平成19年2月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(4)
   
“信州の鎌倉”塩田平の寺々
井出昭一
 昨年の暮、信州の塩田平に集中する古寺・神社を日帰りで一巡してきました。塩田平に近い佐久で高校を終えるまで過ごしていながら、見覚えのあるのは母の実家のある上田への途中に見える信濃国分寺ぐらいで、その周辺に数多くの古寺・旧跡が集積しているとは知りませんでした。知ってから後、何回か訪れていましたが、写真をデジカメに納めようと急に思い立って出掛けた次第です。
 塩田平は上田市の南西にあって、わずか数キロ四方の盆地です。約1000年前に編纂された「延喜式」に塩田平の生島足島(いくしまたるしま)神社や塩野神社が記載されていて、塩田平は平安時代から信濃の政治・文化の中心であったといわれています。
 奈良、京都、鎌倉などであれば、社寺が集っていても珍しいことではありませんが、都を遠く離れた信州の山里に10余の国宝、重要文化財級の神社・仏閣が密集しているということは驚くばかりです。これらの文化財は鎌倉時代の歴史に関係するものが多いことから“信州の鎌倉”と呼ばれています。最近では、レトロ雰囲気の上田交通・別所線に乗って別所温泉を訪ね、春には桜やツツジを愛で、秋にはマツタケなどの山菜料理を味わいながら古寺を散策し、温泉に入って疲れを癒す人が多くなっているようです。
 今回は、温泉に入ることも、山菜料理を食べることもなく、ひたすら車を走らせて写真を撮りながら巡り歩いた社寺を順に紹介します。



(1)大法寺(だいほうじ)三重塔(小県郡青木村)
 上田市から国道143号を西に向かって進み青木村に入ると、正慶2年(1333年)に建立された大法寺の三重塔が南斜面の林の中に見えてきます。寒い年末ということもあってか、国宝の塔でありながら法隆寺や興福寺の塔とは異なり訪れる人もいませんでした。この三重塔が美しくみえるのは、初重が特に大きく安定感があってバランスもよく装飾が少ないことに起因するようです。全国に数ある三重塔のなかでも、このような塔は奈良の興福寺の三重塔とこの塔のみだといわれています。別名「見返りの塔」とも呼ばれ、あまりの美しさに旅人が見返りながら旅をしたと伝えられているので、帰り道に見返してみると「なるほど美しい姿だ」と納得した次第です。
 境内には、観音堂厨子、須弥壇、木造十一面観音など4点の重要文化財があり、厨子の両端にある木製の鯱は国内最古のものとされています。
 この大法寺のみが青木村で、以下すべて上田市にある社寺です。

(2)常楽寺(上田市別所)
 常楽寺は天長年間(824〜834年)慈覚大師によって開かれた天台宗の寺で、北向観音堂の本坊となっています。現在は天台宗別格本山で、本堂の前の「御舟の松」の見事な形は眼を引き付けます。本堂左側の林の奥にある石造多宝塔は台石、塔身、二重の屋根、相輪など鎌倉時代の特徴を表していて、このほかには滋賀県の一例を除いてないものといわれ重要文化財に指定されています。

(3)安楽寺(上田市別所)
 安楽寺は国宝の八角三重塔で広く知られています。鎌倉時代末期に建てられた信州最古の禅寺で、北条氏や鎌倉五山の第一の建長寺ともゆかりのある寺です。三重塔は一見すると四層の塔に見えますが、一番下の屋根は裳階(もこし)といわれる庇(ひさし)です。法隆寺の夢殿のような平屋の八角の堂はいくつもありますが、八角の三重塔は日本で唯一のもので華麗かつ気品ある建物として日本を代表する建築だと評されています。
 境内には、信州の生んだアララギ派の歌人・窪田空穂の歌碑があります。

「老いの眼に 見ぬ日のありぬ 別所なる 唐風八角三重の塔 空穂」


 また、伝芳堂(開山堂)には、鎌倉時代の代表的頂相(ちんぞう:禅宗の高僧の肖像)で重要文化財に指定されている開山の樵谷惟仙(しょうこくいせん)坐像と第二世の幼牛恵仁(ようぎゅうえにん)坐像の二体が安置されています。樵谷惟仙は、鎌倉の建長寺の開山として有名な蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)と一緒に中国に留学した高僧です。

