5.「創造の広場 ピアッツア イタリア」…永遠に再生する春…
 会 期:2007.3.24〜6.17
 会 場:駒場 東京大学駒場博物館
 入館料:無料
 休 館:火曜日
 問合せ:03・5454・6139
http://museum.c.u-tokyo.ac.jp/
「日本におけるイタリア 2007・春」として、いま全国でイタリアの魅力を紹介するいくつかのイベントが開かれていまが、これはその一環として、駒場の東京大学構内にある博物館で開かれているものです。イタリアの都市の中心部にある「広場(ピアッツア)」に着目し、過去から現在までイタリア文化のエッセンスを紹介しています。

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