平成19年2月7日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(3)
   
皇居の建物(その2)
井出昭一
 今回は、東御苑の中にある建物と門を訪ねてみます。東御苑は皇居の東側にあって、江戸城の中核の本丸、二の丸、三の丸があったところですが、宮殿の造営に合わせて昭和43年(1968年)一般に開放されました。東京の都心にあって、21ヘクタールという広さにもかかわらず、塵ひとつなく整備されていて感じの良いところです。樹木の種類も多く、四季を通じて豊かな自然に浸ると同時に、由緒ある建物・史跡を訪ねて歴史に思いを馳せることもできます。
 東御苑には、大手門、平川門、北桔橋門から無料で出入りできて、広大な苑内の散策を自由に楽しめます。入園するには、これら3門の窓口で白いプラスチックの入園証を受け取って入り、出るときにそれを返却すればよいのです。
 今回は、パレスホテルの向かい側の入り口である大手門から入って東御苑内の建物を紹介しますが、江戸城の門は、その造りが豪壮な建造物ですから、建物としての門も含めることにします。
[注]皇居東御苑へのアクセス・略図は、下記をご覧ください。
  http://www.kunaicho.go.jp/11/d11-03gr.html

(1)大手門
 江戸城の正門だったところがこの大手門で、諸大名はここから登城しました。左右の控え柱の上にも瓦屋根のある高麗門(こうらいもん)を入ると枡形(ますがた)といわれる石垣と白壁に囲まれた四角の広場があり、右には重厚な渡櫓門(わたりやぐらもん)が迫ってきて、登城する諸大名に徳川幕府の威力を誇示するのに十分だったと思います。現在の大手門は戦災で焼失したあと昭和42年(1967年)に再建したものです。

(2)三の丸尚蔵館
 大手門を入って直ぐ右側の日本風の現代的建築が三の丸尚蔵館です。昭和天皇と香淳皇后が代々皇室に受け継がれてきた絵画、書跡、工芸品など美術品約6000点を国にご寄贈されたことを機に平成4年(1996年)に完成しました。ここでは「御物」として保存されてきたものの管理と調査研究も行われています。展示室は1室のみですが、収蔵品が順次公開されています。都心にありながら静かな雰囲気の中で、しかも無料で楽しめる穴場の美術館だといえます。
(現在の展示については、後記のトピックスの2を参照して下さい。)


(3)同心番所

同心とは、江戸幕府の諸奉行、大番頭などの配下に属し、与力(よりき)の下にあって、庶務・警備の仕事をしていた下級役人の総称です。ここを駕籠に乗ったまま通ることができたのは尾張、水戸、紀伊の御三家のみで、それ以外の大名は駕籠から降りて検問を受けました。

(4)百人番所
 江戸城の正門の大手門から本丸に入るときの最大の検問所として睨みを利かせていたところで、南北に50m程伸びる長大な番所です。与力20人と同心100人が昼夜を問わず守衛に当たっていました。百人番所の建物は再建されたものですが、やはり時代と風格を感じさせる雰囲気があります。
 尚蔵館の向かい側には皇宮警察の武道場である済寧館(さいねいかん)があります。植え込みが高いのでよく見えませんので、この昭和初期の趣ある建物は百人番所の左端から垣間見るしかありません。


(5)大番所

 百人番所を通って、圧倒されるような切石が高く組み合わさった中の門跡を過ぎると右側に大番所があります。ここは、ほかの番所よりは格が上で、位の高い与力、同心が詰めていたところです。

(6)旧本丸跡
 大番所から坂道を登って中雀門(玄関前門)跡を過ぎると、約4万坪の広大な本丸大芝生に出ます。江戸城の豪壮な五層の天主をはじめ、表・中奥・大奥からなる壮大で複雑きわまる本丸(建坪約1万1千坪)の配置図などは、江戸東京博物館で現在開催中の「特別展 江戸城」(3月4日まで開催)で、いかに大規模であったかを実感することができます。また、有名な「松の大廊下」の跡には石の標識が建てられていますが、この部分の精巧な模型は江戸東京博物館で常時展示されています。



