平成19年3月9日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(5)
   
“雪の函館”たてもの探訪
…多国籍、多宗教、多用途の建物博物館の街…
井出昭一


 (1)“雪の函館”へ
 昨年の暮、信州の塩田平の古寺巡りをした翌日、JR東日本の“大人の休日倶楽部会員パス”を活用して函館を訪ねてきました。これまでに一度だけ訪れたことはありますが、歴史的建物の写真をデジカメに納めようと思って出掛けた次第です。
 東北新幹線で仙台を過ぎるころは日が差していたのに、北に進むにつれて雲行きが怪しくなり、青森では激しい雪になってしまいました。降りしきる雪の中では、目指す建物の写真は撮れないものと諦めかけていました。ところが、青函海底トンネルを出て北海道に入ると、雪は止んで晴れ間さえも見えているではありませんか。函館の雪景色を撮れるのかと思って急に元気が出てきました。
 雪国の天候は変わり易いといわれますが、まさに函館の1日は、日が出ていたかと思うとにわかに曇り、小雪が舞い始め、いよいよ本降りかと思っていると再び日が差し始めるという変転の繰り返しでした。万一のためにと折傘を持って歩きましたが、幸いにも一度も広げることなく済んでしまいました。
 いつもなら早足で歩くところ、坂の多い函館の雪道を、地図だけを頼りにして一人トボトボと建物を見歩いた順に書き綴ってみました。

(2)赤レンガ建物の蘇生
 雪が止んで晴れ間が見え出した午後一番、函館駅を基点にスタートしました。最初に出会ったのは、時代の風格を感じさせる赤レンガ造りの “はこだて明治館”でした。明治44年(1911年)に造られた「旧函館郵便局舎」を約50年使用した後、昭和37年(1962年)に民間に払い下げられて活用しているものです。
 この近くの「金森赤レンガ倉庫群」も“群”と名づけられている通り見事です。“ベイはこだて1号館”、“ベイはこだて2号館”、“金森洋物館”、函館ビアホールや浪漫館のある“函館ヒストリープラザ”、多目的ホールの“金森ホール”と、かつては倉庫として使っていた何棟もの建物を物販、飲食、イベントなど多角的に活用して若者を惹きつけているようです。
 これらの倉庫は、函館で初めて倉庫業を営んだ初代・渡邉熊四郎が、明治40年代に建設したものです。渡邉熊四郎は倉庫業の他に、雑貨の輸入、船具の販売など手広く事業を営むかたわら、教育・福祉・文化事業、さらには公園・水道などの公共事業にまで私財を投じ函館四天王の一人といわれた人です。
 赤レンガ倉庫群からすこし離れたところに「金森美術館」がありますが、これも「旧金森船具店」の建物を再活用して、バカラのクリスタルガラスの名品を展示しています。


(3)函館のシンボル「旧函館区公会堂」
 今回、函館の建物探訪でどうしても訪ねて見たかったのは「旧函館区公会堂」(函館市公会堂)でした。明治40年の函館大火のあと、明治43年に建築されたものですが、明治時代に建てられた木造洋館の公会堂のなかでは、建築デザイン、技法とも最も優れた建物だといわれています。
 雪の降った後だけに、訪れる人も少なく、建物内外ともゆっくりと拝見できました。華やかな外観もさることながら、館内での装飾が細部にまで行き届き、品格を感じさせる建物でした。設計は小西朝次郎で、請負人で棟梁は木村甚三郎と記されていますが、二人とも初めて耳にする人です。
 公会堂の本館は昭和49年5月に、附属棟は昭和55年12月に重要文化財に指定されています。昭和57年(1982年)には大規模の修復工事が完了して、この建物が最も整った明治44年の姿に復元され、鮮やかな姿を見ることができることはありがたいことです。 
 「旧函館区公会堂」のすぐ下の元町公園にも2棟の歴史的由緒ある建物が建っています。「旧北海道庁函館支庁庁舎」は、明治42年(1909年)に竣工し、柱頭に飾りのあるコリント式の柱と屋根窓をもつ洋風の建築です。現在では、1階を元町観光案内所、2階を函館市写真歴史館として活用されています。
 そのすぐ隣には「旧開拓使函館支庁書籍庫」が並んでいます。これら2つの建物は、北海道の開拓史上からも重要な建物として昭和60年(1985年)に北海道の有形文化財として指定されています。