(4)北向観音堂(上田市別所)
 慈覚大師が創建した天台宗の寺で善光寺が南向きであるのに対し、北向きであるため「北向観音」といわれています。本尊は千手観音で「厄除観音」としても有名で参詣者が絶えることがありません。
境内には懸崖造りの薬師堂、愛染明王が安置されている愛染堂などがありますが、一般に有名なのは川口松太郎がこの木から発想を得て「愛染かつら」を書いたといわれる樹高22mのカツラの大木「愛染桂」で、縁結びの霊木としても親しまれています。


(5)中禅寺薬師堂(上田市西前山)
 中禅寺薬師堂は平安末期に盛んになった阿弥陀堂形式により造られた中部日本で最も古い建築で、宝形造り、大面取りの柱、柱上の舟肘木、和様の板扉など鎌倉初期の特色を表しているものとして重要文化財に指定されています。堂内には4本の柱に囲まれた内陣があって薬師如来坐像とその信仰者を守る神・神將(ともに重要文化財)が安置されています。

(6)龍光院 (上田市東前山)
 
 塩田北条氏の菩提寺(曹洞宗)で、本堂棟に家紋の三つ鱗が残されています。
 予約すると地元でとれる四季折々の山菜を材料にした精進料理を味わうことができます。

(7)前山寺(上田市東前山)
 参道の並木、重厚な本堂も見事ですが、室町時代に造られたという三重塔が有名です。初層には縁と手摺があるのに対し、二層と三層には欠いているなど未完成でありながら調和が取れているため「未完成の完成塔」などと呼ばれて評判の塔です。信州特産のくるみを擂りつぶしたタレを使った「くるみおはぎ」が好評です。

(番外1)信濃デッサン館(上田市東前山)
 前山寺参道の左横にあって塩田平が見晴らせるところに信濃デッサン館が建っています。昭和54年(1979年)6月、小説家・水上勉の長男の窪島誠一郎(館主)が私財を投じて造った小規模の美術館で、村山槐多、関根正二、松本俊介、野田英夫など若くして亡くなった画家の貴重なデッサンなどを展示しています。

(番外2)戦没画学生慰霊美術館「無言館」(上田市古安曽山王山)
 戦死した画学生30余名の300点ほどの遺作、遺品が展示されていますが、これらは信濃デッサン館の窪島誠一郎館主が、画家の野見山暁治氏とともに日本各地の戦没画学生の遺族を訪ねて集めたものです。信濃デッサン館の分館として、平成9年(1997年)5月に開館しました。

(8)生島足島神社(上田市下之郷)
 日本のほぼ中央に位置していることから「日本中央 生島足島神社」という大きな表示が出ていて目立つ神社です。宮中に祀られている生島神(いくしまかみ)と足島神(たるしまかみ)の二柱の神を祀っていて、現在の本殿は昭和16年(1941年)国費で造られた昭和神社建築の代表例だといわれています。池に映る社殿の朱の色が鮮やかで眼を引きます。

(9)長福寺(上田市下之郷)
 長福寺には、法隆寺夢殿の二分の一の大きさに作られた「信州夢殿」(昭和19年建立)があって、そこには奈良時代初期の小金銅仏の菩薩立像(重要文化財)が本尊として祀られています。

(10)信濃国分寺(上田市国分)
 本堂は江戸末期の万延元年(1860年)竣工した入母屋造り妻入りで善光寺本堂を思わせる壮大な建物です。重文の「三重塔」は高さ20mの和唐折衷様式で室町中期の建立とされています。境内には、薬師如来を安置する本堂(薬師堂)をはじめ堂塔伽藍が揃っていて、毎年1月8日の縁日は「八日堂のお薬師さん」として近在の信仰を集めています。
 信濃国分寺跡は国指定史跡となっていて、史跡公園内の資料館では信濃の国の平安時代までの文化と生活を偲ぶ資料が数多く展示されています。