(7)桃華楽堂 
 
 巨石で築きあげられた天主台に上ると四方を見渡すことができます。東方面に見えるのが桃華楽堂で、昭和41年(1966年)香淳皇后の還暦を記念して建てられ、宮内庁楽部の演奏の場として使われています。「桃」は香淳皇后の3月生まれを、「華」は十が6個と一で構成されていることから「桃華楽堂」の名前が付けられました。
 設計は、長崎の二十六聖人記念館、穂高の荻原碌山記念館を設計した今井兼二によるものです。屋根はテッセンの花をデザインし、玄関の屋根の上に金色のお雛様、八角形の外壁は色彩豊かなモザイクタイル画で、日月星、衣食住、風水火、春夏秋冬、鶴亀、雪月花、楽の音、松竹梅を表しています。豪壮な門、番所の建物などを通り抜けてきただけに、急にこの建物だけが別世界から舞い降りてきたような感じです。

(8)楽部庁舎
 昭和13年(1938年)建設された宮内省の施設で、この中で雅楽が演奏されます。5年ほど前、ここで雅楽の演奏会を聴く機会に恵まれましたが、その装束、楽器、舞など日本古来の伝統が集約されていて、そのすばらしさに感激しました。演奏中の写真は撮れませんでしたが、終了後はその内部を写すことができました。


(9)書陵部庁舎

 書陵部とは、一般にはあまり馴染みないところですが、皇室伝来の古文書などの図書や記録の保管・修理、宮内庁関係の公文書の保管、皇室の方々の戸籍にあたる「皇統譜(こうとうふ)」の調製・登録・保管をしたり、陵墓の管理を担当する宮内庁の部局のひとつです。
 昭和2年(1927年)前身の図書寮庁舎として建設され、建物の両側が貴重な古文書を保管する倉庫になっていますので“現代の正倉院”というような建物です。
 明治の文豪・森鴎外(本名:林太郎)は大正6年(1917年)12月、帝室博物館総長(現在の東京国立博物館館長)に就任すると同時にこの図書寮の責任者である図書頭にも就任し,大正11年(1922年)7月に逝去するまでその任にあったといわれていますが、このことはあまり知られていません。

(10)北桔橋門(きたはねばしもん)
 ここは、江戸城の本丸大奥から直接外部に出入りできる門で重要地点にあることから、濠は深く石垣も大きく、橋も跳ね上げる仕掛けになっていたそうです。現在復元されて残っているのは、高麗門のみですが、往時は渡櫓門、岩岐多聞(がんぎたもん)と乾二重櫓に囲まれた堂々たる構えで、その向こうの聳える五層の大天守閣の姿はまさに豪壮そのものだったものと想像されます。
 北桔橋門からの断崖のように高い石垣と濠に映る桜の眺めは、ここが都心かと思うほどの絶景です。


(11)諏訪の茶屋

 二の丸庭園は小堀遠州が造ったと伝えられる庭園があったところで、現在では回遊式庭園が復元されています。庭園の一角に「諏訪の茶屋」と呼ばれる数奇屋風の書院茶室があります。江戸時代に吹上の庭園内に建てられた後、明治になって赤坂仮皇居へ、再び吹上御苑などに移築が繰り返されて、昭和43年に現在の所に移された経緯があるようです。いつも雨戸が閉められていて、資料もないので、内部の状況が判らず残念です。


(12)平川門
 パレスサイドビルの向かいにあって江戸時代の木橋の面影を残す平川橋を渡って入るところが平川門です。平川門は別名「お局門(おつぼねもん)」と呼ばれ、奥女中の通用門でした。渡櫓門の脇にある小さな門が「帯曲輪門(おびくるわもん)」で、江戸城内で罪人や死人が出るとここから出されたので「不浄門(ふじょうもん)」ともいわれ、生きたままこの門を出たのは、松の廊下刃傷事件の浅野内匠頭と当時の人気歌舞伎役者とのスキャンダルで信州高遠城へ流罪となった大奥年寄りの絵島(えじま)の二人のみだともいわれています。




 以上のように、東御苑内の建物はいずれも歴史的な由緒あるものばかりですが、それを取り巻く自然環境もなかなかなものです。春の桜、夏の緑一面の芝生、秋は紅葉、冬は紅白の梅と四季の変化を満喫できます。今年は暖冬で望むべくもありませんが、雪景色を見たいものです。