(4)元町は教会建築村
 函館ハリストス正教会の“ハリストス”とはキリストのロシア語的発音だそうです。函館は日本正教会の発祥の地で、シベリア開拓団とともに24歳の修道司祭ニコライによってもたらされました。6個のねぎ坊主(玉葱の形をした大小のクーポラ)と異国情緒に富むロマンチックな外観が珍しく「旧函館区公会堂」とともに函館のシンボルで、重要文化財に指定されている建物でもあることから、これも今回の目的のひとつでした。
 この魅力的な建物を設計したのは川村伊蔵(1865−1939)で、完成したのは大正5年(1916年)です。川村伊蔵はロシア正教会の日本の総本山・ニコライ堂の聖職者で、コンドルが設計したニコライ堂(重文・明治24年)の建設に教会関係者として携わったことを契機として教会設計を手がけるようになり、この函館をはじめ豊橋(大正2年)や白河などの教会の建物を設計したロシア正教会専門の建築家だといわれています。
 
 この近くにある函館聖ヨハネ教会(英国聖公会の教会)は、前後・左右・上から見ても十字架形をしているのが特徴で、ひときわ目立つモダンな建築スタイルになっています。元町にはカトリック元町教会、元町港ヶ丘教会、日本基督教団函館教会などキリスト教の教会が密集していますが、これらに囲まれて仏教の東本願寺函館別院が堂々と建っているのもなんとも奇妙な光景です。東本願寺函館別院は、大正4年(1915年)に完成した鉄筋コンクリ−ト平屋建ての本堂で、緩やかな大きな曲線を描く瓦葺きの屋根は、函館では目立つ存在です。わが国最初の鉄筋コンクリート寺院ですが、これは大火が多かった函館で防火に重点を置いた結果だといわれています。





(5)イギリス、ロシアもあれば、中国もある
 「旧イギリス領事館」はそのまま復元して開港記念館として公開しています。瓦葺の屋根と洋風スタイルの部分とのコントラストが特徴です。館内は、英国グッズのショップ、レストラン、資料館に分かれています。中庭は雪で一面真っ白でしたが、バラが咲く頃は、女性客でにぎわって人気のスポットになっているようです。(西部地区には、旧ロシア領事館もあります。)
 大町にある「中華會館」は明治43年(1910年)に建てられたもので、中国の清朝文化を伝える日本唯一の建物です。建設された当時、中国から職人・工人を招き、資材を取り寄せ、関帝廟形式の集会場として造られたという内部は、金と朱の彩色と、細やかな彫刻が施された調度品など、燦然とした中にも厳粛な雰囲気だといわれています。



(6)太刀川家住宅は重要文化財 
 函館で重要文化財に指定されている建物3棟のうち太刀川家だけがすこし離れていましたので、見残してしまいました。正確な所在地も不明なうえ、雪もチラチラ舞い始めてきましたので一旦は帰りかけました。しかし、次はいつ函館に来られるのか判らないので思い直して訪ねることにしました。人通りのない雪の夕暮れ、周りの店も閉まって所在を尋ねる術もないのでチラシを頼りにようやく太刀川家に辿りつきました。
 太刀川家は江戸時代後期から続いた商家で、初代太刀川善吉は、米穀業、回漕業、漁業を手広く営んで一代で巨額の富を築き、明治34年(1901年)建てられた関西風商家の建物です。店舗部分は漆喰塗りの風格ある土蔵造りで、向かって左側には、木造2階建ての応接専用の住宅が大正4年に造られました。昭和46年に重要文化財に指定されたのは店舗部分で、その内部の柱や梁の木組は豪快だとか、店舗と仏間を仕切る化粧戸板はケヤキの一枚板に輪島塗りを施してあるといわれていますが、訪ねたときは閉まっていて確認できませんでした。
 ホテルに帰る途中、「箱館高田屋嘉兵衛資料館」が眼にとまりました。高田嘉兵衛は函館を拠点に北方に漁場を開いた先駆者で、一代で巨万の富を築いたにもかかわらず私欲に奢ることなく、積極的に地元へと還元し地域の発展に貢献し、昭和33年には銅像(宝来町・護国神社緑地帯内)も建立されているというので興味はあったのですが、さすがに疲れて見学するのは止めました。