[補足]今回訪ねませんでしたが、お勧めのところです。
1.上田城(上田市二の丸)
 武田信玄の知将といわれた真田昌幸が天正11年から3年をかけて築城した平城で、徳川の大軍を二度にわたり撃退させた実戦城として有名です。かつて7つあった隅櫓(すみやぐら)のうち3つが現存しています。
2.法住寺(小県郡丸子町虚空蔵)
 室町中期に建立された虚空蔵堂と堂内に安置されている厨子がともに重要文化財に指定されています。

 IDE・トピックス 2007.2.20 
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「没後80年…森谷延雄展」
 会 期:2007.1.23〜3.25
 会 場:千葉県佐倉市 佐倉市立美術館
 入場料:一般 400円
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 http://www.city.sakura.lg.jp/museum/top.htm
 大正時代に彗星のごとく現れ、33歳という若さで突然その生涯を閉じた森谷延雄の没後80年を記念する展覧会です。森谷延雄は夢あふれる家具や室内装飾を発表した西洋家具デザイナー草分け的存在で、現在でも清新さを失わない、洗練されたデザイン世界を、家具・レプリカ・資料などで紹介します。

2.「異邦人たちのパリ1900−2005」(ポンピドー・センター所蔵作品展)
 会 期:2007.2.7〜5.7  
 会 場:六本木 国立新美術館
 入場料:一般 1500円
 休 館:火曜日(金曜日は20:00まで開館)
 http://www.nact.jp/

 フランスが誇る近現代美術の殿堂ポンピドー・センターの所蔵作品から、19世紀末から今日までフランスで活躍してきた芸術家たち、ピカソ(スペイン)、シャガール(ロシア)、モディリアーニ(イタリア)、藤田嗣治(日本)などの画家、ブランクーシ(ルーマニア)、ジャコメッティ(スイス)などの彫刻家、パリの情景や風俗を写し出したブラッサイ(ハンガリー)やウイリアム・クライン(アメリカ)など写真家たちの作品約200点を紹介する展覧会です。

3.「志野と織部…風流なうつわ…」
          (開館40周年記念展) 
 会 期:2007.2.20〜4.22
 会 場:丸の内 出光美術館
 入場料:一般 1000円
 休 館:月曜日
 問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
 http://www.idemitsu.co.jp/museum/
 志野や織部は、かたち・色彩・文様、そして肌合いなど、すべての点で中国や朝鮮のやきものとは異なる魅力的な造形を創造しました。とくに志野の茶碗や水指などの茶道具、向付や鉢などの織部の懐石道具は、日本のうつわを根本的に変えるような大きな影響を後世に残しています。今回は、出光コレクションの志野と織部を一堂に会するとともに、国宝1件、重要文化財3件をはじめとする館外の名品も展示しています。

4.「大名から侯爵へ…鍋島家の華」 
 会 期:2007.1.6〜3.11
 会 場:六本木 泉屋博古館分館
 入場料:一般 800円
 休 館:月曜日
 問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
 http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/index.html
 大名家から侯爵家へと受け継がれてきた鍋島家の伝来品のうち染織品を中心に、武家・公家そして華族の伝統的服飾の特質を辿る展覧会です。国立能楽堂においても同時期に『鍋島家伝来能装束』を開催中です。

5.「浮世絵名品展」…ギメ東洋美術館所蔵…
 会 期:2007.1.3〜2.25
 会 場:神宮前 太田記念美術館
 入館料:一般 1000円
 休 館:月曜日
 問合せ:03−3447−5787
 http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/index.html
 パリの国立ギメ東洋美術館は、1889年に実業家エミール・ギメ氏によって設立され、世界でも屈指の質の高さを誇る東洋美術コレクションです。1928年には国立美術館として編入され、ルーヴル美術館の東洋部としての役割を果たしています。これまでギメ東洋美術館の浮世絵コレクションは、まとまって公開されたことがなく、今回は初めての企画です。近年、ギメ東洋美術館に寄贈された葛飾北斎の「龍図」が、太田記念美術館所蔵の「虎図」と対幅であることが判明して美術史上話題を呼んでいます。

  以上

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