 なお、富士見櫓、富士見多聞、桔梗門、桜田二重櫓は東御苑内の建物と門ですが前回紹介しましたので、今回は省略しました。

[追記]
 2月6日、所用で大手町方面に出掛けた際、春のようなポカポカ天気に誘われて、急にこの原稿のチェックしようと思い立って東御苑を訪ねました。 
 同心番所を曲がろうとしたとき、突然馬の蹄の音が聞こえてきましたので、振り向くと儀仗馬車が皇宮警察方面から出てきました。もう一瞬早く気づけば良かったのですが、それでも何とか写真を撮ることができました。
 外国の大使が自国の信任状を皇居の宮殿で天皇陛下に渡す「信任状奉呈式」の際、従来は東京駅を発着地としてきましたが、駅舎の復元工事で使えなくなるため、完成までの間、「明治生命館」がその代わりに使われることになって、そのリハーサルに偶然出会ったことが判りました。
 これからは、明治生命館を背景に騎馬隊に先導される馬車の行列を何回か見ることができそうです。




 IDE・トピックス 2007.2.5  
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。
1.特別展「江戸城」
(今回の本文と関係あるため再度掲載します)

 会 期:2007.1.2〜3.4

 会 場:両国 江戸東京博物館 
 入場料:一般 1200円(65歳以上は600円)
 問合せ:03−3626-9974
  http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
 江戸城の築城550年を記念して、その全貌を紹介する大規模な展覧会です。屏風絵、絵巻、金箔瓦、建築図面、古文書、大型模型など約250件が展示され、焼失した江戸城の豪壮な城郭としての姿をヴァーチャルリアリティで偲ぶことができます。また、現存の松本城との同縮尺の江戸城の模型が並べて展示されていて、江戸城の巨大さも実感できます。

2.第42回展「福やござれ−寿(ことほ)ぎの美・新春に集う」
 会 期:2007.1.6〜3.11
    前期:2007.1. 6〜2. 4(終了)
    後期:2007.2.10〜3.11
 会 場:皇居東御苑 三の丸尚蔵館
     (パレスホテルの向かい側の大手門から
      入るのが便利です。) 

 入場料:無料
 問合せ:03−5208−1063
  http://www.kunaicho.go.jp/11/d11-05.htm
 明治以降の皇室の御慶事に際して献上された品のなかから、松竹梅、鶴亀、七福神、宝船など、新春の寿ぎの美が表された作品が展示されています。

3.「生誕120年 富本憲吉展」
 会 期:2007.1.4〜3.11
 会 場:世田谷美術館  
 入場料:一般 1000円(65歳以上 700円)
 問合せ:03−3415−6011
 http://www.setagayaartmuseum.or.jp/index.htm
 「色絵磁器」で1955年、第1回重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された近代陶芸の巨匠・富本憲吉の生誕120年を記念して開かれる展覧会です。各時代の代表作など約250点が展示され、その全容が把握できます。図録もこれまでにない豪華版です。

4.「都路華香展」
 会 期:2007.1.19〜3.4
 会 場:竹橋 東京国立近代美術館 
 入場料:一般 830円
 http://www.momat.go.jp/Honkan/honkan.html
 都路華香(つじ・かこう 1871−1931)は、あまり知られていない画家です。明治3年、京都に生まれ、京都画壇の主峰・幸野楳嶺のもとで活躍し、竹内栖鳳らとともに楳嶺門下四天王と呼ばれた京都を代表する画家の一人だったといわれています。昭和7年(1932年)の遺作展以来、初めての本格的な回顧展ですから、都路華香の全体像を把握できるチャンスです。
 「都路華香展」のチケットで、当日に限り、同時開催の「柳宗理…生活の中のデザイン…」、特別公開の横山大観「生々流転」、所蔵作品展「近代日本の美術」も見学できます。横山大観の大作「生々流転」は全長40メートルに及ぶため、これまで部分的の公開されることはあっても、今回のように巻頭から巻末まで一度に公開されることはほとんどなかっただけに、全体を通して拝見できる絶好の機会です(1階特設ギャラリー 2007.1.2〜3.4)。

以上

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