(7)函館はロマン溢れる建物の街
 以上、函館の街のめぼしい歴史的建物を半日かけて駆け足で…雪道ですから実際にはトボトボと…見歩きました。バス、タクシー、市内電車などを利用することなく歩きましたので、歩数は15,717歩でした。
 函館は、横浜、神戸、長崎などと並んで古い港街だけに、異国情緒も豊かで、古いロマンを秘めた建物の多い街です。また函館は、“多国籍、多宗教、多用途建物の博物館”ではないかと思います。今回は、図らずも“雪の函館”を十分楽しむことができましたが、今回見残したのは(建物ではありませんが)、函館山からの夜景と五稜郭でした。次回訪れるときには“花の函館”、“緑の函館”でこちらも見たいものです。

   函館は 坂のある街 みなと街 ロマン溢れる建物の街

  (注)この歌の本歌は「高遠は 山裾の町 ふるき町 行き逢う子等の 美しき町」(田山花袋)です。

IDE・トピックス 2007.3.9 

美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「ミレー、コロー、クールベ展」
  会期:2006.11.3〜3.18
  会場:青山 ユニマット美術館
  入場料: 一般 1000円 
  開館:10時30分〜18時30分(入館は18時まで)
  休館:年末年始
  問合せ:03-5771-1900
  http://www.unimat-museum.co.jp/
2006年7月、青山にオープンした比較的新しい美術館です。ユニマットグループ代表で、当美術館の館長でもある橋洋二氏コレクションを展示しています。シャガール作品19点を常時展示し、そのほかピカソ、モディリアニ、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサンなどエコールドパリと総称される作家の名品、セザンヌ、ゴッホなど印象派の絵画も展示されています。
2.「パリへ…洋画家たち百年の夢…」(東京藝術大学創立120周年企画)
  会期:2007.4.19〜6.10
  会場:上野公園 東京藝術大学大学美術館
  入場料: 一般 1300円 
  休館:月曜日
  問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
   http://www.nikkei-events.jp/art/paris.html
東京芸術大学創立120周年を記念し、東京美術学校とその後身である東京芸術大学の卒業生と教員による名作約100点を通して、日本の「洋画」というジャンルの歩みを振り返り、黒田清輝、和田英作、浅井忠、藤島武二、梅原龍三郎、安井曾太郎、藤田嗣治など、明治から平成まで、パリへ渡った洋画家たち百年の足跡をたどるものです。

3.「モネ大回顧展」(国立新美術館開館記念)
  会期:2007.4.7〜7.2
  会場:六本木 国立新美術館
  入場料: 一般 1500円 (前売り 1200円)
  問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
  http://monet2007.jp/
わが国においてもっとも人気の高い印象派の画家はクロード・モネです。国立新美術館の開館を記念して、オルセー美術館のモネの秀作をはじめ、アメリカのメトロポリタン美術館、ボストン美術館など、国内外の100点近いモネの作品が一堂に会するという世界的にも稀にみる大規模なモネ展です。モネの影響を受けた現代作家たちの作品も約20点展示されますということで、質・量ともに最大級のモネ展になりそうです。

(了)

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